第24話 作戦会議

 カリオとクシェが私につくことを、リダールは許可してくれたわ。少し脅されていた二人は、許してもらえないんじゃないかと思っていたみたい。カリオはちょっと複雑そうな顔をしていたわ。


 だけど、これからの作戦に人間側の意見が増えるのはありがたいことね。カリオたちも連れて、次はリダールの執務室に移動する。


 そこで紹介されたのは、リダールの秘書官だというオルヴァンという男性だった。



「初めまして、セレステアお嬢ちゃん。俺はオルヴァン。これでも先代の魔王なんだが、ま、気軽にしてくれや」



 こげ茶の髪をオールバックにした渋いおじ様、という感じね。随分と気さくな雰囲気だけれど、先代魔王という名乗りの通り、秘める魔力はとっても強く練り込まれている。ラートルなんて目じゃないわね。


 確かラートルが起こした騒ぎを、リダールの代わりに解決したんだったかしら。リダール本人が出ずとも、先代が解決に来たとなれば、街の人々は安心したでしょうね。



「初めまして、オルヴァン様。セレステア・トゥーリア・パンデリオです」


「あーあー、堅っ苦しいのは抜きにしてくれ。俺はそういうのが嫌いで、リダールに王位を譲ったんだから」



 ドレスを摘まんで礼をすると、盛大に顔をしかめられた。リダールがお世話になったと聞いていたからちゃんと挨拶をしたかったのに、それは駄目らしいわ。



「オルヴァン様、も駄目?」


「駄目だなあ」



 お茶目にウィンクされてしまったから、仕方ない。



「オルヴァンは俺の仕事の補佐、もだが、主に諜報を担当している。今回もかなり働いてくれた」



 リダールが労うように視線を向けると、「給料弾んでくれよ」という返事。随分と仲が良さそうで、思わず嫉妬しちゃいそう。「月給は決まっているだろう」と返されて、本気でへこんでいるけれど。



「ラートルのせいで、城の内部にまで過激派が入り込んでいてな……。オルヴァンが王だった頃からラートルを疑ってはいたみたいなんだが、なかなか尻尾を出さなかったんだ。今回のことで、ようやく一掃できた」


「そのせいで人手が足りなくなったがな。残ってる奴らはてんてこ舞いだぜ」


「分かっている。月給は変えられないが臨時で褒賞は出す」



 この話は終わりだとばかりに、リダールは立派な執務机に腰かけた。彼が軽く手を振ると、華奢な銀の椅子が現れる。



「セレアはここに」


「ええ」



 リダールの隣に腰を下ろしたところで、オルヴァンが机上に地図を広げた。



「魔王陛下が平和に世界征服するとか無茶なこと言いやがるから、ざっと情勢を調べてみたんだがな。基本的には、パンデリオと、大陸中央の大国三つを落とせば可能だ」



 私もそれに頷いたわ。中央に位置する三つの大国と、それらに属する小国群。まとめて中央諸国と呼ばれる国々が、パンデリオ王国に支援をしている国々でもあるわ。


 要するに、魔族に対して敵対感情を持っている国の筆頭でもあるということ。



「けれど落とすと言っても、正面から侵攻するのは不可能。数で押し負けるし、そもそもそれじゃ平和な世界征服にはならねぇ。ていうか、平和な世界征服ってなんだよリダール」


「何度も言っただろう、一人も死人を出さないことだ」


「それは世界征服とは言わねぇ」


「うるさい続けろ」


「へーへー。で、だ。そこで人間さんの意見を聞きたいわけだ」



 突然水を向けられたカリオとクシェが、驚きの声を上げた。


 ふざけた態度とは裏腹に、真摯な眼差しをしたオルヴァンが二人を見据える。



「今考えてんのは、リダールが直接出向いて国の頭を脅すってやり方だ。つーか、これ以外は現実的じゃねぇ。マヴィアナは守りには強いが、攻めるには弱い国だ。そんでもって、世界中に手を組まれた日にゃ負け戦もいいとこだ。だが、リダールが中央諸国の国王どもを脅して従えても、いつかは反乱が起こる」


「……そうでしょうね。魔族に対する憎しみを増長する結果にしかなりません」



 頷いたのはカリオだったわ。



「武力と恐怖による支配は、反発を生みます。歴史的にも、それで滅びた国はいくらでもありますから」



 もともと嫌われ者である魔族による恐怖政治なんて、よく考えなくても破綻するのが目に見えているわ。


 だからこそ、オルヴァンは頭を抱えているのでしょうけれど。



「あの、魔族のことを知ってもらう、じゃ駄目なんですか? あたしはそれで、魔族は敵じゃないんだって分かったし……」



 自信なさげにクシェが発言したけれど、自分でも難しいと分かっているのでしょう。小さな声が、徐々に小さくなって消えて行ったわ。


 リダールが難しい顔で腕を組んだ。



「人間が歴史の中で魔族についての情報を統制した結果、今ではよく分からない外敵、という立ち位置になってしまっているのが問題だ。魔族と言いつつ、実際は魔力を持っているだけの人間なんだがな」


「ちょっと待て、それは初耳です!」



 あら、言ってなかったかしら。驚いて口を挟んだカリオの横で、クシェがものすごい勢いで頷いている。


 何も知らないのは少し困るし、この辺りで本当の魔族について教えておいた方が良さそうね?


 リダールも同意してくれたから、二人にざっくりと魔族の歴史を教えることにしたわ。



「ずっとずっと昔、始まりは魔力の塊である魔石が採掘されるようになったこと。人々は大きな力を持つ魔力を使って、生活を豊かにしていったわ。魔術師であるクシェなら分かると思うけれど、人間が魔法を使う時、体の中に魔力を通すでしょう? それを繰り返しているうちに、魔力に適応する人たちが現れたの」



 魔力に適応し、体内に留めておくことのできる人たち。そして、体内で魔力を作り出せるようになった人たち。彼らは始めこそ重宝されたけれど、すぐにその扱いは変わっていった。



「人は、自分と違うものを嫌うものだ。魔力を持つ者が増えていくほどに、人間たちは彼らを迫害するようになっていった。魔力が子供に引き継がれるのも理由の一つだっただろうな。数が増えて立場が逆転するのを恐れたんだ」


「結果として、魔族と言う呼び名をつけて異端扱いし、荒れ地に追放するに至ったのね。その時に魔族をまとめて、このマヴィアナ国を建国したのが最初の魔王だったはずよ」



 魔族の王だから、魔王。安直な呼び名だけれど、今では恐怖の象徴として広まってしまっているわ。魔族の方から人間に害を及ぼしたことなんて、ほとんどないのにね。



「確かパンデリオの歴史書では、和平のための使者が殺されたり、侵攻してきた魔族をどうにか追い払った、という記述が度々ありましたが……」


「それは、ラートルのような過激派の仕業であることが多い。どの時代でも、ああいう魔族至上主義者は出てくるんだ。悩ましいことにな」



 そして、そういう考えの魔王が立ったときには、実際に戦争を仕掛けようとしたこともあるみたいよ。魔族の側から仕掛けるのはあまりにも不利すぎて、結局何もできなかったらしいけれど。


 魔族は数が少なすぎるのよ。人間側が団結すると、勝つことは難しいわ。魔法を使うことに関しては優れているとはいえ、人間にも魔術師がいる。


 だからこそ、今こうして悩んでいるのよね。


 結局その後もいい案は出なくて、作戦会議は終わったわ。






「嬢ちゃんも大変だな」


「あら、どうして?」



 リダールの執務室でその仕事っぷりを眺めていると、書類を運んできたオルヴァンに声をかけられたわ。


 執務室にはオルヴァン以外の部下も出入りしていて、リダールはあれやこれやと指示を出したり、書類にペンを走らせたりしている。リダールが魔王として仕事をしているのは初めて見るけれど、あんな風に凛とした顔をしているのもかっこよくていいわ。


 思わず崩れてしまう顔を押さえながらリダールを見ていると、オルヴァンが椅子を引っ張ってきて、私の隣に腰を下ろした。そして、声を潜めて内緒話を始める。



「あいつ、随分嬢ちゃんに入れ込んでるだろ。相手をするの、面倒じゃねぇか?」



 お仕事は良いのかしら、と思ったけれど、リダールがちらりとこちらを見ても何も言わないから、大丈夫なのでしょう。私もひそひそと囁き返したわ。



「そんなことないわ。リダールといられるのは嬉しいもの」


「まあリダールが絶世の美人であることは間違いないがな。嬢ちゃんとお似合いだ」


「顔で選んだわけではないけれど、ありがとう」



 でもなあ、とオルヴァンは言葉を濁す。首を傾げて続きを待つと、さらに小さな声が聞こえてきた。



「その入れ込みようが、尋常じゃない、っていうか……」


「そうかしら」



 確かにリダールは私を愛してくれるけれど、そんな風に感じたことはないわ。他の恋人同士がどんなものかを知らないから、確実なことは言えないけれど。



「だいたい、女の子の寝室に行きすぎだろ」


「ほかに会える場所がないから仕方ないわ」


「嬢ちゃん一人のために世界征服するとか言い出すし」


「あれには私も、ちょっとびっくりしたわね」


「……リダールのやつ、いつもなんて言っているか知ってるか?」



 僅かに低くなった声に、視線をオルヴァンへ向けたわ。



「嬢ちゃんのために死ぬなら、幸せなんだと」


「そう」



 どこか心配そうな、必死なオルヴァンに微笑みかける。



「私とリダール、同じことを考えているのね」


「……は」


「ふふ、これもお揃いなんて、嬉しいわ」



 少しの間固まっていたオルヴァンは、椅子の背もたれに体を預けて深く息を吐いた。それから髪をかき上げて、呆れたように笑う。何かおかしなことを言ったかしら。



「いや、俺の杞憂だったみてぇだな。やっぱお似合いだ、嬢ちゃんたち」


「ありがとう、オルヴァン」



 彼が何を心配していたのかは知らないけれど、憂いが晴れたようで良かったわ。


 オルヴァンはその後しばらく、黙ったままリダールの姿を眺めていた。


 先代の魔王。自らリダールに王位を明け渡した王様。私の知っている国王は、例えばお父様なら、そんなことは絶対にしないわ。死ぬまで玉座にしがみつくでしょう。


 必ず最強が選ばれる魔族の王は、いったいどんな気分で玉座に座るのかしら。



「……リダールは」



 ぽつり、と語られるのは、私の知らないリダールの話。



「十三で城に来た時、夢を叶えるために魔王になりたい、って俺に言ったんだ。十三のガキが、現役の魔王にだぜ? 笑っちまったが……、多分、将来的にはそうなるだろうなとも思ったな。何せ、その時点で強さは俺と同等レベルだった」


「さすがね」


「その時だったら僅差で俺が勝ってただろうな。でもま、才能ってのは残酷なもんだ。俺がちょっと指南しただけですぐに超えていきやがった。いつか来るとは分かってたが、まあそんときゃ衝撃だったな」



 そう言う割に、オルヴァンの顔は穏やかだわ。



「それが、初恋の女の子のためだってんだから、呆れたぜ。何の苦労も知らねぇ坊ちゃんが、一人の女のために魔王の座まで駆け上がってった。しかも、相手はパンデリオの聖女じゃねえか。……嬢ちゃんには悪いが、最初は反対されまくってたんだぜ」



 それはそうでしょうね。魔族殺しの聖女なんて、歓迎される訳がないわ。



「リダールが少しずつ変えてったんだ。今じゃ、国中が嬢ちゃんの境遇に同情してる。同じ魔族だってのに、道具みたいにこき使われてたんだ。だいたい、嬢ちゃんが相手にしてたのは、国境近くに住んでる死刑囚だけだった」


「……それでも、私がやったのは許されないことよ」


「それでも、俺たちは嬢ちゃんを受け入れた。だからちゃんと、リダールの傍についててやってくれよ。あいつは間違いなく最強の魔族だが、王としちゃまだまだ未熟だからな」



 オルヴァンの目はどこまでも優しい。見ていられなくなって、咄嗟に俯いた。


 リダールだけじゃない、魔族の皆は私を受け入れてくれているんだわ。ラートルに突き立てられた心の棘が、すうっと消えていくみたい。


 頑張って笑顔を作って、オルヴァンに向けた。



「ありがとう、本当に……。心から」



 目を瞠ったオルヴァンは、ニッと笑って手を伸ばしてくる。その手が私の頭に触れる前に、オルヴァンはその場から消えた。



「セレアに触れるのを許した覚えはない」



 リダールがいつの間にかこっちに指先を向けていたわ。むすっとした顔の向こうで、部屋の扉がバンバンと叩かれている。



「リダール!! てめえ部屋に入れやがれっ!」



 どんだけ嫉妬深いんだ!! なんて絶叫しているオルヴァンに、思わず声を上げて笑っちゃったわ。



「リダール。ここはとってもいい国ね」



 ちょっとだけ扉の方を睨んでから、リダールはため息をついて微笑んだ。



「そうだろう?」

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