第20話 魔王リダールの実力

 倉庫街の入り口から魔力探知を使い、一つの空き倉庫に辿り着いた。ところどころ煉瓦が崩れていて、随分前に放棄されたんだろうなという印象を受けるわ。


 この中にクシェの魔力を感じる。それから、よく練り上げられた魔力が複数。戦闘は避けられないわね。



「姫様、決して私から離れないでください」


「分かったわ」



 抜き身の剣を携えたカリオは、呼吸を整えて空き倉庫に飛び込んでいった。その後に私とルシオンも続く。


 一目見て、倉庫の内部はだだっ広い空間だと把握した。一番奥には縛られて猿轡を噛まされたクシェがいる。意識はあるようで、こちらを見て顔を輝かせた。


 入り口を見張っていたのだろう二人の男をカリオが一瞬で沈め、倉庫の奥へと駆ける。


 中二階の通路から、攻撃魔法がいくつも放たれた。それらすべて、魔力を奪い取って無効化すると、動揺の声が上がったわ。


 でも、そこまでだった。


 クシェのすぐ隣、積み上げられた木箱の裏からゆったりと現れたのは、黒髪をまっすぐに切り揃えた壮年の男。着ている服が上物ね。多分それなりの地位にある人だわ。


 その男は、手にしていたナイフをクシェの首元に添えた。息を呑んだカリオが足を止める。動揺した騎士の横に立つと、男は胡散臭い笑みを浮かべた。



「これは皆さまお揃いで、聖女ご一行様。手荒な真似は、どうかお許しを。私どもとしましては、貴女の能力は警戒に値しますものですから。このような手段を取るしかなかったのですよ」


「御託は良いわ。さっさとクシェを返しなさい」


「おやおや、随分と気が短くていらっしゃるのですね。有無を言わさず戦闘開始、など味気ないではございませんか。まずは自己紹介と参りましょう?」



 嫌味ったらしくて好きじゃないわ。パンデリオのお城で顔を合わせていた貴族たちを思い出す。嫌味とおべっかしか言えない、特権意識の強い人たち。あの人たちと同じ匂いがするわ。


 私が顔をしかめたのも気にせず、男はいっそ優雅に一礼して見せる。



「私はラートル。ラートル・アクス。魔王陛下の側近でございます」



 今度はルシオンが小さく声を上げた。


 ああ、やっぱり。あの手紙は、そういうことだったのね……。



「私がここにいる意味、聖女様におかれましては、よくよくお分かりのはずでは?」


「……」



 答えあぐねて黙り込むと、ラートルはますます笑みを深めた。



「ふっ……、哀れなお人だ。ですが、この状況は貴女自身が招いたと言っても過言ではありません。さあ、お選びくださいませ?」



 ぞんざいな手つきでナイフの腹をクシェの頬に当て、ぺちぺちと叩くラートル。彼女の顔が恐怖で歪むのを楽しげに眺めるラートルに、お腹の奥底がぐらりと沸き立ったように感じたわ。



「クシェを離しなさい……」


「ええ、構いませんとも。ただし、条件がございます」


「条件……?」



「聖女セレステアと、この小娘。どちらかを選ぶのです。貴女が大人しく我々の手に落ちるのならば、この小娘は解放しましょう。ただの人間如きに価値など無いのですから」



 多分、この場で一番悲壮な顔をしたのはカリオだったわ。それすらラートルにとっては愉悦の材料なのか、今度は声を上げて笑う。


 愉しくて愉しくて仕方がない、人を害することに何の躊躇いもない。そんな心の内を隠しもしない。それがこのラートルと言う男。魔王の――リダールの側近。


 私は思考を振り払うようにして顔を上げ、しかとラートルを見据えた。私とクシェの二択だなんて、そんな馬鹿げた提案に乗るわけがない。そう言おうとして、けれど一歩前に出たルシオンが先に口を開いた。



「だったら、答えは決まっている。クシェは僕にとって、大事な幼馴染だ」



 ラートルは少し驚いたようにルシオンを見た。ここで出しゃばってくるとは思わなかったみたい。


 勇者ルシオン。パンデリオ国王が選んだ腕利きの若者。辺境の村に生まれ、剣の腕だけで成り上がった青年は、幼馴染を見つめて小さく微笑んだ。


 そして、釣られて泣き笑いの顔になったクシェにとって、残酷な言葉を告げる。



「だけどね、セレステアを失うわけにはいかない。だって彼女は、僕と一緒に魔族を殺し尽くすんだから」



 ああ。――ああ。


 相容れない人だと思っていた。その思想は危険だとも、その性格が嫌いだとも。だけど、だけど、こんなにも嫌悪感を抱くことになるなんて思わなかった。


 虫唾が走るわ。クシェの一方的な思いだったとしても、二人の間に恋愛感情がなくったって、同じ村で一緒に育ってきたことに変わりはないはずなのに。大事な幼馴染だと言い切っておいて、それでも見捨てることができるなんて。



「……っ!」



 凍り付いたクシェの顔から、表情が抜け落ちた。大きく見開かれた茶色の瞳から、ぽろりと雫が零れ落ちる。一粒だけ。


 その瞬間に、カリオが吠えた。



「ふざけるなっ!!」



 驚くルシオンを殴り飛ばして、カリオは肩を震わせる。



「貴様は……っ、クシェが一体何のために!」



 もはやまともに言葉も紡げないカリオに、クシェが何度か瞬きをした。



「――……」


「おやおや。聖女様ご一行も一枚岩ではないのですねぇ。随分と信頼関係が希薄なようだ」



 水を差したのはラートルだった。もはや嘲笑を隠しもしない男を、私は鋭く睨みつける。



「信頼関係が築けていないのは、そちらの方ではないかしら?」


「何のことでしょう?」


「魔王の側近だと言ったわね。この襲撃、あなたの主人はご存じなのかしら」



 ラートルの態度は崩れない。



「もちろん、当たり前ではないですか」


「手紙をもらったのよ」


「……手紙?」



 微笑んだまま首を傾げるラートル。そうよね、きっと初耳よね。


 リダールがくれた、まだ読んでいない手紙。封も切らないままで外套にしまってある、あの手紙の内容が今、分かったわ。



「魔王の側近を名乗る男は、裏切り者だ」


「……は?」


「そう書いてあったのよね。そうでしょ? ――リダール」



 空き倉庫内に、突風が吹き荒れた。






 目も開けていられないほどの風に、全員が揃って顔を覆う。その中で、こつりと響く硬質な靴の音。舞い上がった銀髪を押さえれば、見慣れた長身が隣に立っていた。



「ああ。その男は、先代の頃から魔王の側近として仕え、裏では国内の過激派を牛耳っていた張本人だ。……よくも俺のセレアに手を出してくれたな」



 精悍な美貌に微笑を湛え、けれど漆黒の瞳は笑っていない。どころか、ぐらぐらと怒りが燃え滾っている。体から溢れ出る魔力が、体に響く衝撃を伴って倉庫内を席巻していた。


 「ひっ」と凍り付いたラートルが、喘ぐようにか細い声を出した。



「魔王、陛下……」



 リダールはただ、にやりと口角を吊り上げる。



「魔王……!!」


「! 姫様から離れろ!」



 ルシオンとカリオが驚き、警戒を露にするけれど、リダールは気にも留めずに私を見下ろした。そして、甘く優しい声で名前を呼ぶ。



「セレア、遅くなってすまなかった。怪我はないか?」



 リダールしか使わない、彼にしか許さない特別な呼び方。私は心が高揚するままにリダールに飛びついた。



「平気よ、リダール! 来てくれるって信じてたわ!」



 リダールの手が腰に回って、逞しい腕に包み込まれる。腕を伸ばして彼の首筋に抱きつき、頬にキスをした。


 私たち以外の全員が絶句する中、最初に復活したのはラートルだった。



「な、なぜ……! なぜ陛下がここに!」


「都で暴動を起こさせて、俺の足止めをしたつもりか? それとも、隠蔽の魔法でセレアたちへの襲撃を隠し通せるとでも思っていたのか? 他人を見下す悪癖を改めた方がいいぞ、ラートル」



 裏切り者を鼻で笑い飛ばしたリダールは、とっても悪い顔をしていたわ。その顔、好きよ。



「あの程度の暴動、俺が出向くまでもなく収まった。オルヴァンの手腕は流石だな。それからお前の隠蔽だが、突然セレアの様子が探れなくなったら、何かあったと気づいて当然だろう」



 残念ながら、ラートルの顔を見る限り、それが当然だとはまったく思っていなかったようね。だけど、私でもリダールが規格外なことくらい分かるわよ?


 都の暴動は実際に見ていないから分からないけれど、陽動のために起こしたのならそれなりの規模だったはず。それに魔王のお膝元である都での事件を、実力で選ばれている魔王本人が無視できるわけないと考えたんでしょうね。実際には別の人に投げてきたみたいだけれど。


 何より、リダールは四六時中私を魔法で見守ってくれていたけれど、これって普通はありえないことよ。慣れていないとはいえ私やクシェが魔力探知を早々に諦めたように、この国には魔力が多すぎる。その中からたった一人を、それも継続して探り続けるなんて。とんでもない集中力と魔力の消費量よ。



「馬鹿な……っ。だいたい、ここへはどうやって来たというんです! 転移の魔法など、一回発動するのに最低でも三人は必要になるはず……!」



 転移の魔法は使用する魔力が多い。一人の魔力量じゃ到底足りないわ。それに加えて、場所を指定したり、転移するものを保護したり、魔力操作がややこしいのよね。手紙みたいに小さなものでも、魔法で送るのは疲れるし面倒だわ。


 そんな魔法だから、人間の魔術師に転移を使える人はいないの。大量の魔石が必要になるうえ、自分の魔力じゃないから操作の難易度が跳ね上がるわ。


 だけどそれは、普通の魔族や魔術師に限った話。



「リダールなら、転移の魔法なんてほとんど無制限で使えるわよ? よく私のところに顔を出してくれていたもの」


「ありえない!」



 ありえないことができるからこその魔王なのよ。マヴィアナ国で生まれ育った魔族なのに、そんなことも分からないのかしら。


 可哀想なくらいに震えているラートルを見据えて、リダールは凛と張った声で告げた。



「過激派リーダー、ラートル。言い逃れは許さない。俺とセレアを仲違いさせる魂胆だったようだが、この程度のずさんな作戦で俺たちの心が離れるとでも?」



 本当に、舐められたものよね。それとも、リダールの言うように己の価値を勘違いしているのかしら。


 最初は、まさかリダールが裏切られるなんて、と思ったけれど。でも、目の曇った人が正しい判断なんてできるわけないわよね。



「こんな、こんなことが、あってたまるか」



 呆然と足元を崩したラートルは、焦点の定まらない目をうろうろと彷徨わせた。



「ようやくここまで築き上げたというのに……。聖女を利用して、私が、この私こそが、魔王に……!」



 彷徨っていた視線が、クシェを捉えた。



「ふ、はははっ、そうだ、この小娘を殺されたくなければ、私の言うとおりに……っ」



 持ったままのナイフをクシェに突き付けて、ラートルは歪んだ笑い声を上げた。



「クシェ!」



 カリオが駆けだそうとして、けれどそれを制したのはリダールだった。ただ手を翳す、それだけでクシェの姿が掻き消え、カリオの隣に唐突に現れた。ついでに彼女を縛っていた縄も解けているわ。



「な……!」


「魔法では俺とセレアに敵わない。だから人質作戦か。魔族の誇りを語る割に矛盾しているな。正々堂々、魔法で戦ったらどうだ」



 不敵な笑みを浮かべるリダールに、ラートルは綺麗に整った黒髪をぐしゃぐしゃと掻き乱したわ。余裕たっぷりに現れた最初の姿が嘘みたい。


 どろりと濁った目で、ラートルはリダールを睨みつけた。



「そこまで言うのなら戦いましょう! 貴様を倒して、この私こそが魔王として立つのです!」



 宣言のもと、よく鍛えられた魔力が放出される。



「安寧の破壊者、文明の創造主、終わりの始まりに生まれし揺らぎよ、我が力となるのです! 楽園は終わり、闘争の狼煙が上がる。燃え盛る火は私の歩む道を永劫に照らし出す!」



 詠唱に伴って、ラートルの体を魔力の壁が包み込んだ。大きな魔法が来る。けれどリダールは相対する裏切り者ではなく私の方に屈みこんで、柔らかく微笑んだ。



「セレア、少し下がっていろ」


「分かったわ」



 正面から受け止める気かしら。言われた通りに数歩後ろへ下がる。



「後悔するがいい! カロル・フラム!」



 空き倉庫の床を舐めるように、激しくゆらぐ猛火が立ち上がった。倉庫全体の温度が一気に上がって、まるで肌まで燃えるよう。一瞬にして周囲は炎の海と化した。


 熱い。思わず腕を上げて顔を庇ったけれど、私の前に立つリダールはそよ風のように熱風を受け止めて、鼻で笑った。



「小手調べのつもりなら、手心を加えすぎじゃないか?」



 倉庫ごと私たちを飲み込まんとしていた炎が、一瞬で鎮火した。ラートルが愕然としている。私だってびっくりよ、だってリダール、今、魔法を使わなかったわ。


 より強くて純度の高い魔力で、ラートルの魔法を圧し潰しちゃった。力業にも程がある。



「う、うそだ……! くっ」



 ラートルが再び魔力を練り上げる。



「フリギ・グラエス! ラミ・ウェント! フルメ・ハスタ!」



 氷のつぶて、風の刃、雷の槍。威力のある攻撃魔法が次々に飛来するけれど、リダールはものともしない。それらすべて、純粋な魔力をぶつけて打ち破っていく。


 もはや魔法対決ではないわね。圧倒的な蹂躙よ。リダールとラートルの力量差がどれほどのものか、嫌と言うほど分かるわ。


 だらだらと汗を垂れ流して、ラートルはとうとう魔法を放つのをやめてしまった。



「先代魔王オルヴァンは、俺と出会った瞬間に退位を決めたそうだ。俺には絶対に勝てない。その確信があったらしい」



 リダールがおもむろに足を踏み出す。まるで敵を甚振るようなその所作に、カリオに庇われているクシェが震えた。



「なあ、そのオルヴァンにも敵わず側近に甘んじていたお前が、どうして俺に勝てると思ったんだ? 実力を隠していることさえ、見抜けなかったお前が」



 リダールは優雅に首を傾げる。一つに結った黒髪が、さらりと肩を流れた。


 今の! 正面から見たかったわ! 絶対に素敵だったに決まっているもの!



「だ、黙れ! 私は甘んじてなど……!」


「虎視眈々と転覆の機会を窺っていた、とでも? その結果が今なわけだが」



 そんな素敵なはずのリダールを真正面から見たラートルは、今にも気を失いそうな顔色をしていた。あっという間に優位を失い、まともな勝負すらさせてもらえず、追い詰められた姿の情けないこと。


 そこへとどめとばかりに、リダールは指を鳴らした。



「命までは取らないでおく。まだ聞きたいことがあるからな」



 瞬間、再び倉庫が炎に包まれた。さっきの比じゃないわ、まるで世界そのものが燃え上がるよう。けれど私たちのもとには熱すら届かない。あちこちで渦を巻き、倉庫の壁や天井を吹き飛ばす炎の踊りは、とても荘厳で美しかった。


 詠唱もなくこれほどの魔法を使えるのは、魔族の中でもリダールだけでしょうね。


 心身ともに叩きのめされたラートルは、ところどころを黒くして倒れていた。でも息はあるみたい。リダールが手を振ると、クシェを縛っていた縄がひとりでに飛んで行ってラートルを縛り上げる。



「このまま城へ。オルヴァンが今か今かと待っているからな」



 呻き声を上げる元側近に冷たく告げるリダール。



「……ふ、ふふふ」



 吐息のような笑いが零れた。観念したのかしら。リダールに敵わないと、身に染みて理解できたでしょうから。


 もう危険はないと判断して、リダールの隣に立つ。



「私が倒れたとて……、マヴィアナ革命軍は止まりませんよ」


「戯言だな」


「今いる同志たちが根絶やしにされようと、新たな革命の徒が現れる。貴様が王位に就く限りは!」



 血を吐くように、魔族至上主義を掲げる男は叫んだ。



「魔族殺しの聖女を妻にするなどと、馬鹿げた戯言を口にする魔王など! 誰も認めるものか!!」



 ぐらりと、地面が揺れた気がした。


 魔族殺しの聖女。ええ、そうね。私はこれまでにたくさんの魔族を殺したわ。お父様の命令で、捕らえられた人や、国境沿いに暮らす村人を、たくさん、いっぱい。


 だから、そうよ、私は悪い聖女なの。血塗れの聖女様なんて、随分と縁起が悪いわよね。


 それがなんだって言うのかしら。リダールの王位とは何の関係もないじゃない。だって魔王は実力で選ばれるのよ。誰が見たってリダールは魔族最強だわ。そこに文句をつける人なんて、いるのかしら。


 ああ、ええと。そうね。息って、どうやってするんだったかしら。



「――ア、セレアッ!」


「……っぁ、あ、……りだ、る」



 いつの間にか、リダールに抱きかかえられていたわ。私、倒れたの?



「……っ、すまない。あいつに話す時間など与えるんじゃなかった」



 こちらを見下ろす顔は焦りと心配に彩られている。答える間もなく体が浮き上がって、反射的にリダールの首に腕を回した。


 普段は私よりもリダールの体温の方が低いのに、今は彼の体がとても暖かい。筋張った首元に顔を埋めれば、爽やかな香りがした。香水なんて使ってないはずなのに、いい香りね。深く息を吸い込むと、宥めるように額に唇が押し当てられた。



「ま……、魔王っ、今すぐセレステアを放せ!」



 震えるルシオンの声が聞こえてくる。まだいたのね。てっきりもう逃げたか、失神でもしたんだと思っていたわ。それくらい静かだったから。


 ちらりと顔を上げると、ルシオンが聖剣を手に立ち塞がっていた。馬鹿ね、その聖剣にはいろんな仕掛けがある。私とリダールが作った、誰も傷つけないための剣よ。



「その剣を抜くことはおすすめしない」


「怖いのか!? どうやってセレステアを洗脳したかは知らないが、この聖剣の力があれば……!」



 果敢に剣を抜いたルシオンは、すぐに硬直した。リダールに向けた切っ先から、聖剣がぼろぼろと崩れ落ちていったから。


 いっそ憐れむような口調で、リダールは告げた。



「それは俺とセレアで作った紛い物の聖剣だ。魔力を持つものを傷つけず、俺に向けられたときには自壊するようになっている」


「な、んで……!」



 この場で誰よりも混乱しているのは、多分ルシオンだった。残った柄だけを握りしめて、ぐるりと周囲を見渡す。そして、再び叫んだ。



「どうして! 僕は選ばれた勇者なのに、なんで、なんで! セレステア!」



 お願いだから喚かないで。今はもう、自分を偽る余裕が無いのよ。


 縋るように向けられる視線は、私の言葉を求めている。たぶん、ルシオンの心を奮い立たせる魔法の言葉を。


 だけど、私の魔法はルシオンのためなんかには使わないわ。全部リダールのためにと誓ったのよ。私の心を救ってくれた、リダールのために。



「……なんでと言われたら、答えは一つよ」


「セレア」



 リダールの腕の力が強くなる。けれど零れ落ちた言葉はもう、止まらなかったわ。



「私が、人の間に生まれた魔族だから」



 うふふ、笑えるでしょう? 英雄の国パンデリオ。国王夫妻の間に生まれた聖女が、本当は敵対する魔族だったなんて。


 完全に言葉を失くし、口をはくはくと動かしているルシオンに向かって、私は微笑んだ。



「ルシオン。私、初めて会った時から、あなたのことが嫌いだったわ」



 ――魔族を殺す人は、みんなみんな、大っ嫌いよ。

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