第18話 無法のアイギス
「<第三段階>・・・!?目覚めるのはたった一握りのアレか!」
キグルの目が見開かれ、瞳が揺れる。
「あぁ・・・条件も満たした」
諦める事。
第三段階の発動条件だ。しかし、これまでアイギスが何かを諦めた事など誰も知らない。
「何を諦めた、命か?それとも友人か?」
「・・・母さんと会う事、仇を殺す事」
たった二言。己が諦めた事を言っただけで、周囲の空気がビリビリと震える。只立っているだけのアイギスから、身震いする程の殺気と怒気が放たれる。
恐れをなし、キグルはアイギスから距離を取る。彼我の距離、約10メートル。
それだけの距離があるというのに、アイギスは拳を握り、構える。
「はっはぁ!おいおい、目でもおかしくな」
言葉がそこで途切れる。そして、紡がれなかった。
理由は簡単、キグルの身体に不可視の衝撃が襲ったからだ。
「がっは・・・!?」
身体をくの字に曲げる。鳩尾に入った衝撃は、肋骨をへし折り肺に突き刺す。
胃を強制的に押しつぶし、内容物を口から吐き出させる。
その上、衝撃で身体が吹っ飛び、ロクに受け身も取れないまま地面を転がり、鎌を手放す。
「・・・なんで当たったと思う?」
いつもの間延びした調子の声じゃない。あの温厚な気配を微塵も感じさせない、冷酷な声。
「がっ・・・知るかよ、俺が知りてぇ」
息を荒く吐き、口から血を吐く。時折咳き込み、目には少し涙が浮かぶ。
「ここは、無法の領域。縛る法はただ一つあるだけ・・・僕だ」
領域を生成する際、範囲、強さ、能力・・・そういった物は全て術者が決める。
しかし、この領域に関しては、特定の条件下である為その法則が当てはまらない。
「この地において唯一の法は僕、しかし僕だけではこの法は制定できない・・・あまりにも膨大な領域なんだ」
規模、法を定める為に必要な魔力、制御の為の集中力、どれ一つを取ってもアイギスのみで負担できる量では無い。
「あ゛・・・?じゃあ、どうやって・・・」
その言葉を聞き、はぁとため息を吐くと、首を半ばから上下に引き裂いた。
「な・・・!?」
キグルが目を見開く。
しかし、溢れたのは血でも肉でも無く、黒い何か。
「これが僕の契約した地の大精霊・・・名前を『強壮なる混沌』という」
同じ地の力を扱う者として適性を持つアイギスは、大精霊と契約を結んだ。
「精霊と契約、だと・・・!?スイサのアレかぁ!?」
少し遠方の国、スイサでは精霊と契約して闘う戦士がいる。しかし、アイギスの契約とはまた少し違う。
「僕の契約・・・名前と餌を与える代わりに力を貰う。これで僕はこの領域を維持している」
ギブアンドテイクだ。与える代わりに貰う。故に、アイギス一人ではなく混沌の意思も法の制定に関係する。
「・・・はっ、仕掛けが分かりゃあ勝てるわな!!」
鎌を拾い、勢いそのまま横に振り抜く。旋風と共に斬撃が訪れるがアイギスの身体に触れた途端忽然とその姿を消す。
「らぁあああぁああぁッ!!!!!」
縦にも横にも、隙間なく視界一杯に広がる斬撃、突風。
それでもアイギスは怯む表情一つ見せず、汚い物でも見るかのような表情で拳を真正面に突き出す。
衝撃波が突風を払い、大気を駆け抜けキグルの胸元を大きく押す。
肋骨が更に五本折れ、破片が肺に突き刺さる。肺に血液が流入して激痛をもたらし、肝臓が破裂しかける。受け身さえとれない。
見えない、つまりどこからいつ来るか予測が難しい。
(あぁくそ、これまで
これまで圧倒的な力を以てただ殺戮を繰り返したキグルは、反撃の糸口すら掴めない。
更に左からの一撃。腕が人体の構造であり得ない方向へねじまがり、肌の裂傷から血が零れる。
「答えろ、何故母さんを殺した・・・何故、ヴァルシュータ・アイギス含む幾人もの命を奪った!!」
あのアイギスが。
怒らず、笑う事を常としたアイギスが。
ついに、本当の怒りを見せた。
「・・・決まってんだろ・・・それが俺だからだ」
口の端から血を流したキグルが、弓形に口を歪めて言う。
「俺は殺す為に生まれてきた!この世の面白い奴を片っ端から殺し、そしてその尊厳を捻って詰って踏み躙るのが最ッ高の快感だァ!!その為に俺は殺した!!」
大層楽しいのか、悦楽に浸った表情で続けるキグル。
しかし、下から飛んできた衝撃波で空中へ踊り出ると、全方向から恐ろしい量の衝撃波が襲う。骨が粉々に砕け、何ヵ所か肉が千切れている。
その上落下すら許さず、岩と土の棘や茨が地面からせり出し、身体に深々と刺さり、キグルは苦悶の表情を浮かべて吐血する。
「・・・なら、僕が貴様の尊厳を捻って踏み躙ってやる」
声に含まれた激怒の情、瞳に湛えた冷たい悲愴。合致率が10%にも満たない相反する感情を宿したアイギスの攻撃は、ひたすらに重かった。
茨を鎌で切り払えど、またすぐに成長し、絡まってキグルを固定する。石の棘が容赦無く身体を貫き、安息の時すら与えない。
「あ゛ああ!!死、ねえええええ!!!」
無理矢理身体を引き起こし、岩や茨を身体から引っこ抜く。
身体ごと大きく旋回させながら鎌を振るう。キグルの【武器】であるこの鎌の特殊能力、
それは〈即死〉である。キグルの意思一つで即死の属性を付与でき、確実に相手を死に至らしめる。
∞の字を何回も描き、無数の斬撃を飛ばす。即死の刃が、アイギスを襲うーー
砂煙が舞う。キグルはその場で高笑いをする。
「抗えるとでも思ったか、私が与える死に!!」
「あぁ、抗ってやったさ」
キグルは耳を疑った。
聞こえない筈のアイギスの声が、耳に届く。
砂煙を掻き分けて、無傷のアイギスが現れる。
「な・・・!死んで・・・!?」
「フォートレス家は即死耐性を生まれながらにして持っている・・・あの程度、混沌の餌にしかならん」
平然と、淡々と告げるその声。
これこそ本当の死神だと、確信させられた。
「・・・これで終わりにしよう」
アイギスの右腕が暴れる。血管のように黒い管が張り巡り、筋肉が何倍にも膨張する。
「これまで僕が受けたダメージ、それら全てを二倍にして返すカウンターの拳・・・お前に相応しい終焉を迎えさせてやる」
逃げも隠れも通用しない、無慈悲の一撃。構えられた拳が真正面に突き出される。
黒いオーラを纏ったエネルギーが、空を駆ける。
「〈
キグルに触れたエネルギーは弾け、肉体を抉り、吹き飛ばし、壁に叩きつける。
ヒビとクレーターが生まれた。
「・・・まだ、息がある」
微かながら、キグルには息があった。どれ程憎い人間であろうと、とどめは刺せなかった。
「・・・この甘さが、僕の長所なのかもね~・・・」
いつもの温厚な口調に戻ったアイギスは、静かに意識を手放した。
最奥の部屋、広大な面積を誇るその部屋の奥にある、巨大な女神像。その胸元には、可愛らしい幼女から成長した可憐な少女、レイナが呑まれ、眠っていた。
「・・・随分と、遅い到着だな」
「うるせぇよ・・・レイナを返してもらおうか」
スーツを華麗に着こなし、それでなお剣を持った歴戦の勇者然としたベルフ。
背丈より大きな剣を担ぎ、周囲に怒りの暴風が吹き荒れるキバ。
一触即発の空気が、部屋に充満しーー
キィン!!
剣と剣が交錯し、戦いが始まる。
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