第21話 Killing The goddes's Aria
「なっ・・・・・・?!」
動き出した女神像。レイナが苦悶の表情を浮かべ、小さく呻いている。
「はは、ははは!!起動した!!これで、一歩・・・・・・!!」
何てことをしてくれた、そう叫びたいキバだった。しかし――
一瞬、背筋に怖気が走る。何か猛烈に嫌な物を感じたキバは、部屋の出口に靄を張る。
「さぁ、<
その時だった。
女神像の口が開き、瞬きするかしないか程度の速度で大量の魔力が集合、それを『音』として発した。高密度の魔力と振動の砲撃は、部屋全体を大きく揺らす。
「ぐあッ・・・・・・!?」
ぱんっ、という音と共に音が一瞬聞こえなくなる。
(鼓膜を破られた――!)
直ぐに再生は始まる。しかし、女神像の前に立っていたベルフは、それどころではなかった。
直撃を受け、耳から血を流しながら倒れている。余波で鼓膜が破れるのだ。直撃を喰らったらと思うと――キバは想像さえしたくなかった。
「ベルフ!?――くっそ脳が震えて気絶かよ!!」
小脇に抱えて部屋の隅へ。確実にあの場に置いていれば死ぬという判断に基づいての行動だった。
逃げてるだけでは話にならない。ヒットアンドアウェイでどうにかできるか、キバは予想を多岐に渡らせる。
「来いよレイナ、俺が相手してやる!!」
「お~い!みんなぁ~!!!」
眠りから覚めたアイギスが最初の広間へと戻ってくる。身体がふらふらだ。
「アイギス!!大丈夫だったの!?」
ポートが焦りながら尋ねる。
「大丈夫~、身体ぼろっぼろだけど~」
「いやそれ大丈夫じゃなくない!?」
いつも通り――とまではいかないが、和やかな空気が流れる。ここで、アイギスは異変に気づいた。
「・・・・・・屍は?」
アイギスが出発する直前に発動させた魔導の効果時間は切れていた筈だ。
「な、なんか・・・・・・限界量?に達したんだと思う」
ポートが半分不安な表情で言う。
今回の屍を生成する術式は<設置型>と呼ばれる術式だ。罠の魔術など、どこかに固定し、特定の条件下で発動する術式である。術者によって変わるが、多くの場合本人が付与した魔力量分のみ術式が発動し続ける。
そして、1年1組の者がエンドレスに倒し続けた事で術式を扱う為の魔力はどんどん減り、とうとう欠乏する事となった。たとえ無尽蔵に見えても魔力は必ず有限であり、削り続ければいずれ尽きるというフラーの教えを忠実に守った結果だった。
「なるほどね~・・・・・・調べてみよっか」
声のトーンが微かに下がる。魔方陣の一端に指を触れ、術式に解析を開始する。
「じゅ、術式の解析!?いつの間にそんな技術身につけたの!?」
同じ魔術師として、ポートが驚く。他のクラスメイトも目を丸くする。他人の術式の解析や解明は一流か、一流手前の魔術師が行えるか否かのレベルの事だ。相当のレベルが無いと発動はおろか、取っかかりさえ掴めない技術だ。
つまり、アイギスにはそれだけのレベルがあるという事。
「夏休み前にちょっと、ね」
冗談めかして言うが、やってる事は一流。
数瞬で解析が完了し、結果を述べる。
「よくある設置型だね~、召喚術式の陣で、転移元は······〈
「はぁ!?〈旧時代廃都市群〉だと!?」
〈旧時代廃都市群〉は、文字通り廃都市──旧時代と呼ばれるかつて栄えた都市の残骸、廃墟を指す。
当然学術的価値も大きく、学者達が研究しに行ったり、国としても重要なので周囲には結界が結ばれている。そうなれば、結界内にいる生物は結界の外へ出られる事なく一生を終える。そうなると必然的に不死の動く屍は増える。それが人間であろうと、他の生物であろうと。
「・・・・・・利用されたんだね~、死んだ後も」
憂いた表情がアイギスの顔に浮かぶ。
その瞬間だった。
奥へと続く扉から、爆風が流れ込む。ビリビリとした振動も感じた。
「これは・・・・・・音かな?」
クレナイが勘付く。
「だとしたら、レイナは!?」
「敵に利用された、って事になるだろうね~」
アイギスが間延びした声で、しかし怒りの滲んだ音程で声を出す。
「・・・・・・僕達はいつも肝心な時にいないな」
アイギスが、ぼそりと呟いた。
「僕達の分まで、頑張れよ・・・・・・キバ」
「うおおおおああああああああ死ぬうううう死なないけどおおおおおお!!!」
キバは、半泣きになりながら部屋を走り、飛び回っていた。
音の砲撃が撃ちまくられる。首さえ斬られなければキバは死なないが、一度砲撃の直撃を喰らって全身ぐちゃぐちゃ、痛いのに治る。再生する時に首の元へと肉が移動するのだが、そこでもまだ神経が生きており、瓦礫に引きちぎられる肉の痛みは想像を絶する物だった。
その上、攻撃をしても当たってもダメージが入らないのだ。障壁が張られているのか、傷一つ付かない。
打つ手無し、という訳で逃げ回っているのだ。
『どうにかならねぇのか!?』
『俺が聞きてえ!!』
ウロボロスとキバが意識を共有、会話を始める。
『おいウロボロス!お前こういうのの対策とか対応策とかねぇのかよ!!』
『俺だって始めてだ!くそ!』
悪態を付くウロボロス。剣とは思えない。
『ただ、どっかしらに綻びであったり弱点はある・・・・・・そこを突くぞ!』
『それがわかんねえんだよ!!』
女神像の口が開いた。魔力が充填される。
「う、うおおおおおおおおおおお!!」
地上を走るキバに照準を合わせる。風を全力で起こし、宙へ跳ぶ。キバがいた場所は砕け、瓦礫の山と化す。キバも砲撃の余波で宙をきりもみ回転しながら落ちていく。
そして着地に失敗、受け身もロクに取れず地面にぶつかってバウンドする。
骨にヒビが入り、すりむける。それでもすぐに回復するというのだから、呪いと言う他無い。
「げほっ・・・・・・死にてぇ時にも死ねねぇってのはつれーな」
土煙で汚れた頬を親指で擦りながらキバは再び立ち上がる。
また口が開く。魔力の装填が始まった。
スゥ――――――――
息を吸う。
目を閉じる。
(あの音――砲撃は、空気以外の何かに触れてから音を発する・・・・・・)
感覚で、発射を感じる。
空気が震える。魔力が近づく。肌がひりつく。
目を開けた。
鋭く、息を吐いた。
右足を出し、地面を踏み、力を込める。
(ダメージ――エネルギーと
砲撃に、剣が入る。黒い魔力が流入し、音とこの世界との結合を解く。
エネルギー単体なら、耐えきれる。
キバの鍛え抜いた身体は想像通り耐えきった。肌が引き裂け、内臓も幾つか潰れた。勝手の死ぬ事を許さないキバの身体は再生をする。潰れた内臓は膨らみ、引き裂けた肌は繕われ、あらゆる外傷を元あった形へと引き戻す。
(お前の音を、そんな事に使うな、レイナ・・・・・・)
意識が飛びそうな頭、魔力不足でふらつく魔術。体力も限界に近く、足下さえ覚束ない。また口が開いて、魔力が充填されていく。もう一度あの剣を使うことは、ほぼ不可能に等しい。
(くっそ・・・・・・平凡な身体が恨めしいぜ)
いかに戦闘能力やスキル、センスがあっても、体力、魔力の限界は訪れる。その代償に何が起こるかは、限界を迎えた者しか分からない。剣を杖のように突き立て、靄を展開できないか魔力の呪力をかき集める。
ギリギリ、発動できない総量。
魔術で相殺しきれるか、キバは左手を突き出し――――
世界が、停止した。
「――――え?」
「ゼェッ・・・・・・ハァッ・・・・・・キバ、大丈夫か・・・・・・?」
「べ、ベルフ!?」
鼓膜を破られ、脳震盪で倒れていた筈のベルフが、立ち上がっていた。その右手には、<クロノス>が握られていた。
「なんとか、止めた・・・・・・もって2分、その間に教えたい事がある」
息も絶え絶え、ベルフが動く。
「あいつの動力源は――――呪力だ」
「なっ・・・・・・・呪力、だと!?」
呪力は本来、呪術使いとしての素質がある者くらいしか使えない、希少、扱いが難しい力。それを呪術使いでもないレイナが使うなど、あり得ないと行っても過言ではない。
「今あの女神像の中には異形がいる」
キバは、言葉を失った。
あの恐ろしい異形が、レイナと同じ場所にいるという事が、あり得なかった。
怒りが精神を焼き尽くそうとした。
(――――今は、まだ。まだ、怒りの時じゃない・・・・・・)
「・・・・・・レイナを助ける方法、あるんだろうな」
「もちろんだ、現在奴には防護障壁が貼られている。両手の手のひらにダメージを与える。次いで脚部分にダメージを与えたら額部分に弱点ウィークポイントが出源するから、そこを一気に叩け。女神像を破壊できたら彼女は帰って来る」
手順は理解した、故に。
「・・・・・・異形は?」
「当然出てくる・・・・・・討伐は」
「任せろ」
停止が解除され、緩やかに加速が始まる。急ぎ女神像の背中側に回り込む。床に砲撃が衝突し、凄まじい音が発生する。
「ぐっ・・・・・・」
何度やってもこの鳩尾の奥の方が浮き上がるようなヒヤッとした感覚は苦手だ。
(――――正直、<
捻り出した所で、剣5本を生成するのが限界点。ならば、自力で攻めるしかない。
『ヤバげだな、キバ』
『全くだ・・・・・・正直このまま戦えてるのが不思議なくらいだ』
またウロボロスとの会話。このまま話していても現状が打破できない事は分かっている。だが現状どうすることも出来ない以上こうしている方が楽なのかもしれない。
『俺の力の一端、やるよ』
『は、う、ウロボロス!?』
そんなあっさり。かつてあれ程上からの物言いだったウロボロスが、今や対等。キバには一瞬理解出来なくなっていた。
『魔力と呪力だな、デカすぎてコントロール難しいだろうから、剣生成は少数に抑えておけよ』
『あ、あぁ・・・・・・でもなんで・・・・・・』
素直な疑問だった。
『・・・・・・何でだろうな、俺にもわからん・・・・・・でも一つ言える事がある』
概念体で、実体のない筈の、ウロボロスが。
『――――お前を、死なせたくない。助けてやりたい、って感じがあったからだな』
ニヤリと笑った気がした。
「――――スゥッ!!」
左目の下に、二枚の漆黒の鱗。龍鱗だ。ウロボロスの力の一端なのだろう、身体に魔力と呪力が溢れ出る。
視界もやけに明瞭、足取りも軽い。<ウロボロス>は両刃に戻っていたが、それでも行ける気がした。
女神像が振り向いた。口を開くよりも先に、顎の下から巨大な両刃剣が登頂まで貫き、口を閉じさせる。
全力疾走、後も先も考えない突貫。不随意に動く右目が、女神像を鎖で拘束する。六方向から絡まる鎖が動きを完全に止め、風を得たキバが浮き上がり、左手を斬る。手のひらから両断された四本の指は、床に落ち瓦礫となる。
鎖が消え、剣が解ける。ただし、砲撃も口の中で暴発して顎が砕ける。
風が、キバを助けた。微かにキバを浮かせ、摩擦を減らし、機動力を上げる。またしても不随意に右目が様々な方向を見る。その瞳から呪力が放たれ、見た地点に呪力の杭が打たれる。
キバにしては珍しい、<罠型魔力攪乱装置>と呼ばれる特殊タイプの罠型術式。設置するだけで相手の魔力を攪乱し、簡単に術式を作らせない。その上、これは呪縛。当然、攪乱で上手く術式を作らせない上に失敗確率を上げさせる。
そして――――
魔力の縄が、杭から放たれる。楔が先に付いた縄は、女神像に繋がり、離れない。
キバが、手のひらをウロボロスで突き上げた。大穴を開けられた右手は、ヒビが入った。
そのまま、風の魔術で彗星の如く急降下、脚に剣を突き刺す。
放射状に亀裂が奔り、脚が砕ける。それでも女神像は浮遊し、直立状態を続ける。
「――――ぅおおおおおおおおお!!!!」
加速。空中を垂直方向に昇っていく。額まで登り詰め、横一文字にウロボロスを振る。額に一条の傷が入り、貼られていた防護障壁が砕けた。
キバの背中に、翼が生えた。空中にとどまり、限界ギリギリまで魔力と呪力を練る。
「・・・・・・〔我、求むるに、生在る者救済し、生無き者の蹂躙〕・・・・・・」
式句が紡がれる。正眼に構えたウロボロスの周囲に、古代語が浮かぶ。大気中の魔力の流れが変わり、この場一帯をキバが占有する。
「〔邪魔せし者、其が神であろうが悪魔であろうが、我は滅ぼす〕」
鱗が一枚、魔力へと還る。風が吹き荒び、両目の瞳孔が縦長になる。
「〔此処に我が怒り完成せり〕・・・・・・〔受け入るるは、己のみなり〕」
強大な魔力を孕んだ剣が、完成した。
「『第三段階』、<
生物以外を淘汰する力を生み出す。
片手でウロボロスを持ち上げ、剣先を女神像に。多重魔方陣が展開され、その剣は、完成した――――
失われ、掴んだ、その黒き剣術を超える一振り、その名を。
「――――――<
腕を、全力で前に突き出す。
大気が歪み、床や壁が原型をとどめなくなる。
何処までも深い、黒色に彩られたその剣は、あらゆる光を呑み、ただ深い死を与える、『必殺の
女神像は、儚く、只儚く、その身体を塵にした。
「レイナぁっ!!」
地上に降り立ったキバは、レイナを探す。生物は、残っている筈。
生物なら。
奇っ怪な鳴き声を挙げ、異形がレイナに入ろうとしていた。即ち、レイナに呪いを与えるという事で。
「――――やめろッ!!」
弾丸の様にキバが飛込み、異形の胸を刺し貫く。慣性に従ってレイナから離れた異形は、真っ白で不気味な仮面の奥から恨めしそうな声を挙げる。
『おいマズいぞキバ!』
脳にウロボロスの声が響く。
『あ!?何だ!?』
『嬢ちゃんの剣、呪いに浸食されちまってる!!』
ウロボロスが、絶望的な言葉を告げる。
『じゃあ――――じゃあ、レイナは!?』
『――――右目に、呪子の、反応がある・・・・・・』
一瞬で、頭の先からつま先まで、冷え切った。
『・・・・・・<再定義>で、無かった事に出来ないか・・・・・・?』
<摂理再定義>は、『事象書き換え』を半ば強引に行える力。それを使って、レイナを元に戻せる筈。
『・・・・・・完全に根付いた、事象進行率、100%・・・・・・もう無理だ』
事象進行率。その通り、事象が進んだ割合だ。
99.9%、完全に完了していなければ、書き換えは可能。しかし、100%だけは、どうやっても、変えられなかった。
つまり、レイナを救いきれなかったという事。
「・・・・・・殺してやる」
なら、せめて。
「お前だけは、絶対に」
自分に出来る事を。
「殺してやる――――ッ!!」
異形の形が、
光が両手に集まる。あの日の、あの場、戦った様に。
光刃が、肩や頬を裂く。
血が舞う。
だが、それが何だ。剣を構え、突っ込む。体勢は前傾に、大ぶりに、上から。
ただの黒剣術じゃ生温い。確実に殺し、確実に滅ぼす一手を。ウロボロスに与えられた魔力を、余さず。
「────形だけ変えたところで、アスモには遠く及ばねえよ!!」
剣が、顔面の仮面に触れる。
頭上から振り降ろされた剣が、全てを打ち砕く。
「〈
龍がその顎を閉じるように、その牙は、異形を咬み砕いた。
異形を殺しても、その呪いは解けない。
一生背負うには、重すぎた。
家族と触れる、楽しい風景。
それが一瞬で血に染まる。
平和は、殺戮溢れる世界に。
安心は、恐怖に。
俯瞰で眺める世界は、辛かった。
手を伸ばしても、救えない。あぁ、私には到底無理なんだ。
レイナは悟った。
自分は、誰も助けられない。あの人のようには。たかだかその程度だ。
「──ナ!!」
あの人に、会いたかった。
「──イナ!!」
こんな私を愛してくれる、あの人に。
「レイナ!!!」
目の前に、あの人、キバがいた。レイナは、キバに膝枕される形でいた。
「キ、バ······?」
キバは、泣いていた。
「ごめん·······ごめん、レイナ······俺、おまえの事、守りきれなくて······」
辛そうな顔をしていた。
急にキバの思うことが、流れてきた。
「私に、呪い······?」
「うん······ごめん」
本当に、申し訳なさそうに。
だからこそ。
「うぅん、嬉しい」
微笑んで、言った。
「私やっと、キバとひとつお揃い。だから、とっても嬉しい」
キバの頬が綻んだ。涙を流しながら、微笑む。
「あぁ!」
その後、体力を消耗したのか、レイナはまた寝た。
その間に、ベルフと話を付ける。
「······これからどうすんだよ」
「自首するさ、民間人に被害が無いとはいえ、こんな事をしてしまった」
反省の姿勢が見える言動だ。
「今の変え方は、間違ってた······でも、真っ正面からぶつかってみてくれよ」
キバが、思った事を口に出す。
そして。
「しっかり頑張れよ、そんで、一緒に飯でも喰おうぜ」
ニヤリと笑って、言った。
「んぅ······」
「お目覚めか、眠り姫」
キバが茶化し気味に言う。レイナの顔が真っ赤になるが、それすらもかわいいとキバはクスクスと笑う。
「歩ける?」
「私を舐めすぎよ、ちゃんと歩けるわ」
「そっか、じゃあ行こう。皆が待ってる」
クラスを巻き込んだ、幼女姫レイナの一連の事件。
これにて、一件落着。
元平凡学生と呪いの剣 白楼 遵 @11963232
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