第9話 ゆっくり、ゆっくり
「おはよぉー・・・」
「お、レイナ。おはよう。よく寝れたか?」
「ん、寝れたよ・・・」
ゆっくりとした夏の朝。解毒薬が効かなかった事もあって失意の皆は昨日盛大なふて寝を結構、馬鹿の様に眠った。
結果、朝も遅い九時のお目覚め。レイナはまだ眠り九時半に起床。
朝も遅いので朝食は軽めに。
「は~い、出来たよ~」
出てきたのは葉野菜のサラダとトースト、ゆで卵。さらにオランゲと言う甘い柑橘のジャムまで出てきた。
「お、朝から豪勢だな」
「まぁ、軽めだけどねー」
ところが、レイナは少し苦い顔。
「むー・・・お野菜苦手・・・」
「ありゃ、レイナ野菜苦手か」
今も少し苦手なキバ。やはり肉や魚などのタンパク質が好みではあるが、ここは一つレイナを諭してみる。
「レイナ、お前は強くなりたいか?病気とかに負けたくないか?」
「うん・・・」
うつむいて力なく答えるレイナ。好機とばかりに続けるキバ。
「じゃあ、野菜も食べなきゃダメだ。俺も前は苦手だったが、今はこうやって」
バクバクと野菜を口に運ぶ。
「な、だいじょう、ぶっ・・・」
途端、キバの顔が真っ赤になり、真っ青になって、蒼白に変化。その上滝汗。
「き、キバおにーちゃん・・・?」
「か・・・辛ぁああああぁぁぁあああ!!!!!!」
口から火を噴くような勢いで叫び、のたうち回るキバ。
「ああ、がぁあああ!!ちょ、アイギズゥ!?」
「・・・あ、ごめんうっかりめちゃ辛い葉っぱのパイスィ入れてた~」
「入れてた~じゃねぇよ今すぐ取り除け馬鹿!!」
急いで取り除くアイギス。よく見ればパイスィは緑が深かった。
「・・・うん!」
突如、勢い良く野菜を食べ始めるレイナ。少し涙目になる彼女は、キバに向いてにこりと笑い。
「私だって食べれるもん!!」
「・・・はっはっは!!だろ?」
朝の一幕、にこにこほのぼのした時間が過ぎゆく。
「あー、日差しが気持ちいい・・・」
「なんてことはないー・・・」
夏の日差しはじりじりと地面と肌を焼く。外に置いておいた氷の末路のようにだらけきったキバとレイナは、寮の近くを散歩する。
「あー・・・シケダーがすげぇ鳴いてる・・・」
シケダーは夏になるともの凄い音で鳴いて騒音被害を引き起こす虫だ。
一度、一カ所に数百匹のシケダーが集まって鳴き、近所の窓ガラスが連鎖的に割れていくという事件があった。まぁ、その虫達は
「あー・・・『エンドシケダーの鳴く頃に』見たい・・・」
エンドシケダーは夏の終わり頃に鳴くシケダー。そしてその時期を題材にした結末がショッキングな映像があったのだ。
「おー・・・あっつい・・・」
陽炎が揺らめき、二人の足取りも重くなる。
(あの陽炎、攻撃に転じさせてみたい・・・)
かれこれ夏休みも一週間、フラーに一度も勝ててない、けど負けてもないキバにとって技は死活問題。こんな時でも攻撃のヒントは見逃さない。
(揺らぐ影、ふらつく足取り、不規則。ならそれを攻撃に。ふらつけば重心が崩れるからこうやってこうやって・・・)
「おー!キバじゃねぇか!!レイナのお嬢ちゃんも一緒か!」
「ロバート!?」
量産武器工場、工場長の息子ロバート。小太りの体を揺らしながらこちらに来る。
「どうしたんだよ」
「いや、ちょっと武器を卸しにな。夏休みでも休めねえから辛いぜ」
「そんなこと言って、ほんとは楽しいんだろ?」
「ばれちったかー!」
ニヤニヤ笑いながら軽口をたたき合う。
「おにーちゃー・・・あつぃー・・・」
「おやお嬢ちゃん、暑いもんなー」
ロバートは持っていた鞄を開き中からある物を取り出す。
「ほい、アイスだ」
「ふわー・・・!!すごい!すごいよ!!」
目を輝かせてキバを見るレイナ。純白のバニラアイスを頬張るレイナを見ながら、キバは苦笑する。
「おいおいロバート、あんまりやりすぎんなよ」
「まぁいいじゃねぇか、この年頃の子は食ったら食った分だけ大きくなれんだよ」
「お前は食い過ぎだけどな」
小太りの腹をつつく。プリンみたいに柔らかい腹は意外と心地よかった。
「汗っかきなのは難点だけどな!!」
大きく口を開けて豪快に笑うロバートは、二人を活気づけた。
「でもあっちぃな、やっぱ涼むか・・・」
今にも溶けそうな二人。アイスをぺろりと召し上がったレイナ嬢はすこしマシなようだが。
向こうの森、木陰からガラスがふれあう涼しげな音が聞こえる。
「おにーちゃん!!向こう行こ!!!」
「お、おぉ!?」
手を引かれて慌てるキバ。そこに居るのは誰か分からない、という事で一応警戒はしておく。
「おや、キバ殿でござるか?あとはレイナ姫?」
「姫ってなんだ姫って」
いたのはマサヒロ、手には何かを持っている。
「風鈴でござるよ、祖国では鳴らして涼を取っていたんでござる」
「ふーりん?なにそれ、きれい!!」
奇妙な形をしたフーリンに興味津々なレイナ。それをマサヒロが止める。
「姫、風鈴は意外と怪我する者が多くございます、故に拙者、これは触らせとうございません」
「仰々しすぎだろ・・・」
とは言っても正しい判断、こればかりはマサヒロに賛成だ。
「まぁ、音を聞くだけにしような、レイナ」
そう言うと、静かに笑って、音を聞き入るレイナ。
「・・・微笑ましいな」
「ええ、そうでござるな。このような日々が、続けば良いのでござるが」
しばらくすると、レイナは寝てしまった。この時を切り出す道具が欲しいと思い、夏の暑さなど吹き飛んでしまう程に微笑ましかった。
でも、そんな平穏はすぐに壊れてしまうのだ。
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