「どうぞ」

「失礼しますお嬢様、お待たせいたしました」

「いいえ……こちらこそ、こんな時間に呼び出してしまって悪いわね」

「とんでもございません……それで、どのようなご用件でしょうか」

「えぇ、貴方の処遇についてよ」

「……はい」

「最近少し、問題があるのでは無くて?」

「……申し訳ございません」

「そう、そういうところよ。これは私に落ち度があるわ」

「……いえ、そんな。お嬢様に落ち度は……」

「そのような萎縮よ、借りてきた猫のような」

「…………」

「そう、"借りてきた"。貴方はよ」

「……はい」

「だけれども、事実を何度も何度も言葉を重ねてもまるで意味が無い。意味が無い事を繰り返すだけで成果を挙げられないのは、私の落ち度よ」

「いえ、でも……その」

「私の落ち度は私のものよ」

「……はい」

「……こんな風に、威圧してしまうのが悪いと、そう思っているわ」

「…………」

「だから考えたの、どうしたら良いのかと」

「……はい」

「まず根本に間違いがあると思うのよ、つまり貴方の成長をあまりにも当たり前であると思い込んだのが失敗の原因だと」

「…………」

「貴方に上げる報酬、これが足りなかった。そう反省しているわ」

「しかし…………そのような、報酬は……」

「とても難しいわね、何せ貴方は私の物だから。貴方のものは自動的に私のものとなる、つまりものでは報酬足り得ない」

「……はい、理解できております」

「……これを貴方に直接言うのも何だけれども、飴と鞭という言葉は知っているわね?」

「はい」

「その飴を、私が与えるのは難しいかもしれない」

「……はい」

「でも、貴方にとっての飴を知るための一歩を考えたの」

「……それは、どのような事でしょうか?」

「コミュニケーション、相互理解よ」

「……はぁ」

「接する時間をもう少し増やしたいと、そう思っているの」

「……はい」

「貴方はそれに、協力してもらえるかしら? これだけは、指示じゃないわ。貴方が決める事だし、拒否しても悪いようにはしないわ」

「…………協力、します」

「……本当に?」

「はい」

「そう……嬉しいわ、とても」

「それで、接する時間を増やすとは……今夜のような話し合いを、という事でしょうか?」

「いいえ、違うわ。これからよ」

「その……このような時間から何かしますと、お体に悪いかと……その、忌憚のないよう言わせて頂くと……僕の仕事にも悪い影響が出ます」

「そうね、もう寝る時間ね」

「はい、このような機会を頂けるのは本当に喜びの限りでした」

「…………」

「どうか、なされましたか?」

「やはり勘違いしているわね」

「……はぁ?」

「まぁいいわ、とりあえずこっちに来て」

「はい…………これは?」

「私のベッドよ」

「えぇその……それは、分かります。ただその……」

「あぁ、これね。これは貴方の手首用よ」

「……失礼してもよろしいでしょうか」

「協力すると言ったでしょう、確認もしたわ」

「ではその……どのような事をなされるのか、お聞かせ願えますでしょうか?」

「それを遮ったのは貴方なのに、身勝手ね。まぁ良いわ……まずコミュニケーションの話に戻るわね」

「…………はい」

「単純に接する回数、時間が多ければ親しみを抱くわ。お互いに」

「……はい」

「それで考えたの、その立ち位置となるものってなんだろうかと」

「……はい」

「それは人に限らない、ものだって良い。例えば……寝る時に隣に居るクマのぬいぐるみだとか」

「…………それはお嬢様の手にあるそれと関係があるのですか?」

「えぇ、大いにあるわ……話の途中よ」

「……すいません」

「貴方をそのように扱えば良いと、そう思ったの……だけれども問題があるわ」

「……どうぞ」

「それは貴方が卑猥な事をしでかさないか、という事よ」

「…………」

「だからこれを付ける、そして一緒に寝る。そういう考えよ」

「……その」

「協力、してくれる……よね…………」

「っ……はい、かしこまりました。お嬢様」

「ふふっ、ありがとう」

「はい……」

「それじゃあ早速、これを腕に付けて……その前に寝やすい格好にならないと」

「……はい」

「それと……それね」

「……かしこまりました」

「あとは……それも堅苦しいわ」

「…………はい、これでよろしいでしょうか」

「えぇ良いわ、じゃあ付けてっと……そう、そんな感じ」

「……足首もですか?」

「足で何をするか分かったものじゃないですから……ちなみに、私が付けさせられた場合アラームが鳴るようになってます」

「……念入りすぎて、僕は涙が出そうです」

「きっと嬉し涙ね。もしも違うのだとしたら……今夜はその相違を取り除く、良い機会だという事ね?」

「……はい」

「では付けますね?」

「…………どうぞ」

「……これで良し、と」

「やはり……外すのはお嬢様でないと?」

「もちろんです、時間になると外れるようにもしようかと思いましたが……私が寝坊した場合に……卑猥な事をされ無いとは言い切れないわ」

「……そうですね……」

「ただ一つ言わせて欲しいの、このような縛めは不快だとは重々承知しているわ。貴方が紳士だという事も理解し、信頼しているわ……本当よ?」

「はい……」

「でもやはり……心変わりというのはどのような時に起きるか分かりませんから……前置きが長くなりましたね、時間も時間ですしそろそろ寝ましょう」

「……はい……お嬢、様……?」

「なんですか?」

「その……格好は?」

「寝る時はゆったりとしたのが好みなの……今、貴方にそういうゆとりを与えてあげられないのが残念でならないわ」

「そう……ですか」

「……このような格好、お嫌い?」

「いえ、そういう意味では……」

「じゃあ大丈夫という事ね」

「…………はい」

「さて、おやすみなさい」

「はい……っ」

「んー? どうかした?」

「いえ、その……距離が」

「そうね……ベッドに大きなクマのぬいぐるみがあるとするならば……今の距離は遠いわね……」

「……………………はい」

「……ふっ」

「ひぅ、あっ……お嬢様……」

「ごめんなさい、つい悪戯したくなっちゃって」

「その……突然なので、驚きます」

「つまり……突然じゃなく、前置きありなら驚かない、と」

「そういうわけでは」

「じゃあします、ふぅっ……」

「あぅ……」

「ふふっ、ぬいぐるみよりずっと良いわ」

「……光栄です」

「でもこれじゃあ目的から少し遠いわね」

「…………では、何を?」

「撫でるというのはどうかしら、お腹とか」

「はぁ……くすぐるような事をしなければ、構いません」

「ふふっ、先回りされたわね……まぁいいわ、目的に沿う形でするから」

「……ありがとうございます」

「撫でてから言って欲しいわね」

「はい」

「……こんな撫で方で、どう」

「…………心地よいです」

「それは良かったわ」

「手首足首のが無ければ、もっと」

「残念ながらそれはダメね」

「はい、承知しております」

「ふふっ、じゃあもうちょっと撫でましょう」

「……はい」

「ふぁ……眠くなってきたわ……」

「お休みなさい、お嬢様」

「でもまだです……もう少し」

「……その、お嬢様」

「なんでしょうか?」

「……撫でる、位置が」

「なにか問題でも? 暗くてよく分からないわ」

「いえその、そこは……」

「ふふっ、お腹撫でてるだけ、そうでしょう?」

「…………」

「卑猥な事は、ふぁ……しませんし、嫌いです。ですから、してません……」

「いえ、やっぱりその……刺激が……せ、せめてその位置で……止めずに……も、もう少しだけ、上に手をやって、いただけ…………お嬢様?」

「すぅ……すぅ……」

「……お嬢様?」

「すぅ……ふぅ……」

「寝たフリでしょう?」

「……ふぅ……すぅ……」

「……絶対寝たフリですって」

「……ふゃ…………」

「……起きてください」

「……ふゅ………ふや……」

「…………卑猥な事をします、断固としてです」

「……ふぅ……すゃ……」

「本当に……寝てる……」

「くぅ……ずっ……すぅ……」

「当然ながら本当に取れない……」

「ふにゅ……」

「うぅ……色々、感触が……それに」

「むにゅ……ふぅ……」

「手が、重みだけだけれども……クソッ」

「ふぅぅ……すぅぅ……」

「色々……我慢が……ぐっ」

「ふにゃ……すぅ」

「こんな、こんな……すりつけて……っ」

「……ふぅぅ……すっ……んっ……」

「手……重み分だけ……うっ……」

「んぅ……ふぅ……」

「お嬢様……我慢が、ぐっ……! はぁ……はぁ……」

「すぅ…………すぅ……………………」

「……………………やって、しまった……………………」

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