第1話
少女は応接間に通されていた。
二〇畳ほどの広い部屋の中央にはガラステーブルを挟んで対面のソファーがある。その一方に少女は座っている。
華奢な体躯、古風な表現で言えば
ソファーに腰掛けたその少女は、
そして、対面に座る慧也は、玄関からこちら一言も発しない少女を前にして、どう接していいか、正直扱い兼ねていた。
生来の研究癖というか、天才的な先端技術開発の腕を買われ、大学卒業と同時に研究機関に配属されてきた慧也は、普通であれば学生生活の中で経験してきているであろう様々なことに疎い。そして、そもそも女の子に耐性がない。どう会話していいのかわからないのだ。
ティーカップが受け皿に戻される音が小さく響いた。その音に導かれて少女の方を見ると、彼女は鞄の中から何かを取り出そうとしていた。
「あの……」
慧也が声をかけようとすると、少女は一瞬手を止め慧也のほうを一瞥し、また視線を鞄に向けてがさごそと何かを探している。
「こちらを、お読みください」
おもむろに少女は口を開いた。その口調は穏やかと言えば聞こえはいいが、感情の起伏に乏しい、無機質な物にも感じられた。
慧也は差し出された一冊の薄い小冊子を手にする。
「これは……?」
「今回のミッションの
ミッション? ルールブック?
慧也は意味を測り兼ねつつ、その表紙を見る。
『対地球侵略者撃退ニオケル第三二八次ミッションノ詳細』
そこにはそう書かれていた。
「え? これは……」
対地球侵略者。
この単語に慧也は思い当たることがある。彼の所属する研究機関、
しかし慧也はサムダの使命を知ってはいるものの、実際には下部組織の研究機関で兵器の基本理論や構造を研究開発するに過ぎない身分だ。実際のミッションに関わったことも、その実態を知らされることすらなかった。
「慧也様はサムダの一員とのことですが、ミッションについてはご存知ですか?」
少女はまっすぐに慧也を見据えた。慧也の黒縁メガネにも負けないほど時代遅れともいえる大きな丸メガネの奥にある、これまた大きな瞳は、しかし暗い光を宿していた。美人と言うよりは、かわいいと言える美少女ながら、どうにも陰鬱なその印象が慧也の心を捉えて離さない。
「敵がフェデラーという異星人ってのは理解してる。だけど、ミッションなんて初めて聞いた」
「では、まずは、ミッション概要をご理解ください。どうぞ、熟読願います」
そういって、少女は再び紅茶を手に取り、然してその味に感銘を受けるでもなく、くい、と飲み干した。
第三二八次ミッション概要。
―ミッション名―
『神波慧也抹殺ミッション』
―地球側クリア条件―
神波慧也を一週間護り抜く。
または、フェデラー側投入のゾイノイド全機殲滅。
―フェデラー側クリア条件―
一週間以内に神波慧也を抹殺する。
または、地球側投入のヒューマノイド・ウェポン全機殲滅。
―ミッションエリア―
神波慧也所属のサムダ下部機関、戦術兵器兵装開発局・関西支局を中心とする東西南北一〇キロ圏内正方形区画。
―武器使用条件―
生物化学兵器、及び核等の汚染、殲滅兵器を除く。
―補給等―
一日に二回の補給タイムを設定可能。
補給用信号弾による合図から二時間の戦闘停止となる。
使用時間は任意。
―特記事項―
ミッションエリアより神波慧也が逃亡した場合、フェデラーの勝利となる。その場合、地球側の投入したヒューマノイド・ウェポンはペナルティとして全機処分。
フェデラー側のみ、任意の判断において無条件に降伏が可能。
その他詳細事項においては、ミッション総括契約に基づき履行される。
「……なんだよ、これは。いったい僕の身に何が起こっているんだ!」
攻略本に目を通した慧也は、その一ページ目だけでめまいを感じた。やおら立ち上がってその本をテーブルに叩きつける。
『抹殺』という文字が青年の心臓を鷲掴みにする。薄い冊子にびっしり書かれているその他の項目については、とても目を通そうという気すら起きない。
「本当にご存じないのですか? サムダといってもその組織規模は広範にわたるので、無理もありませんが」
表情一つ変えず、セーラー服姿の図書委員風少女は尋ねる。
「ああ、知らない。サムダと言う組織が何のためにあるかは知っている。だけど、このミッションと言うのはなんだ? どうして僕が抹殺されなければいけないんだ! そ、それも、第三二八次って! 人類はそんなにも多くのミッションを異星人相手に繰り広げているっていうのか!」
思わず語気が強くなった。目の前にいるのが年端もいかない少女と言うことも忘れ、ついつい詰問口調になってしまう。
「ああ、いや、ごめん。つい取り乱してしまった……」
さすがに我に返り、大人気ないと反省し、慧也はソファーに座りなおした。
「とにかく、関西の本部に連絡をして確認をとるよ。いきなりそんなことを言われても信じろと言う方が無理だ」
慧也はテーブルの上にある、どこの事務所にでもありそうなビジネスフォンの受話器を取り、本部への短縮を押そうとした。
「あれ?」
回線がつながっていない。ツー、ツー、と話し中と同じ信号音だけが聞こえ、電話をかけることもままならない。
「どうしたんだろう、故障かな?」
何度もフックを押して確かめるが、回線が復活する気配はない。
今度は自分の携帯から試す。こちらは回線がつながっているが、サムダ関係の全ての機関への番号はコール音すら鳴らない。
「…………」
慧也は薄ら寒さを感じた。悪意のある作為的な何かが慧也の身の上に起こっている。
「薄々お気づきかと思いますが、この施設はもとより、慧也様の携帯、及びミッションエリア内の全ての回線から、サムダ関係への連絡は不可能です。電話、インターネット、その他、全て。唯一の例外は、私たちヒューマノイド・ウェポンが持つ端末からの回線のみです」
少女の言葉に、奇想天外な空想話がにわかに真実味を帯びてくる。
「……どういうことか、詳しく聞かせてくれる? それに、その、失礼だけど君はどう見ても中学生くらいにしか見えない。僕を護ると言っても……」
アスカと名乗った少女は、ゆっくりと目を閉じ、小さくため息をついた。多くのミッションにおいて、この外見から来る同様の評価は常に下されてきたことではあるが、毎回説明するのに疲れることでもあった。
「私の形式番号はHW/T-E 013-R12 - ASUKA。対フェデラーミッション用に投入された一三体目の戦術ヒューマノイド・ウェポンです。タイプは殲滅型。人間だった時の名は明日に香ると書いて明日香。見かけはこの通りですが、四年前に改造を受け、現在、人で言えば一六歳です」
一息に答えると、再び大きく息を吸ってため息をつく。
「え? あの? 人だったころ? 改造? 君はいったい何を……」
言っているんだ? と言いかけた慧也の言葉を遮り、明日香は立ち上がった。
「ご覧いただければお分かりかと思いますが」
言うや否や、明日香は後ろを向いてスカートをたくし上げる。太ももまでが露わになり、慧也は思わず目のやり場に困る。
「しっかりご覧ください」
恥ずかしがるわけでもなく、明日香は相変わらず熱のこもらない、どこか投げやりな口調でそう言った。
慧也が再び視線をやった瞬間、異変は起こる。
白い柔らかそうなふくらはぎの表面に薄い線が浮かんだかと思うと、目にも止まらない早さでロケット・ブースターが展開される。
「こちらも」
次に明日香は向き直り、掌を慧也に向ける。
掌に二センチ四方ほどの切込みが入ると、そこから小さな円筒型の物が出現する。明日香がそれを握ると、風が空気を切るような振動音とともに、黒い剣様の振動体が円筒から伸びた。
「こちらが私の愛刀、『
そして、一瞬でそれらの武器は明日香の華奢な身体に再び仕舞い込まれる。
「な、何なんだ、一体……僕は夢でも見ているのか?」
「夢? とんでもない。これはとても救いようのない現実ですよ? ミッション開始は明日午前〇時。あと五分ほどですね」
狼狽する慧也には目もくれず、明日香は壁にかかる時計を見やった。
慧也はソファーで凍りついたように動かなかった。頭の中だけで自問自答が繰り返されていた。
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