「身嗜みの重要性については分かっているわね?」
「はい、ここに来てから色々と教えて頂いています」
「勉強熱心なのはいいことよ」
「ありがとうございます、お嬢様」
「でもやはり、経験が重要。そう思わない?」
「……はい」
「よろしい。さて、身嗜みと一口に言っても分類ができるわね」
「はい」
「服装、姿勢、あと表情。これらについて貴方はしっかり出来ていると思うわ」
「ありがとうございます」
「完璧ではありませんが、時間を考えれば上々です。さて、他にもありますが……」
「……はい」
「今回は話を絞りましょう、第一印象に関してです」
「はい」
「第一印象において重要なのは外見、そうですね」
「そう、思います。そう習いました」
「えぇ、そうです。外見と所作は重要です、しかし全てではありません」
「……?」
「人はどのような情報を受け取りますか?」
「……五感ですか?」
「そうです」
「視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚……です」
「そう、その通り。よくできました」
「……ありがとうございます」
「ではそれぞれについて、どう身嗜みと関係すると貴方は思いますか?」
「視覚はそのまま外見、服装で。聴覚は……所作等のマナー、ですか?」
「どうぞ続けて、いい線に居ますよ」
「……触覚、握手での肌荒れ……ですか」
「ふむ、貴方は本当によく出来るわね」
「ありがとう、ございます」
「でもそれは違う。いえ、違わないけれども違うの。勘違いしないで頂きたいのですが、私の想定していた答えでは無いだけです。それ自体は合ってるわ」
「はい」
「……少し子供っぽいかしら」
「……かもしれません」
「話を戻しましょう。第一印象に対して、嗅覚の影響は大きい。そういう話をしたかったのです」
「はい」
「これは遠目からでは分かりません、そうですね?」
「……はい」
「第一印象という観点で言えば距離は握手程度、貴方のおっしゃった通りです」
「はい」
「念を入れてその距離より少し内側、その距離における匂い。これを確かめる必要があります」
「はい……」
「それではどうぞ」
「すんすん……」
「前だけでなく横や後ろも大事です」
「はい……すんすん」
「どうですか?」
「……良い香りがします」
「それはどのくらい? 混じり気は?」
「…………とても、良い香りです。混じり気は無いです」
「そう、良かったわ。つまり貴方基準で少し難があるようであれば、それは私の社交的危機の可能性があります。対処方法は分かりますか?」
「……状況によりますので、周囲には分からないようお嬢様にお伝えします」
「えぇ、完璧な答えね。その通り、原因すら不明ですもの」
「ありがとうございます」
「さて、次は私の番ね」
「お嬢様の番……と言いますと?」
「良いですか? 下のものの振る舞いは上の印象にも影響及ぼします、これは分かりますね?」
「はい」
「ですので同様に、貴方の匂いも問題となります」
「……はい」
「何故私が匂いを嗅がせたか分かりますか?」
「……趣味?」
「そのようなハレンチな趣味は持ち合わせておりません」
「……申し訳ございません」
「答えは、自分の匂いは自分では分からないものだからです」
「はい」
「そういう事です、そしてあまり嗅ぎ慣れたものだとそれはそれで参考になりません。そのような意味ではこれは遅きに失した、という感もありますね」
「はぁ……左様ですか」
「さて、話を逸らされましたが」
「…………」
「貴方の匂いのチェックを行います」
「……はい」
「ではそうですね……後ろから」
「……なんだか近く、ありませんか?」
「貴方は立場上人混みに揉まれたりする事もあります、つまり第一印象として想定するべき距離がそもそも近いのです」
「はぁ……」
「下のもの同士での交流もあります、その時に悪印象を持たれれば巡り巡って私の印象も悪くなります。お分かりですね?」
「……はい」
「髪の香りなどは問題無いです、ただ私好みの香料ではありませんね」
「変えておきます」
「私が手配します。私の物なのですから」
「……はい」
「では次に、腕を上げてください」
「……ここも、ですか?」
「むしろ、です。貴方がそのような体質で無いのは知っておりますが、傾向はそれぞれですから」
「はい……」
「……問題無いですね。制汗剤等は使用していますか?」
「今は使用しておりません」
「では少し使用するようにしましょう。無香料のもので邪魔をしないものが良いわ」
「……はい。一つよろしいでしょうか?」
「はい、なんでしょうか」
「その……制汗剤等は決まったものがあるのでは? それを一式渡せば済むのでは無いでしょうか?」
「その質問、答えの一つはお分かりでしょう?」
「……はい」
「貴方が思っている通りだと思いますよ? 私は意図的にその辺りに関して"良きに計らう"のを止めている、ただそれだけです」
「……分かりました、ありがとうございます」
「では正面です」
「……はい」
「こちらも問題無いですね、手入れが行き届いてます」
「ありがとうございます」
「では、今回はこんなところで終わりにしましょうか」
「ご指導、ありがとうございました」
「あぁ、一つ忘れていたわ。先程貴方がおっしゃっていた触覚の件、覚えていますか?」
「…………はい」
「チェックは終わったのだから、別にどうこうしないわ」
「はい」
「ただ……この前に私の手で撫でられた感触はどうだったかしら?」
「……滑らかだった、と記憶しております」
「そう、良かったわ……あら私ったら、もう一つ確認したい事があったのをようやく思い出したわ」
「はい?」
「味はどうだったかしら?」
「…………良かったと、思います」
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