第8話

「その銃、弾薬の補充とかは?」


「ん? ま、補給宣言上げたら来るから大丈夫だけどね。まだ二〇〇〇発くらいあるけど、連続で撃ったら数分ってとこかなあ」


「だったら、これも役に立つかな」


 慧也けいやは殺風景な部屋の壁にある端末を操作する。


 しばらくすると、壁の一面が左右に開き、その先に部屋らしきものが現れる。


「ここは実験棟だから、弾薬も少し置いてるんで。その銃に合う四〇ミリ弾もストックがあるから」


 部屋の中は倉庫になっていて、所狭しと銃器武器、及び燃料や弾薬が積み上げられていた。


「おおおお~! こりゃ助かるなあ。さすが兵器開発拠点だねえ。どれどれ、使えそうなのあるかなあ?」


 深月みづきは嬉々として銃器や飛び道具系の兵器を物色し始めた。射撃に特化されていると言っていただけあって、そういったものに目がない模様だ。


「お。古い銃もあるじゃんか。おおっ、ルガーP08だ! こっちにはワルサ―じゃん! これまだ使えんの?」


「手入れはしてあるので、使えるかな。もっとも、現代の兵器に比べると威力や操作性は全然だけどね」


「いやあ、でも、原点だしなあ。博物館だな、ここの倉庫! バントラインスペシャルとかねえの?」


「い、いや、さすがにそれは……実在した銃かどうかはわからない奴だし。一応再現してみたレストアならあるけど」


「うっそ! マジで! レストアでもいいから見せて!」


 深月は昔の銃にいたく関心を持ったようだ。慧也との会話が弾む。


「深月、趣味全開はいいですけど、不覚は取らないで下さいよ。『路傍の闇』は既に襲撃を一回仕掛けてきています。情報収集と小手調べに何度来るかわかりませんから」


「了解了解。明日香っちは真面目すぎんだよな。どうせゲームだ。もっと気楽にやろうや」


「ゲームでも、命がけですから」


「それそれ、その命っての、あたいらにはあまり関係ないじゃん? もう死……っとっとお……」


「?」


 深月は途中でモガモガと口籠る。慧也は奇異に感じたが、問い質すほどでもなかった。


「それは、そうですが……今回は救命ミッションですし、成功させるためにはいかなる油断も禁物です」


 ミッションには多くのステージが用意され、救命以外にも破壊、捜索、殲滅など、様々なパターンがあった。その中で死者や怪我人は珍しくない。


 明日香としては、今回のクリア条件が対象者の生存、ということ自体は歓迎していた。少なくとも、精一杯任務にあたることに抵抗はない。


「私としては、さっさと敵方を殲滅してしまいたいのですけどね」


「ってもさ。今回はメストが大将じゃん? 殲滅するのは厄介だと思うけどねー」


「そ、その、昨夜からよく名前が出てくるけど、メストってかなり強いのかい?」


 慧也はすかさず口をはさんだ。比較的会話が成立し、しかも、一対一でより三人の方が深月が会話の潤滑剤になってくれそうで、情報の収集は容易に思えた。


「んー? まあ、強いかな。いわゆるフェデラー側の戦闘兵器ってやつかな。メスト・リンガインって、キザで妙な騎士道精神を持ってる変な奴さ。馴れ合いってわけじゃないけど、いい奴だぜ」


「いい、奴……?」


 敵じゃないのか? 


 慧也は違和感を覚える。戦場では素晴らしい敵手に対して好感を覚えることがあると言うが、それなのだろうか?


「深月、うかつに敵を持ち上げるものではないですよ。慧也様が勘違いされたらどうしますか?」


「勘違いってもなあ。実際、サムダのハゲおやじ達よりよっぼどナイスガイだと思うけどね。ま、だからと言ってあたいは手加減しねえけどさ」


「ち、ちょっと待って。なんだかおかしい。君たちは命がけで戦ってるんだろ? ともすれば殺し合いをしている相手を、どうしてそんな風に思えるんだ?」


 慧也は深月に疑問をぶつける。その表情は理解できない物を見るようだった。対して深月は、特にそれを気にする様子もなくさばさばと答える。


「うんうん、慧也っちはまだ純粋だ。あたいが少し汚してあげよう」


「おやめなさいと言うのに」


「いいじゃんか。どうせ、何をした所で全部忘れるんだし」


「え?」


 深月の一言で、慧也は凍りついた。


「あれ? 明日香っちまだ話してないん?」


「もう少ししてから、と思っていたんですが。いずれわかることですから、仕方ありませんね」


 明日香は部屋の隅にあるソファーに座るよう二人を促す。


二人は武器庫を物色する手を止め、ソファーに移動した。


「慧也様、さきほど消防が来たときに、『まずいんじゃないか』と、問われましたね?」


「あ、ああ。確かにいたけど……」


「結論から言いますと、問題ありません。なぜなら、これらミッションの情報が漏れるのを防ぐため、関わった一般人の記憶を全て消去、または都合の良いように書き換えられているからです。ですから、何が起こっても事故や天災、あるいはなかった事になってしまうのです。これらの情報に関して正確な記憶を保てるのはフェデラーと、ミッションに関わった私たち兵器、そして、ミッションの総括を担うサムダの一部上層部のみです」


 記憶操作。それは神ならぬ身が決して踏み込んではならない領域。そう言われてきた。しかし、明日香の言うことを事実と受け止めるなら、過去に三〇〇回以上、そういったことが行なわれてきたことになる。とはいえ、ミッションに関わった、と言う範囲をどこまで定義するのか? 


(いままで、これらの情報が漏れたことがないってことは……)


 慧也は身震いした。その対象者の数は、それこそ数えきれない人数になるはずだ。


「ということは、さっきの砲撃によるここの被害なんかは……」


「ええ、既にある程度改ざんされていて、普通の爆発火災か何かに置き換えられているはずです。しかも、無人だった、と言うような感じで。ミッションエリア内の全ての特殊な出来事は関係者以外には都合の良いように変質されます。私たちは記憶結界と呼んでいますが」


 確かに、あれだけの規模の攻撃があり、幾つかの研究施設等は壊れたはずだ。その割に、消防や警察の捜査がこのあたりまで伸びてこない。


「自分の所属している組織ながら、サムダがそんな瞬時に、それだけの高度な情報操作ができるとは思えない。そもそも大勢の人の記憶に瞬時に干渉できるなんて、信じられない」


「そりゃそうだろ。やってんのはサムダじゃねーよ。フェデラーさ」


 横合いから深月が口を挟んできた。


「え?」


「つまりだ、このゲームに関するすべての面倒なことは、全部フェデラーがやってくれてんのさ。ルールの設定もミッションの内容も、そして後始末まで、な」


 あっけらかんと、深月はその事実を口にした。明日香は少しうつむいて、ほんの短時間だが、じっと目を閉じた。


「そ、そんなことって! じゃあ、このミッションは何のために!」


「最初に申しあげました通り、全人類の命運は、彼らがゲームを楽しむためのチップであり、私たちはその中の駒でしかないのです。彼らの思惑や真意など、詮索する権利すら、持っていないのです」


 明日香は再び、絶望的ともいえるその事実を慧也に突き付けた。深く暗い闇。慧也は、自分が今その中に放り込まれたことを、ようやく本当に理解した。

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