第20話 That dream can't become reaily
「……何の事だ」
明らかに動揺の色が見て取れる。平静を装ってはいるが、シンの目には動揺、怯え、そしてこれからの策を考えているように見えた。
(腐っても、歴戦って訳か……)
「単純に調べた物と同じだっただけさ・・・お前の特性はある程度知ってるんだよ」
自由研究。図書室で調べた呪術物品の中に存在したそれは、最上級に類される物である。
「
つらつらと、名前、分類、そして能力数。それらを把握している。
「第一能力、<
「っ……!!」
何故だ、たかが<
「対処法は、自分が時間を認識する事。同じ時を刻む時計まで効果が及ぶ訳では無いという性質を生かして、自分自身を時計とする」
その声は、ベルフに終わりを告げるように響く。手札を読み切られた。つまり応用が出来なければ死ぬ。
その感情が、ベルフを動かす。
<時計の主>の側面を少しずらす。目視ではほぼ見えない針を、音も無く高速で飛ばす。
クリーンヒットすれば、能力が発動する。
「――――ふッ!!」
一刀両断、横一文字に振り抜かれた剣閃。針を真っ二つに切り裂く。斬れた片方がキバの頬を掠めた。
(少しでも当たれば発動する……!!)
能力発動まであと数秒――そのように思えた。
しかし、キバの身体に変化は無い。
「……今のが第二の能力、〈
「……ッ」
思わず舌打ちをするベルフ。
「〈時計の主〉の特殊な魔力を含んだ針で傷をつける事で魔力を注入、対象の時間を巻き戻す」
「……何故、戻らない?」
ベルフは信じられなかった。今自分の前に立つ少年は、なぜ小さな男子に還らないのかが。
「斬った時にコイツの魔力を流した」
ウロボロスを掲げてキバは言う。
「コイツの魔力特性は結合を解く力……針と魔力の結合を離すなんて造作のない事だ」
そこでベルフは表情を堅い物とし――内心、微かに安堵する。
キバは知らないのだ。
ベルフが培い、得た物を。
剣を同じく突き出す。
これまでと同じく弾丸の様に回転がかかった剣閃がキバへと行く。
これまでとは比べ物にならないスピードで。
ベルフが得た第三の能力、<
「なッ!?」
一瞬焦燥を見せたが、すぐにクールダウン。見切り、かわす。
しかし、対応が微かに遅れた事で右腕の袖を削られ、肉が弾ける。
弾けようとも数瞬で肉体は再生する。
「……ほう、なかなかやる……ただ、これはどうかな?」
再び、回転斬撃が放たれる。
(また加速か――!?)
キバの予測、しかし、それは外れる。
今回違うのは速度ではない。
その数だ。
多方向、右回転、左回転と無数のパターンを持った斬撃が、キバの周囲に幾つも現れる。
「これが第四の能力、〈
全方位、恐らく隙間無く埋められた斬撃のドーム。キバは冷や汗をかき、思考を巡らせる。
(反呪の気配はするが、どこにあるのかまで分からねぇ……!剣だけでは防ぎきれない、魔術は発動まで時間が要る、魔導なんざ以ての他だ……壊そうにも書き換えようにもどの摂理を対象にすりゃいいのか分からねぇ……!)
どうすれば、キバの脳内は混沌を極める。
刹那、キバは名案を得た。
(いや、威力だけ見れば俺の方が上……つまり、書き換えるべき摂理は状況じゃ無くて自分だ!!)
その着想から、なるべき己の姿を強く、深くイメージする。
「『第三段階』、〈
龍の翼が生える。剣を触媒に、摂理を幾つも幾つも書き換える。
殺到する斬撃。
書き換えられる摂理。
キバという名の特異点が、歪みを生じさせ――
斬撃のエネルギーの余波でたった土煙。
蜂の巣だ、そう確信するベルフ。
しかし、眼を凝らせば、人影が見え。
「……数瞬遅れてれば、蜂の巣だったな」
そう言った少年の姿に、眼を疑った。
大小長短形状色彩、全て異なる剣を無数に従え、翼の様に整然と並べさせる。漆黒の小刀が鱗の様に体表を覆い、少年の背丈を大幅に越える片刃の大剣を傍らに突き刺している。
異常性の塊。
「『
理ーー世界の秩序を護る為に存在する法。
その法を打ち砕いた彼は、最早「平凡」でも「非凡」でもない。
黒髪の少年、キバ・ロンギは、その右目を爛々と金色に輝かせてベルフを睨む。
「さぁ、レイナは返してもらうぞ」
「――〈復刻〉!!」
本能的に危険を察知したベルフ。他人を殺めた一撃に焦点を絞った自分の斬撃を、時間を越えてこちらに呼び寄せる。
前方に密集させた威力の壁。これを超えるのは不可能――の筈だった。
「〈
翼から剣が射出される。
長剣が、短剣が、曲刀、刀、双剣が。無数の斬撃を切り裂き、壁を崩壊させる。
息吐く間もなく第二部隊が斉射。虚空を飛び回る。
「……どうしても斬撃の中に内包されたエネルギーってのは一発で消しきれねぇんだ」
つまり。
第一陣で斬撃を崩壊させ、第二陣が残りのエネルギーをこの次元との結合を壊す。
実力の差が、理解できた。否、させられた。気配はまるでただのどこにでもいるような人間なのに、得体の知れない奥底に眠った殺意や恐怖、そして、実力。
ベルフは、勝てる訳が無いと悟った。
しかし、やらねばならない。
ベルフの意気は消沈などせず、真っ直ぐキバに据えられた視線が何よりもその姿勢を悠然と伝えていた。
「――俺の、俺たちの道を塞ぐなッ!!」
邪魔だ、そう言わんと叫ぶベルフ。己の為に、己を信じ共に歩んだ仲間の為に、彼は止まれない。
「道、だぁ!?」
「そうだ!キバ、君なら分かるだろう!呪いを持つ者、呪われた者が如何なる扱いを受けるかなど!」
呪いの子。今でこそ微かに減ったものの、存在するだけで忌み嫌われる存在。
肌が黒い人間や、概念的な存在を身に宿した人間と同じく、同じ人間から隔離、差別、偏見の対象となってしまう者たち。
ベルフも、その一人だった。
彼の呪いは、無くなった物――単純な落とし物から取り尽くして得られなくなった金属等まで、その手に戻ってくるという物だった。
幼い頃のベルフは、純粋で心優しい少年だった。友人が無くしてしまった物を呪いで取り戻しては友達に返す。たったそれだけの事に心血を注いだ。
「皆が笑って、幸せになってほしい」
それが口癖だった。
ある冬、雪のしんしんと降る日の事だった。
「ねぇ、マフラー無くしちゃったんだ」
友人からの一声。
ベルフは「じゃあ俺が探すよ」と快く引き受けた。
白と黒の縞模様なんだ。今はもう絶滅しちゃったスノウタイガーの毛皮なんだぜ。
その条件でベルフは己の手に呪力を流す。
そこで事故は起こってしまった。
スノウタイガーが、そこに呼び出された。
絶滅した生命すら手に戻してしまった。友人もベルフも、腰を抜かして何も出来ず、結局大人が退治した。
友人の両親が怒り狂い、首都で検査を受ける運びとなった。
結果は、陽性。ベルフが隠してきた呪いが、バレてしまった。
「この穀潰し、私達に迷惑を掛けるつもりか」
「お前など家族にいらない、いっそ何処かで死んでしまえ」
家族や友人、町の人。数日前まで好意的に話してくれた人々が、今は自分に罵詈雑言を吐いていく敵となっていた。
「望んだ訳じゃないのに、何故俺だけがこんなにも嫌われなければならないんだ」
嘆き、泣き、歩いた。
道の途中で、仲間と出会った。
他人を傷つけ、蹴落とし、殺め、嘲笑わなければいけない者たちだ。
この世界は全て嘘だ。故に楽園を生むための使徒となり、代弁者となる。
「誰も苦しまない、平等で幸せな世界を生む!」
声高らかに理想を叫び、地を蹴り、距離を詰める。これまでの遠距離での攻撃からの唐突なパターン変化で、キバは一瞬戸惑う。
「その為に、彼女――<
演説のように己の理想を突きつけるベルフ。
剣と剣が交錯し、鍔迫り合いへと持ち込まれる。キバの表情が翳る。
「――苦しみの無い、幸せな世界……?」
右目が、どうしようもなく痛み、瞳孔が収縮していくのが分かる。
溢れ出る呪力が止まらない。腕の筋繊維が弾け、
「・・・・・・ふざけるなッ・・・・・・!!」
瞳が収縮、目を大きく開き、瞳孔が縦長に走る。
一瞬剣を後ろに引き、バランスを微かに崩したベルフの剣に力強くウロボロスをぶつけ、遠くに弾き飛ばす。
ベルフは脚を踏ん張り、摩擦で後退が止まる。
一陣の黒い疾風――キバが、猛攻を仕掛けてきた。ベルフの目を以て何とか見られるか否かのレベルのスピードでたたき込まれる剣戟。
「そんな世界出来る訳がねぇんだよ!!」
「・・・・・・摂理を壊すお前が、それを言うのか!?」
荒々しく全力ラッシュ。大質量にして高速の剣技がベルフの身体を苛む。
「壊せるからこそだ!」
また一撃、大きな一撃を決められベルフは大きく後退する。
「何度も、何度だってお前と同じ事を試した!!でも、成し得なかった!!」
力の限り叫ぶ。距離が遠いならと言わんばかりに数多の剣と風の針がベルフへと襲い来る。
「俺は摂理には干渉できる!!しかし、その源泉たる『定理』、そしてその根本たる『原理』は変えられねえ!!」
ベルフは片手を床に付き、一瞬倒立、剣や針を回避し前転、受け身を取る。当然指向性であるキバの遊撃隊の剣は再び襲い来る。
「何故変えられないか、理由は簡単だ。お前の望みは『
鋭角的軌道で剣が飛び交う。床板が跳ね上がり、爆ぜ、視界から消滅する。粉塵が舞い、キバが放った炎魔術による火種で小さな爆発が連鎖的に起こる。
苦虫を噛み潰したような表情でベルフはその場から横に跳び、爆発から距離を取る。円柱が高速で回転、火花を多量散らす。刀身部と何度もこすれ続けた事で摩擦が発生し、熱が生じる。空薬莢のような微かに光沢の残った金色は熱を帯びてより橙色に近い色へと変じる。
剣を突き出す。高速スクリューを得た斬撃の大きさは先ほどまでの物より大きく、速度も速い。チャージショットのような一撃が、うねる事もブレる事もなくまっすぐキバの元へと駆ける。
キバは、避けも隠れも逃げもしなかった。只戦局を見、最善手を打たんとして次の策を練っていた。
腹部にクリーンヒット。赤黒い血が溢れ、身体には大きな穴が開く――筈だった。
腹部の服の上、黒く蠢く何かが斬撃を阻んでいた。
目を凝らす。艶の無い漆黒の何かは、無数の小剣。それらが鱗のように並び、キバを護っていた。
パキ、パキと次第に切り刻まれる斬撃。もはや、キバには攻撃が通らないのでは、とさえベルフは思う。
「定理・・・・・・だから何だ!!俺がそれを変える!!!」
ベルフは叫ぶ。しかし、それをかき消し、否定する声があった。
「何が『変える』だッ!!『誰か一人の幸福』の下には必ず『不特定多数の苦』が存在する!逆に言えば、『不特定多数の苦』が存在しなければ『誰か一人の幸福』は成り立たねえんだよ!!」
キバは、全てを知っている。故に、その思いがどれだけ素晴らしいかも分かる。しかし、実現しない夢をへし折るのも重要なのだ。
「必ず一人の幸福の為に何人もの人が苦悩し、苦労し、苦心し、苦しんでいる!!今お前達がやろうとしている事で『苦』を被るのは誰だ!?レイナだろうがァ!!」
爆風と共にキバが一気に詰めてくる。風の刃がベルフを斬り付け、鍔迫り合いの剣は次第に押し込まれる。
キバの眼の淵から、流れる物があった。涙だ。この残酷な事実を話す事が辛かったのだろう。しかし、頬を伝った涙は、黒い粒子の群れへと姿を変え、空気中に舞う。呪力だ。ベルフに対する強い憎しみや怒りが負の感情になった。
「······それでも、それでも俺は諦めないッ!!!」
押し込まれた刃を、押し返す。より強い力がベルフの腕に籠る。キバは、より力を加える。拮抗する力が、剣から火花を散らした。踏み出した右足を強く踏みしめ、全身の筋力で押す。
「その思いは分かる······でも、それは実現できねぇ!!」
剣を下に引き、上へと高速で斬りあげる。身を翻したベルフはキバから距離を取る。
「たとえ定理を変えられたとしても、人の心までは変えられねえ!一度生まれた概念はそう簡単には消えねえんだよ!」
キバが己の親指を立て、自分の胸に当てる。その動作は、心を表す物。
「もう、これ以上、邪魔をする、なァアアアアアア!!!」
ベルフの堪忍袋の緒が切れた。
キバは怯みこそしたものの、直ぐに平静に戻る。戦況の分析を行う。
「〈
多種多様の剣がベルフの両サイドから波のように押し寄せる。
ベルフは、両手をサイドに突き出す。そして、〈復刻〉を行った。そこに現れたのは、水の壁。
(水、だと······ッ!?この地区、嘗ては海か)
この地は、神代──かつての英雄がいた頃、海だった。その水を呼び出したのだ。
当然貫通できるが、勢いが落ち、ダメージが減る。キバは苦肉の策に出る。
魔力と呪力をコントロールする。水の壁を通貨する直前ギリギリ、そのタイミングでキバは剣を一度魔力と呪力に分解した。
そして、完全にその力が水を抜けた際、再び剣に戻す。
「な······!?」
「悪いが、レイナは返してもらうからな!!!」
鱗のようにひしめきあっていた小剣がウロボロスに張り付き、一振りの巨大な剣と化す。
先程の遊撃の剣は、地面を掘り下げ、石畳を下から叩く。石畳が壊れ、ベルフが宙に舞う。キバの一撃が、眼前に迫った。
「────まだ、終わらない!!!!!」
横薙ぎに近づくキバのウロボロスが、唐突に減速した。
クロノスの権限、時間遅延だ。土壇場で、力が芽生えたのだ。
(······くそ!!最後に覚醒しやがって)
心の中で悪態を付く。それでも、キバの眼には勝利の糸口が見えていた。
「摂理を壊すのが、俺の権限だ······」
うめくような声で、魔力を込める。
「〈
遅延が、覚醒した遅延が、今、消し去られる。速度が等倍になり、脇腹に吸い付くように剣が入る。
掴んだ黒の剣術を、越える。終わりの見えないその壁を、消し去る。
「〈
一閃。
無駄を削ぎ落とした一撃は、ベルフのあばら、肺を斬った。
ベルフは倒れ、血だまりが出来ていた。
(······想定以上に魔力を消費した)
恐らくあの剣と魔力の変換を行ったせいだ。今助けるぞと女神の像へと行こうとした瞬間だった。
ゴゴゴゴゴと、地鳴りが起き、揺れる。
レイナを取り込んだ女神像が、動き出した。
「ふ、はははは····」
後ろで、ゆらりと立ち上がったベルフが高らかに宣言する。
「時は来た······革命の始まりだ!!」
口の端と脇腹から血を流したベルフの表情は、恍惚のとしたものだった。
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