「このようなお茶会はお嫌かしら?」
「いえ……ただ戸惑っておりまして」
「へぇ? 何にかしら?」
「この……"客人"という役回りです」
「役ではございません、貴方は今確かに客人ですよ?」
「左様でございますか……」
「言葉遣いが堅苦しいわ、でもそれを選ぶのも客人というものね」
「……この客人という、立場はいつまででしょうか?」
「とりあえずは今日一杯ね、明日は違うでしょう、それ以降は……知らないわ」
「お嬢様の一存で決まるなら、やっぱり役なのでは?」
「そうかもしれませんね、私がそういうつもりでなくとも」
「まぁ……その、お茶は美味しいです」
「そう、それは良かったわ」
「……結局、僕は……お嬢様にとっての何なんですか?」
「客人ね」
「いえ」
「……そうねぇ、だいぶ前にも何だかそういう話をした気がするわね」
「された気がします」
「じゃあ多分ですけど、その頃から変わってないでしょうね」
「そうですか」
「えぇ、そうです」
「…………」
「…………」
「……客人って、慣れませんね」
「そうですね、結局客人は客人という距離がありますから……むしろ普段より遠いくらいかもしれませんね?」
「そうですね、そう思います」
「あぁ、思い出しました……デザートを用意したの」
「それは気になりますね」
「はい、杏仁豆腐です」
「頂いても?」
「えぇ、そのためのものですから」
「では頂きます…………」
「……? どうかしましたか?」
「……いえ、変なものとか……入ってませんよね?」
「失礼ですね、私がそのような事をする人物に見えますか?」
「……はい」
「……入れておりません、本当です。私のと交換しても良いですし……ふふっ」
「どうかなさいましたか?」
「えぇ、良いことを思いつきました」
「はぁ……今度は一体何ですか?」
「えぇ、まずは私が一口食べます……んん、美味しい」
「…………」
「さて、これで私の手元にある杏仁豆腐の身の潔白は証明されました。そもそも客人相手にはそのような事はしません」
「……には?」
「……こほん、それでこの潔白である杏仁豆腐を……はい、どうぞ」
「…………これを?」
「えぇそうです、安心安全そして美味。最高ですね」
「……では…………んっ! 美味しい、すごく美味しいですね?!」
「でしょう? これはお気に入りなの。ただ高価で……」
「高価……」
「えぇ、私基準で高価です。そのような意味でも、変な事をしたりはしません」
「はぁ……そうですか」
「では次は、貴方の番です」
「……えっ?」
「貴方の手元にある杏仁豆腐の潔白は証明されていないでしょう? ……それに、私の分が減ってるじゃないですか……」
「は、はぁ……では、どうぞ」
「あむっ……んんぅ……美味しい、このつるりとした食感とシロップとの相性……さぁどうぞ、これで潔白が証明されましたよ?」
「……頂きます」
「ふふっ……でも、そのスプーンって私が口を付けたものですよね?」
「……はい」
「そして貴方は、自分からそのスプーンに口を付けましたよね? 気付かなかったから仕方がありませんが、これは関節的に……」
「お嬢様……お嬢様のスプーンでもう、してます」
「…………あっ」
「……気付いてなかったんですか」
「……えぇ、そうね…………認めましょう、気付いておりませんでした」
「そうですか……」
「えぇ……」
「…………」
「…………」
「……これ、本当に美味しいですね」
「……でしょう?」
「……そ、その」
「何でしょう?」
「そんなにお好きなのでしたら、僕の分……要ります?」
「……申し出はありがたいですし、私自身も揺らぎましたが……結構です。客人の分を譲っていただくなど到底……受け入れかねます」
「……そうですか」
「えぇ、ちゃんと食べてください……特に譲っていただく理由だって……ありませんからね」
「そっか」
「……?」
「いえなんでも……ただそうですね、僕はもう……お腹がいっぱいです」
「……はぁ?」
「お茶を飲みすぎてしまったようですね。えぇ、本当にお腹がいっぱいなんです」
「……もう」
「残すのも忍びないですし、お気に入りのようですので……これを、食べていただけませんか?」
「…………そういう事でしたら、仕方がありませんね」
「ありがとうございます」
「……どういたしまして」
「ではどうぞ、お受け取りください」
「えぇ、ありがたくちょうだいいたしあっ……!」
「わっ……!」
「あっ、その……ごめんなさい。私ったら手が滑って……」
「……いえ、大丈夫です。お嬢様は大丈夫ですか?」
「……えぇ、私の方は……何も」
「なら、良かったです……そんなには良くないかもしれませんが」
「……そうですね、このままはよくありません」
「……お嬢様?」
「今回は紛れもなく、私の失敗です。そして……貴方は客人です」
「……? はい」
「それに……もったいないと、思いませんか?」
「お嬢様、どこへ…………?!」
「服が汚れたのは私が原因です、ですからそれを繕おうとしているのです」
「でも、その……場所が」
「地面に落ちたものはどうしようも無いですね? 外で無くとも流石にそこまではしませんが……」
「いえそういう意味での、場所じゃ……っ!」
「……ふふっ、どうかしましたか?」
「いえその…………手で掬えば、よろしいのでは……?」
「確かに、直接口で行くのははしたないかもしれません」
「えぇ……ですからその……んっ」
「ですが私の服が汚れていないか気にしてらっしゃったでしょう?」
「それだけでは、無いのですが……んぅ……」
「手を汚さないよう気を使った結果です、お行儀は悪いですが客人にこのような失敗をしたのですから……行儀以前の問題です」
「うぁ、そうは言ってもですね……」
「あらあら……随分染み込んでしまっていますね」
「っ、お嬢様?!」
「そんなに騒がないでください、口だけで奥の方まで出来るようにするのは大変で…………もしかして、私が失敗してしまったのを周囲に見せつけたいのですか?」
「……そういう意味では、ございません」
「では静かに、あまり動かないでくださいね? ……んっ、滴るほどにだったのですね……それに、体温で少しですが温くなってしまっていますね……」
「っく……うぅ……」
「あぁ、すいません……このような状態ですと、呻く程に……ご不快ですよね?」
「っぁ……いえ、お気遣い、なく……んっ!」
「……このような構造なのですね、見たことはありましたが……取り出しやすいですね、これ」
「ふっ……はぁ……」
「……ところで、全く関係無いのですが……以前にお手入れの話をしたのを、覚えていますか?」
「……? あぁ、えぇ……はい、覚えてます……」
「なら良かった……じゃあ、きちんとしてらっしゃる?」
「………………して、います」
「では改めて聞きますけれども……貴方がくださった杏仁豆腐を、頂いてもよろしいかしら?」
「…………はい」
「では、いただきます」
「っ……っ!」
「裏側にまで回り込んでいるようですね……とても不思議です」
「ふっ、うっ……あっ……!」
「ここ……入り組んでますから……絡まりやすいのかもしれませんね」
「あぅ……あっぅ……」
「……それにしても、こうやって頂いてるだけだと言うのに……」
「それはその、無理です……我慢はその……」
「ですが前回発散させた後は、このような事になりづらかったでしょう?」
「それは……そう、ですが……っ」
「中に入り込んでるわね……吸い出さないとダメかしら」
「っ……あの、お嬢、様……」
「何かしら?」
「……その、雌犬は……どこに、やったのでしょうか?」
「…………処分、そうね。処分したわ」
「……そ、そうですか」
「私としたことどうしちゃったのかしらね……貴方があんまりにもあの雌犬に夢中になるものだから……私の物だというのに、妬いちゃったのかしら?」
「左様で、ございますか」
「そうね……貴方のお気に入り、でしたものね?」
「…………えぇ、そうですね。心苦しい、です……っあ」
「んっ、くっ…………ふふっ、中にたっぷり入り込んでたわ。温かいのも乙かもしれないわね」
「っふぅ……あっ……はぁ……」
「勢い余って……胸に、垂れちゃったわ……せっかく私が汚れないようにと、貴方が気を使ってくださったというのに、残念ね……」
「…………は、はい」
「そうね……どうしましょうかしらねぇ……」
「…………」
「そうだわ、代わりと言ってはなんですが……私が犬役をやっても良いわ」
「……!?」
「でも守ってもらう条件があるわ。私は雌犬では無い、ですから」
「……はい。それで、その……条件とは?」
「ふふっ、楽しみなの?」
「……少し」
「そう。それで条件は簡単よ、いつもの事だもの」
「えっちな事をしては、いけませんよ?」
「はい、心得ております」
しかしこのお嬢様、結局むっつりなだけである。
完
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