「貴方にもあるんじゃないかしら?」

「…………」

「一人でシャワーを浴びている時に……ふと後ろに、誰か居るような気配がする。そんな体験は誰しもあるのでは無くて?」

「……そのためだけに僕を?」

「えぇ、その通りよ」

「その……普段からお一人で入っておられるのですか?」

「週に一回だけ一人で入るわ……失礼、ファスナーを下ろしてくださる?」

「……はい」

「では少し下がって……基本はその距離を保つ事です」

「…………はい」

「もちろん私が転けそうだとかそういう事があれば別です。もうその当たりの機微は知っていると信頼できますが、念の為」

「はい……」

「今目をつぶっているのは良い判断です。ですが貴方の役目は監視、入ってからはダメですよ?」

「…………心得ております」

「用意ができました、目を開けても良いですよ」

「はい…………お嬢様っ?!」

「どうかしましたか?」

「そのっ……タオル等は?」

「そのような風習は知っておりますが……貴方は自宅で入る際に、そのような使用をなさいますか?」

「……いいえ」

「そうでしょう。だってそんなの面倒ですし、窮屈です」

「……はい」

「後はそうですね……中に入ってからは出来るだけ相槌を返す事、突然居なくなったり返事無かったりしたら驚きますからね。私を驚かせてはいけませんよ?」

「……はい。ところで僕の格好は……」

「そのままでよろしくてよ。素足の方が良いのであれば待ちますよ」

「では申し訳有りません、少々お待ちください」

「えぇ…………よろしいようですね、あんまり長いと風邪をひいてしまいますから」

「はい、お待たせいたしました」

「では入りましょうか、エスコートは結構よ」

「……かしこまりました」

「後ろに居れば……んん、でもそれはそれで心配ね。視界の端に居るよう、心掛けなさい」

「……はい」

「では洗う間にお話しでもしましょうか」

「……はい」

「分かってはいると思いますが、目を逸らすのもダメですよ? それじゃあ監視の意味がありませんから」

「はい……分かって、おります」

「ですが……ジッと見られると、それはそれで淫猥なそれを連想させますわね」

「……はい」

「意識は逸らすよう心掛けてくださいな」

「……はい、努力します」

「そうですね、確かに努力です。私にはそれが出来ているのか……確認する術がありませんから」

「……はい」

「お話しに戻りましょう、と言っても何もまだ話していませんでしたが……そうね、貴方はどこから始める?」

「……特にここからというのは決めていませんね。強いて言うなら肩か首、でしょうか。最後にまとめて流せますから」

「合理的ね。私の場合ですと幾つかのパターンから選ぶ形になりますでしょうか」

「パターン……と言うと?」

「一人で入るのは稀です、だからこそ気分を重視するというところがあります」

「はい」

「そうね……だいたいは二つかしら。貴方の言ったような合理的なパターンと……もう一つは先に髪から終わらせてしまうの」

「ほう……そのこころは?」

「髪が一番面倒だから、後はゆっくりと……ただそれだけね」

「面白いですね」

「そういう気分だと分かっていたら温度を少し下げておく、まぁそのくらいね」

「はい……ところで普段はどのように?」

「普段は任せてるから、順番なんて意識した事が無いわ」

「そうですか……」

「どうかしたのかしら?」

「いえ、どうして今日はその習慣を破って僕を……と思いまして」

「理由は最初に言ったでしょ? それに習慣も破って無いわ」

「と、言いますと」

「貴方は、頭数に入れるかどうかは私が決める事、ですから今日は一人で入っているのです」

「…………かしこまりました」

「それにしても、相変わらずここは大変です」

「……はい」

「どうしても汗が溜まって……見えづらいですし、困ったものですわ」

「…………はい」

「……さて、少しの例外です。目をつぶってください」

「……?」

「場所の問題ですよ。たぶん見えないとは思いますが……念の為です」

「……かしこまりました、お嬢様に許可されるまで目をつぶっておきます」

「えぇ、そうしてちょうだい」

「はい」

「……んっ……ふっ……」

「…………………………」

「ふぅ……良くってよ」

「……承知しました」

「貴方は長く入る方かしら? それとも手早く?」

「ここに来てからは少々長く入っております」

「そう、その理由は?」

「手入れの為です……その、前に指摘された事がありましたので」

「だから念入りに、と。殊勝な心掛けね」

「ありがとうございます」

「そう……手入れね、ふぅん」

「……どうかなさいましたか?」

「いえ、貴方のお手入れを少し……手伝うのも、良いかと思って。貴方はよくやっていますから褒美として。それに下のものの手入れは上のものの嗜みの内ですから」

「……左様でございますか」

「気が向いたらするわ、背中を流す程度だけれども」

「……はい」

「楽しみ?」

「…………今後の、楽しみと……させて頂きます」

「その時はちゃんとタオルを巻くわ、それが相応しい状況でしょう」

「……はい」

「少し扉を開けてくださる?」

「はい……?」

「いえ、着るものの準備をちゃんとしてたか、不安になったの」

「……かしこまりました」

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