第7話

「くっ!」


 明日香は短く呻きながら、その衝撃に耐えた。盾は傷一つなく二人を護り、盾の辺縁部からは目に見えないシールドが展開されているように爆風や瓦礫の侵入を防いでいた。


「だ、大丈夫?」


「これくらいは平気です。その為の機械の手足ですから」


 こっちへ。と、明日香は慧也けいやの手を引いた。すでに部屋は半壊し、外からも丸見えの状態だ。研究施設は広大な敷地にあるため、まだここまで消防隊は来ない。


「あまり人目には付きたくありません。奥の方に周囲を見渡せるようなところはありますか?」


「兵器の実験棟がある。そこなら広いし、施設の性格上、中からは外が見えるけど、外からの視線はカットされるようになってるよ」


「では、そちらへ行きましょう」


 明日香は移動の妨げになる巨大な盾をいったん仕舞い込み、慧也は彼女の手を引いて実験棟へと走る。


「なんだか、爆発がやんだようだけど……」


 走りながら、慧也は周囲の状況に気を配る。先ほどまで頻繁に飛来していた物がはたと止まっていた。しかし、少し遠くの方で爆発音は聞こえている。


「……どうやら深月みづきが到着したようですね。彼女がいればこれ以上の着弾はないでしょう」


 明日香は慧也の手を放し、走るのをやめる。


「慧也様、ひとまず大丈夫ですよ。消防隊の方々に見つかると厄介ですので、少し身を隠しましょう」


「いや、でも、これだけ派手にやって、さすがに当局の捜査とかごまかし切れる物じゃ……」


「ご心配なく。ご存じのとおりサムダは超法規的組織です。いくらでも裏から手が回せます。それに、ミッションにはいろいろと特殊なルールがあるのです。倫理的にはどうかと思いますが」


 明日香は意味深なことを言う。


やがて、遠くの方での爆発音もしなくなった。終息した模様だ。


 直後、明日香の耳たぶに付けられている小さな赤いピアス状の石が点滅する。明日香がその石に指で軽く触れ、その指を口元まで持ってくると、それに追随するように細いロッドが伸びる。


「明日香です」


『よっ! 明日香っち、生きてたかい? 面倒な奴は全部撃ち落しといたぜ。研究施設はかなりボロボロだけど、どこで合流すりゃいいんだ?』


 小気味のいい女性の声。口調はやや蓮っ葉だが、明るく快活だ。


「奥の実験棟が無事です。そこで」


『了解~』


 通話が終わると、明日香はロッドの先をトントン、と二回小突いた。一瞬でそれはピアスに戻る。


「い、いまのが?」


「そうです、深月です。私より二年早くこの世界に入っています。少々変わっていますが、私よりは話しやすいと思いますよ」


 明日香は相変わらず慧也をぞんざいに扱っている。保護対象である、と言う以外に彼女にとって意味がないようだった。慧也としては、明日香からいろいろ聞きたいこともあったのだが、他の情報源からでもそれは然して問題ではなかった。深月の性格次第では、そちらと話しても良かった。


 二人は程なく実験棟に到着する。とりあえず、会議室のような場所にたどり着く。


「場所、わかるのかな?」


「問題ありません。私たちはお互いの位置をある程度把握できます。近くまで来ていれば迷うことはありません」


 明日香の言うとおり、十分もすると廊下を歩く足音が聞こえてくる。それはこの部屋の前で止まった。


 扉が開く。


 入ってきたのは、明日香よりやや身長が高く、緋色のジャケット、黒色のインナー、そして足を大きく露出したブラックジーンズ生地の短パンに、ひざ上までの黒のオーバーニーソックスと言う出で立ちの、やはり中学生風の少女だった。


 その髪は赤く、普通なら派手な印象を受けるだろうが、不思議と彼女の持つ雰囲気になじむ髪の色だ。明日香ほどではないが長くなびくその髪を、荒っぽいポニーテール風にまとめている。少し気の強いイメージを受ける少女だが、何よりも特徴的なのは、閉じたままの右目だ。そして、その手にはやたら無骨で重そうな銃を持っている。


「よっ! あんたが慧也っち? あたいは深月、タイプは射撃。形式番号はHW/T-SH 010-R12 MIZUKI。よっしくね!」


「あ、ああ、よ、よろしく。初めまして、神波慧也です」


 深月はその蓮っ葉な口調そのままの、人懐っこい笑顔を慧也に向ける。明日香とは正反対と言っていい性格のようだ。さばさばして屈託がない。


「それ、グレネード・マシンガンじゃ……」


「ん? ああ、これ? そうだよ? さすが兵装には詳しいねえ」


 深月はにかりと笑って、手にしているマシンガンを軽く持ち上げてみせる。しかし、通常であれば四〇キロ近い重量があるはずだ。軽々持てる物ではない。


「あたいはあらゆる射撃兵器を扱えるように調整されたサムダ一〇体目のヒューマノイド・ウェポンだ。これっくらいどってことないさ?」


 驚愕の表情を浮かべる慧也に、深月はごく当たり前のことのように言う。あまりにさらりとしていて、逆に違和感がない。それほどにこの兵器は彼女の手に馴染んでいるように見えた。


「ねえねえ明日香っち、彼はミッションについてよく理解してんの?」


「さあ、ルールブックはお渡ししましたけど、どこまで読んでいただいているのやら。それより、先ほどの襲撃は?」


「ああ、あれね。遠距離からの砲撃だったけど、メストのやり口じゃねえなあ。あいつは接近格闘の好きな変態だしね。ルールブックに載ってた今日合流の新顔の方じゃねえかな。二キロくらい先から撃ってたみたいだけど、一応大元の砲台は壊しといたぜ」


「それはありがとうございます。全く、朝から迷惑なご挨拶だこと」


 明日香はため息をつく。


 深月はマシンガンを床に置き、改めて慧也に歩み寄る。


「一週間よっしく! ま、出来るだけ君が死なないように頑張るけど、失敗したらごめんよ?」


「い、いや、ぜひとも成功してほしいなあ、僕としては……」


 慧也は差し出された手を取り、握手する。やはり、その手に体温はない。


 二人目の少女も、やはり兵器として改造されているのは、超重量級のマシンガンを軽々扱っている時点で明白だ。慧也は次々と突きつけられる事実に愕然としつつも、より強く腹を括る決意が増す。


「その、君は、実年齢はいくつなのかな?」


「あん? そういうの気にする人かい? あたいらには年齢とか、あまり意味ねえけどさ。明日香っちなんか、あたいのこと呼び捨てだよ? 一応あの娘より年上なんだぜ?」


「私たちは兵器ですから。改造時年齢が同じならそこから歳は取りません。それ以上でも以下でもありません。それに私は名前ではなく形式であるMIZUKIと呼んでいるだけですから」


 一応反論じみたことを言うが、それとて感情はこもっていない。深月も別に気にしている風ではなかった。


「と、まあ、この娘はそんな感じでね。一応普通に生きてりゃ今年で一八歳だよ、あたいは。あ、一二の時に改造されたんでさ、タッパはあるけどこの辺成長してなくてね~。色気なくてすまないねえ」


 豪快に笑いながら、胸を寄せて見せる深月。


「あ、ああ、えっと、よろしく、深月」


 深月の胸寄せに少々動揺が隠せない慧也がそう言うと、深月はきょとんとして珍しい物でも見るような目で慧也を凝視した。もっとも、やはり右目は開かなかったが。


「ふふん、いい子みたいだね。あたいの事は呼び捨てでいいから。ところで、明日香っち、こういうの好みじゃないの?」


「別に。お仕事ですから」


「あらら~。つれないなあ。あ、慧也っち、あれは気にしないでね。いろいろあってあんな性格になっちったみたいで」


「あなたは能天気すぎるのですよ、深月」


「いいじゃんよ。悲観しても楽しんでも、おんなじ時間が経つなら、楽しんだ方がいいさ」


 深月と言う少女は根本的に前向きに見えた。慧也は一連のミッションにおいて、あくまで保護対象でしかない。しかし、何とかして彼女たちと一定の距離を確保して、聞きださなければならないことがある。深月は少なくとも明日香よりはコミュニケーションがとりやすそうだった。

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