第17話 らしく。
「遅ぇわこンのバカ!」
ゲインがキバを怒鳴り付ける。その表情には、憤怒と安堵が混在していた。
「悪い、ナツキさんとこに鬼道流習ってたら遅くなっちまった!」
あっけらかんと言う態度に、毒気を抜かれるゲイン。
ナツキはキバが職場体験で訪れた喫茶店の店主でヤマトから来た女性だ。
「・・・あん時も、レイナが拐われたんだっけかな」
いつぞやの事を回想し、微かに余裕ができる。
しかし、その余裕もすぐ途切れる。
「あーあー・・・また湧くのか」
屍の生成が止まらない。先程までとは比べ物にならない程の生成量だ。
「よっし、アレやるか!・・・全員、防御しとけよ?」
僅かな間をもって紡がれた言葉は、一句前と打って変わって冷たく研ぎ澄まされた声だ。
緊張感が空間を支配する。
右手を広げ天に掲げ、呪力を織り混ぜた魔力を放出する。
「〔母なる大地、父なる大海、あまねく万象生まれしこの世界に命ず〕」
一つ円が拡がり、中に幾何学的模様が描かれる。次いで薄い円が引かれ、文字を内側に書き込む。
「〔生命の誕生は望まぬ、破滅の風は渦巻き、世界の定理を僅か乍に停止せよ〕」
最後に大円が引かれ、その中、一直線上になるように小さな円を描かれ、月と太陽を表す絵を埋め込まれる。
キバが夏休み中、毎朝毎晩必ず練習してきたこれは、図書室にあった文献から着想を得たものだ。
基本型を練習し、完璧になれば改良を加える。
そうして生まれたこれは、キバを新たなる境地へと迎え入れるものである。
「〈風複合黒魔導・
魔術を越えた太古の魔術ーー魔導。
黒い突風は胸元辺りまで生成されつつあった屍を断ち切り、尚その勢いを緩めない。
先程キバの手の上に描かれていた魔法陣と同じ陣を描くと、屍の生成がぴたりと止まる。
クラスメイトは風で髪は乱れ、かまいたちに見舞われて斬られた者もいる。
「斬れた奴は回復薬塗るから来てくれ」
キバの一言で全員が我に返る。
嘗てあれほどまでに凡庸だったキバが、今や全人類で数える程しかいない魔導の使い手になろうとは思ってもいなかったのだ。
「生成は約20分はもつ。その間に形勢を建て直せ」
まるで全てを理解したかのように今後すべき事を伝えるキバ。唖然とする他ない。
「・・・キバ、アイギス・・・行けよ」
ゲインが諦めたように口を開く。
「残りは俺たちに任せろよ」
「でも・・・」
アイギスが不安そうに言う。
「理由があんだろ?なら行け、今度は止めねぇからよ」
にっこり、必ず帰ってこいよという意思を秘めた表情で、二人は決意を固める。
「あぁ、行ってくる!」
そういうと、キバとアイギスは奥の石扉へ向かう。
先程のキバの一撃でヒビが入った扉は、ウロボロスによってチーズのように簡単に斬られてゆく。
「〔編むは風、我が脚となれ〕・・・〈
楕円形の風が実体を持って顕現する。人が三人乗れる大きさを有する板にキバとアイギスが乗り込む。
「・・・必ず、レイナ取り返してこいよ!」
「あぁ、任せろよ!」
風が巻き起こり、板が空中を滑りだす。
キバと同程度のスピードで走るのを見て、ポートが呟いた。
「二人とも、自分らしく戦ってくれよ」
「おらあああ!!」
手前の広間を抜けた通路、薄暗く長いそこを凄まじい風と速度で飛び回るキバとアイギス。
風の反響で何かに気づいたキバが、アイギスに警告を発する。
「黙って俺に掴まっとけよ、舌噛んで死ぬぜ!」
言うが早いか、板が急速で上昇する。
地面から無数の槍が飛び出る。さらに天井からギロチンの刃の部分が縄でくくられ、振り子のように揺れる。
その合間を縫うように板は走り抜ける。あまりの速度と急な方向転換で板ごと真横に向いたりキリモミ飛行になったりと息を吐く暇もない。
その上回転する円盤型の刃物が飛来したり火炎や電撃が前方から容赦無く二人を狙撃しかけたりと、命を奪いに来るものばかり。
そしてそれら全てを紙一重で全てかわすキバの技量とコントロールの精度は、アイギスが脱帽するものがあった。
罠を全て避けきったキバは、魔力を風に変換して加速させる。
士官学校の教室約四つ分の敷地に、鎌の男ーーキグル・クロアズは立っていた。
板の風をほどき、着地する。
「おいおい・・・たった二人だけかぁ?しょうもねぇ」
鼻で笑いながら、軽薄な言葉を放つキグル。
「キバ、進め・・・ここは僕にやらせてよ」
あの温厚な頃を微塵も感じさせない声でアイギスが言う。
キバはうなずいて前へ走る。振り向きはしない。
そして、キバが扉を開けようとした瞬間だった。
大鎌が振るわれ、キバに斬撃が襲いくる。
石畳が盛り上がり、壁となって斬撃を阻む。
「・・・言っただろ、君・・・いや、お前の相手は僕だと」
キバが扉を開け、外へ飛び出る。キグルは悔しげに、そして忌々しげにアイギスを睨む。
「たった一人か、つまらねぇな!!」
体を跳ね上げ、弧を描きながら鎌を振り降ろす。
地面を割り砕きながらせまる一撃に対し、アイギスはローブを脱ぎ捨て、動きやすい格好になっただけ。
斬撃が服を裂き、血液が霧を作ーーらない。
砂煙、そして白煙が上がるのみで、アイギスの体には傷一つない。
「それで終わりか・・・じゃあ、僕の番だ」
心底憎そうに吐き捨て、全身から殺意を吹き出させながら紡ぐ。
得体の知れない何かが迫る様な、奇妙で気味の悪い感覚が周囲を蝕み、キグルの全身に悪寒が広がる。
「・・・目覚めろ、混沌・・・〈第三段階・
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