第19話 商売の街コモート
「貴様のせいだ、ルシオンッ!」
カリオが普段の冷静さをかなぐり捨てて怒鳴り散らしている。ケンディムでルシオンに説教していたときとは違う、感情的な怒りだった。
「なんで僕のせいになるんだ!」
ルシオンも負けじと言い返す。もはや二人とも、敬称やら敬語やら吹っ飛んでいるわ。
「お前が俺たちの正体を、あの魔石泥棒に漏らしたからだ! 前の街から、俺たちは既に罠にかかっていた! このルートを教えたのもあの街の兵士だ! 本当に死んでいるかも怪しいな、なんせ俺たちは死んだところを見ていないんだから!」
「だ……、だとしても! だったらなぜあの場で捕まらなかったんだ!? わざわざこんな回りくどいことをする意味が分からないよ!」
「そんなもの俺が知るか!」
加熱する喧嘩を止める気にもなれなくて、ただぼんやりと二人を眺めた。カリオがあんな風に怒るの、珍しいわね。いえ、主人である私の前では、感情を見せないようにしていただけかもしれないけれど。
「だいたい!」
突然ルシオンがこちらを見たから、思わずびくりとしてしまった。
「どうして殿下は、聖女の力でクシェを助けなかったんですか?」
責める、というよりも疑問。それは分かった。ルシオンはただ、疑問に思っているだけ。相手を一瞬で倒すことのできる私の能力を、なぜ使わずに見ていたのかと。
そうよ、私ならあの一瞬で男たちを殺して、クシェを助けることができたわ。それをしなかったのは、できなかったのは。
「剣も抜かずに見ていただけの貴様が、姫様の行動に口を出す資格などない!」
激昂するカリオがとうとうルシオンの胸倉を掴み上げて、私はようやく声を出した。
「やめなさい。今は欠点探しをしている場合じゃないわ」
思っていたよりも弱々しい声が出て、私は自分のほっぺを引っ叩いた。ぎょっとするカリオとルシオンに、今度こそ毅然とした態度で告げる。
「クシェを助けに行くわ。今は奴らの思惑に乗るしかない。魔導車に戻るわよ」
「姫様は安全な場所に……」
「聖女一行と言ったからには、狙いは私でしょう。隠れているわけにはいかないわ」
そう言いつつ、頭のどこかで引っかかりを覚えた。何かしら。何か、決定的なことを勘違いしている気がするわ。
だけどクシェを攫ったのが何者であれ、今やることに変わりはない。コモートに向かい、クシェを助け出す。今度こそはちゃんと力も使える、はずよ。そうでなくては困るわ。
「デムから情報が漏れたのだとして、兵士に通報したのか、殺されたときに過激派に漏らしたのか……。とにかく、あらゆる可能性を想定しておいた方がいいわ。今ここで彼の生存を疑っても意味はない。喧嘩も中断よ」
考えはまるで纏まっていないけれど、動くしかない。
カリオとルシオンも、渋々ながら距離をとって一時停戦の意思を見せた。どっちも「気に入らない」と顔に書いてある。この調子で大丈夫なのか、不安だわ。ああそれと、リダールがルシオンにかけた魔法を解いておかなくちゃ。肝心な時に転ばれちゃたまらないわ。
足早に魔導車へ戻りながら、服の上から手紙を確認する。これを読む時間は、なさそうね。
魔導車の修理が終わって、コモートに辿り着いたのは昼過ぎだった。これまでに通った二つの街より、商売が盛んな印象ね。とはいえ落ち着いて街の様子を見る余裕もなく、指定された倉庫街とやらを探す。
街外れと言っていたし、大通りから離れた所にあるはずとあたりをつけて、街の人に聞いて回る。のだけれど、聞き込みをするカリオがあまりにも鬼気迫っていて、怯えて逃げる人が続出した。
「カリオ、力を抜きなさい」
「……っ、申し訳ございません……」
ただでさえ大きな街で、しかも道が入り組んでいる。屋台や露店も多くて余計に分かりづらいわ。闇雲に走り回って、目的の場所に辿り着けるとは思えない。
「一度深呼吸して、落ち着いて? ちょっと焦りすぎよ、あなたらしくもないわ」
頭が固くて融通の利かない、岩みたいだったカリオ。この短期間でいつの間にそうなったのかは知らないけれど、この様子を見ていると一つ年上の従兄だってことを思い出すわ。普段は騎士としての姿しか見ないもの。
「とにかく、聞き込みは私に任せて」
「はい……」
その時、ルシオンがポツリと呟いた。
「街の魔族が全員グルかもしれないのに、素直に聞いて回るんですか?」
泉で「何故能力を使わないのか」と聞かれた時と、同じ。あの時と違うのは、ほんの僅かに、その目に疑念が込められていること。
疑われている。怪しまれている。
「全員殺していけば済むのに」
もう、限界かもしれないわ。
「目的地に到達する前に、策もなく騒ぎを起こす馬鹿があるか。そうしている間に人質が殺されて終わりだ」
「う……」
「それに、この街には一般市民も多く生活している。関係のない市民を殺すというのはどういうことか、今一度考えた方がいい」
カリオの言葉に、胸が温かくなった。クシェだけじゃない、カリオもちゃんと見てくれているわ。
ルシオンは引き下がったけれど、まだその目は私を見ていた。何かを探るように、それでいて、どこか縋るような色を灯して。
私はルシオンから視線を引き剥がした。ルシオンもそれ以上追及はせず、周囲を警戒し始める。
どうして魔族をそこまで嫌うのかは分からない。正直なところを言えば、理解できるとも思わないわ。だけど知らなければ、リダールが望むような真の和解は望めないでしょう。その上で分かり合えないのなら、きっともう無理なのよ。
どうしたって魔族側である私と、魔族の暮らしを知ってもなお殺意を消さないルシオン。カリオやクシェが受け入れてくれたからこそ、ルシオンにも淡い期待を抱いたけれど。
最初は一応、結婚相手として顔を合わせたというのに。私たちはいつまで経っても交わらない平行線のまま、この先へ突き進んでいくのかもしれないわ。
確信に近い予想を抱きつつも、それを本気で解決しようと思えないのは……、仕方ないわね。
「さあ、行きましょう」
私が聞き込みをしたら、倉庫街の場所はすんなりと判明したわ。コモートの街、西の外れが目的地。建物が古くなってきて、今新しい場所を建築中なんですって。だから使われていない空き倉庫がいくつかあるみたい。多分、そこが拠点ね。
これだけの大事になったのだから、多分リダールが迎えに来るはず。クシェさえ取り戻せたら、最悪の事態にはならないわ。
そう考えて、ハッとした。泉で覚えた違和感の正体が、今分かったわ。
ルシオンはデムに、「僕は勇者だ」と言ったのよ。だけど私が聖女であることは、誰も言わなかったわ。
だったら、あの誘拐犯たちが私たちの正体を知ったのは、デムが漏らしたからじゃないわ。
私が聖女だと知っているのは、それこそ、リダールとその周辺だけ……。
すうっと顔から血の気が引くのを自覚したわ。
――まさか、裏切られたの? あの、リダールが?
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