「貴方には幾つかの家事をしてもらいます」
「はい」
「本来であればこのような事に貴方を使うつもりは無かったのですが……周囲への示しが必要ですので」
「は、ぁ……?」
「軽い愚痴です、愚痴は聞く相手が居る方が良いというものです」
「……はい、お嬢様」
「それで今回してもらう家事は、洗濯です」
「はい」
「簡単そう、と思いました?」
「正直なところを言うと……はい、その通りです」
「素直でよろしい。言い忘れていましたが、私が返事を求めた際には嘘をついてはなりません。お世辞は外だけで間に合っておりますから」
「はい……それで洗濯が簡単ではない、というのはもしかして量が……?」
「いいえ、量の問題ではありません」
「……?」
「大半は専門の、信頼できる業者に引き渡されます。幾つか扱いの難しいものもありますし、そのような設備を置いてもコストが掛かるだけですから」
「……それでは、何が?」
「そうですね……クイズといたしましょうか」
「はぁ……」
「どのような問題が考えられますか?」
「んー……さっぱり」
「よく考えてくださいね、ヒントはあります」
「大半……扱い……簡単なものは、ここでやっている……?」
「ほとんど正解ですね、良しとしましょう」
「ほっ……」
「ちなみに、間違えた場合は……ふふっ」
「…………」
「ここが洗濯場です」
「……えっ?!」
「その様子だと、ここまでは想像していなかったようですね」
「だって……えっ、洗濯板……!?」
「そう、洗濯板です。ちなみに下々の方たちのやり方は存じておりますよ?」
「なんで……?」
「そう、そこです。そして貴方だけでなく私もここに居る理由です」
「扱い……質……あっ」
「ふふっ、気付きましたか?」
「……たぶん、はい」
「たぶん、それは当たっています。こればかりは外部に任せるのも不安、不審、不快などなど。割り切るのが難しいものですからね」
「それらを……全部、僕に……?」
「少しだけ違いますね。私の分だけです」
「……っ!」
「おや? もしかして他の方のもやりたかったのですか? 熱心な事ですね……それとも、何か邪な考えをお持ちに?」
「……いいえっ、そんな邪な考えだなんて…………」
「邪な事を考えては、いけません。私はそういうの大嫌いですから」
「……はい」
「そういう事は、イケない事です……しっかりと肝に命じておいてくださいね」
「はい……」
「それではその籠を……そう、それです」
「……はい」
「桶にお湯を溜めて、そこに板と洗剤を入れて……そう、お上手ね」
「……」
「籠の一番上の……おや? 貴方、目をつぶってらっしゃる?」
「その……あまり、見ない方が良いかと……」
「見ずに仕事ができるのですか? それとも、私はいつの間にかそのような指示をしてしまいましたか?」
「……いいえ、しておりません」
「では、目を開けて仕事をして下さい」
「はい……」
「そもそも、目はこの仕事に必要ですよ? 手に取って広げて下さい」
「っ……」
「ほつれや傷み、そして汚れ。それらを確認してください」
「うぅ……」
「傷んでいるものは捨てます、ただ基準はちょっと難しいかもしれませんね」
「……」
「ちゃんと内側も確認してくださいね。摩耗しやすいですから」
「……はい」
「そしてそれをじゃぶじゃぶと……」
「……」
「そう、よくできました。たっぷりとお湯を吸わせてくださいね。そうしてから両手で優しく、揉むように洗ってください」
「はい……」
「向こうにある籠が気になりますか?」
「……っ、いえ」
「ちゃんと見るのは大事です、仕事に集中してくださいね」
「……お嬢様」
「はい」
「その……あまり、見られると……」
「集中できませんか?」
「恐れ、ながら……」
「よろしい」
「では……」
「そしてダメです。その理屈には一理ありますし、理解もできます。ですが、貴方は見られていると集中できない等と言う事が許される立場ではありません。特にこの私に見られている時は、です」
「っ……分かり、ました」
「それでは続けましょう……次に優しく、こすりつけます」
「……」
「生地が高級ですから気をつけてくださいね。先程の事情が無くとも、これらはこちらでやった方が結果としてはコストが掛からないというのはありますね」
「はい……」
「板にすりつけるのは特に内側を……そう、そこです」
「……」
「もう少し、強くなさっても大丈夫ですよ」
「っ……はい」
「いい調子です、扱いがお上手ですね」
「…………ありがとうございます」
「洗い終わったらもう一度確認です、洗濯そのもので傷みが表に出る事もありますからね」
「はい……大丈夫に、見えます」
「えぇ、大丈夫ですね。後でまとめてすすぐので横に避けてください」
「はい」
「じゃあ次ですね……そう、それです。基本的にセットですので、それがあるか確認しながら行ってください」
「……はい」
「さっきと同じように広げて確認してください」
「……大丈夫、だと思います」
「えぇ、そうですね。ではそのままそこを摘むように持って頂いて、桶に入れて下さい」
「こうですか?」
「そう、その通りです。そのままゆっくりと振ってください」
「……これで良いんですか?」
「えぇそうです。取り扱いには十分注意してくださいね? どうしても市販品ですと私好みのデザインが無いものですから、私から見ても中々お高いものですよ」
「……はい」
「そして内側を、親指で押すように」
「はい……」
「そう……特に中央とか、そのように指で押すように洗うと良いですね」
「…………」
「じゃあこれで一通りの手順は分かりましたね?」
「はい……分かりました」
「では残りは……私が居なくても大丈夫そうね」
「はい」
「じゃあ頼むわね……あっ、一つだけ」
「……?」
「この部屋、監視カメラ付いておりますから。何か問題があったらそこのカメラに向かって手を振ってくださいね」
「…………はい…………」
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