第2話

 なぜ自分が抹殺ターゲットに?


 彼女の受けた改造とは?


 そもそも、ミッションの持つ意味は?




 グルグルと思考だけが巡る。そして、部屋の中には沈黙と、時計が刻む秒針の音だけが徘徊している。明日香はほとんど瞬きもせず、暗い光を宿した瞳で慧也を見ている。


 陰鬱だ。


 自分に突き付けられた抹殺宣告も、目の前にいる何やら不穏な背景を持っていそうな少女も、そして、この沈黙も。


 時間だけが刻一刻と過ぎていく。秒針の音があと何十回か聞こえれば、そのミッションは開始されるという。


 動けない。慧也けいやはまるで蛇に睨まれたカエルのように、この場で身じろぎ一つできない緊張に襲われていた。


 かろうじて、目の前にいる少女に目を向けた瞬間、いままで表情のなかった少女の瞳に、鋭い光が宿った。


「慧也様! 少しそこで伏せていてください!」


「え? なんだって?!」


 聞き返しつつも、慧也はとっさに危険を感じて床に伏せる。その瞬間、部屋の窓ガラスが壁ごと激しく爆砕し、大量の黒い、一〇センチほどの球状の物体が部屋に殺到してくる。


 それはまるで意志を持っているかのように慧也に向かって空中を疾走する。幾つかは壁や天井にあたって小爆発をしていた。一つ一つのダメージはともかく、大量に浴びればその破壊力はかなりの物になりそうだった。


「『路傍の闇』!」


 明日香は両掌からつい先ほど慧也に紹介した愛刀、『漆黒の剣スルトリア』を二本顕現させ、空中に跋扈する物体、『路傍の闇』を一気に切り払う。


 この世の闇を凝縮したような刀身が、無数に迫る闇の球を薙ぎ払っていく。闇と闇がぶつかり合うさまは、この部屋がいつも過ごしている研究所の一部だということを忘れさせる。


 豪華だったはずの応接室は、あっという間に蹂躙されていく。慧也はただなす術もなく、ソファーとテーブルの間の隙間に身を伏せることしか出来なかった。


 慧也はそうなりながらも、明日香の戦いぶりを注意深く観察していた。


 漆黒の剣スルトリアの刀身が路傍の闇に触れると、それはまるで刀の闇に吸い込まれるかのように一瞬のきらめきだけを残して霧散する。爆発どころか音もしない。


 そして、明日香は素人目に見ても鮮やかと言える剣さばきで窓の外から押し寄せる路傍の闇を処理していく。路傍の闇の動きは直線的ではなく、様々な軌道を描く。


さすがに全ては捌ききれずに周囲で小爆発を起こすが、慧也の身には一発も当らない。


しかし、いくつかの路傍の闇は、慧也の周辺で小爆発を起こす。そのうちの一つは、慧也が伏せている目の前に落下する。


「うわっ!」


 すかさず飛び起き、ソファーの背の裏へと移動するが、テーブルとソファーの間で爆発したそれは、爆風でソファーごと慧也を吹き飛ばした。


「慧也様!」


「だ、大丈夫! 怪我はないよ!」


慧也の無事を確認すると、再び二本のスルトリアで路傍の闇を迎撃する。


スカートが翻るのも気にすることなく、明日香はそのおとなしそうな外見とは裏腹に、俊敏に任務をこなしていた。


「しつこいですわね! 先遣せんけんならそろそろいいでしょうに!」 


 何百体目になるかわからない路傍の闇を薙ぎ払い、少女は独りごちる。


 攻勢は少し緩んでいるように見えた。窓の外から押し寄せる闇は徐々に減少し、それに比例して撃ち漏らしによる小爆発も起こらなくなってくる。


 気持ちに余裕が生まれた慧也は、もう一度明日香が手にする剣の挙動を注視した。


(刀身にインパクトした瞬間に衝撃を感じている様子がない? ビーム兵器? いや、ビームならあの長さに固定したり振り回したりするのは無理だ。いったいあれは……)


 先端技術開発においては天才と言われた青年は、少女の持つ武器の特殊性に気づいた。それが何かはわからずとも、興味を惹かれずにはいられない。


「これでっ!」


 最後の一体を裂帛の気合いとともに処理した少女は、息が上がった様子も見せず、周囲の安全を確認して武器を格納する。


 部屋の惨状は目も覆うばかりで、壁はなくなり、ガラスは四散し、調度品の一部からは炎が上がっている。スプリンクラーが自動作動し、自己消火が始まっていた。


「む、無茶苦茶だ……と、とにかく警察と消防を……」


 慧也は部屋を見回して狼狽えた。有り得ない。どれだけ無茶な襲撃なのか。


「無益です。一切の外部救援には繋がりません。この程度では誰も来ません」


「ど、どうして! これだけの爆発と火災だ。いくらこの施設が山の中にあるとはいっても、ふもとから異変に気づくだろう!」


「ですから、ミッションは極秘事項とお伝えしたでしょう? 街や山への延焼が懸念されるならともかく、これくらいでは仮に通報があったとしても動かないのです、何も」


 明日香の冷静な口調に我に返った慧也は理解した。


 超法規的措置、あるいは、見殺し、と言ってもいいのかもしれない。気を取り直して今起こったことを再確認する。


「い、いまの黒いのは?」


「『路傍の闇』という汎用型自動制御ゾイノイドです。いつものことですよ。開始時間と同時に『路傍の闇』を投入して情報収集。メストの手法ですわ」


「メスト?」


「ええ、フェデラー側の知性体ゾイノイドの一人です。もう数えきれないほど戦場でまみえています。今回は三二八回目のミッションですが、総ミッション予定は一〇〇〇回ありますからね。まだ道半ばにすら……」


「せ、一〇〇〇回だって!」


 その途方もない回数に、明日香の言葉を遮って慧也は驚愕する。今の一瞬の戦闘を見ただけでも、その内容は常軌を逸していた。こんなミッションが世界のどこかでこれだけの回数行なわれているのか。慧也はぞっとした。そして、それらの情報が一切一般に漏れてこないことも怪訝に感じる。


「あ、明日香と言ったね? いったい何が何だかわからない。さっきの続きだけど、詳しいことを聞かせてほしい。抹殺、と言うからには、僕は、今回のミッションの最重要関係者、と言うことになるんだろう? 知る権利はあると思うんだけど……」


 戦闘が終わった少女の瞳は、先ほどのような鋭さは影を潜め、また表情のない暗い光が宿っている。


「そうですね。納得していただいた方がミッションも進めやすいですし。ですがその前に」


 明日香はソファーにぺたん、と腰を下ろし、続いて、くったりとした様子で深い溜息を吐いた。。


「何か……食べさせてください……漆黒の剣スルトリアの最高出力は、急激な空腹をもたらすのです……」


「え?」


 ここまでのシリアスな展開からは想像もできない状況に、慧也の思考がついていかなかった。 


「その、お腹が空くんだね……ええと、普通の食事でいいのかな?」


「はい……体幹部はほぼ生身ですので……」


 彼女の仕組みがよく解らない。人間なのか機械なのか。そもそも、この技術はどこでどう開発されたのか。聞きたいことはたくさんあったが、それにはまず食料が必要であることだけが、慧也に理解することが出来た事だった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る