第2話 図書室の魔女

「うげっ・・・」

「どうしたアイギス、声が引きつってるぞ?」

「いや、まぁ・・・一冊返し忘れてて・・・」

「うっわ・・・そりゃあ怒られるぞ」

アイギスとキバは図書室へ向かう。廊下を歩くアイギスの足取りは重く、一歩歩くごとに少しずつ顔色が悪くなっているように見える。

「・・・トイレ行きたい」

「はぁ?・・・自分とレイナ、どっちが大事?」

「ほんっとお前妙に生々しい選択肢出すよなやめてよそういうの!!」

半泣きでアイギスに懇願される。しかも間延びしてない口調ということは、本気で嫌なようだ。

「わかったわかった・・・でももう図書室の前だぞ?」

「うわああああ終わったー・・・」

諦めた、清々しい笑顔。口の端から涎が垂れているのは気にしない。

「失礼しまーす」

「ごめんください・・・」

扉を開ければ、まず漂う本独特の香り。本棚は色とりどりの背表紙で彩られ、どこか華やかながら、暗い色も多い。

「・・・なんだい、あんた達か」

「いやー悪いなば・・・ねえちゃん!!」

「今何て言おうとしたかは、不問にしておくよ」

司書席に腰掛ける、妙齢の美女。彼女こそ通称『図書室の魔女』、メアリー・リブリアン。彼女こそがこの図書室の住人であり、主である。

なお、年齢は不詳。聞いた者は翌日から図書室出禁になる。

「・・・アイギス、あんた本返しなさい!!」

「ひぃっ!?」

「返さないって言うのなら・・・分かってるでしょうね?」

「分かってます!!すぐ返しますよ!!」

「あと三日だけ待ってあげるわ」

青ざめた顔の血色が急によくなり、表情も和らぐ。

「・・・ところで、何を借りてたんだ?」

「料理本」

ぼそぼそと小声で話す。勤勉なアイギスは料理の研究を怠らない。

「まあいいわ、それより、あんたがここに来たってことは何かあったんでしょう?」

「さっすがねえちゃん、話が早い!」

「伊達に年くってないわよ」

「つまり年」

「何か言ったかしら?」

「ごめんなさい何も言ってないです」

要件を思いだし、急いでメアリーに伝える。

「ふむ、針に刺された翌日、急に幼くなってしまったと。それなら蔵書検索調べることも容易ね」

ふん、と鼻を鳴らし、二回手を叩く。

パンパン、軽快な手拍子が鳴ると

「はい、以下の記述が一文字でもあるもの、私の前に出てきなさい!」

大きな声で、何かに呼び掛けるように。長い金髪が淡く輝く。

「『幼児化』『薬物』もしくは『毒』」

途端、本棚の本がガタガタと暴れだし、数冊の本がメアリーの前へと飛び出てくる。

「この中の記述が手がかりになるかもしれないわよ、キバ、アイギス」

「おー!流石の手際だな、ねえちゃん!」




二人は、本を読み漁る。

早くレイナを元に戻す為に。自分達の不手際が原因なのだ、自分達で決着をつけねば。

「キバ!これじゃないかな~!」

「本当か!?・・・なになに、『ショリロータの魔薬』?」

本に記述されたその内容に、二人は驚愕する。

「与えすぎると細胞死滅、少なすぎても効果なし。針に付ける程度が望ましい・・・?」

効能、適量。書いてあること全て、レイナの打たれた何かと同一だ。

「材料は・・・は?ユニコーンの毛、ワカツユクサの茎、炎熱トカゲの目玉!?全部希少種の生き物じゃねーか!!」

「あら?それ、確か乱獲防止で焚書執行された本ね」

「なんつーもん置いてんだババァ!!とうとうボケたか!?」

図書室で拮抗する金色と黒のオーラ。境目ではぶつかった魔力同士が火花を散らして消えてゆく。

両者、一歩も譲らぬ気迫。キバに至っては抜剣すらしていないのにこの圧力、もはや戦闘面では心配無いレベルだ。

次第に金色のオーラには紫色、黒のオーラには深紅が混じり始める。本気のオーラが、図書室の中で渦巻く。

「おいお前ら何やってんだ!?・・・おわぁ!?」

何かを察知したフラー先生が図書室に駆け込むも、溢れ出るオーラに気圧される。

「おいおい・・・こりゃ一体どうなってんだ・・?」

「キバとメアリー先生が喧嘩中。汗止まらない~」

本棚が小刻みにカタカタと揺れ、地鳴りが止まらない。ここは三階なので下の階にも響きかねない。拮抗状態が続けば、本も傷んでしまう恐れがある。

「メアリー!?本傷むぞ!?」

途端、二人のオーラがピタリと止まる。

「・・・次やったら許さないわよ、キバ・・・・」

「耄碌してんじゃねえぞ、ねえちゃん」

「・・・え、何これ怖すぎ・・・」

アイギスは疎外感を覚えた。




「しっかし、自然治癒なら2、3年か・・・」

「解毒薬も貴重素材ばっかりだしね・・・」

結局読んでる限り、自然治癒が無難な選択だが、どうにか手っ取り早く治したい。

「・・・まさか、素材に悪魔のしっぽの先っちょがあるとは・・・」

「まぁ、低位悪魔でも可みたいだし~」

解毒薬の材料は、祝福された鉄粉、聖水、冥府馬ダークホースの毛、そして悪魔のしっぽのさきっちょだ。

冥府馬に至っては、只でさえ接触が困難なのに蹴られた者は魂があの世に行くとかいう最悪の魔物モンスターだ。

「これは、この夏休みに集めれるかな・・・・」

「ちょっと難しくない~?」

どうにも治せる気がしない。というか素材すら集まる気がしない。

なんなら夏休み以降も探さないとかもしれないが、さすがにこの長期休暇中くらいしか面倒をちゃんとは見れないものだ。

「困った・・・ほんっとどうすりゃいいんだ・・・」

突如として、クラスの引き戸が勢い良く開く。

「話は聞かせて貰った!!」

「あとは俺達に」

「任せて、ください・・・!!」

ポーズを決めたゲインとアルロとスノウがそこに立っていた。

スノウの顔は真っ赤だ、よほど恥ずかしかったのだろう。

「・・どういうことだ?」

「俺達が素材集めを手伝うんだよ!!」

「クラスメイトの、一大事です・・・!!」

それぞれがそれぞれ、レイナの為に頑張ろうとしている。

感謝の気持ちが湧いてくる。

「・・・すまねぇ、頼む!!」

「もちろんだよ!!」

「任せな!!」


クラスメイトは、とても優しく、格好良かった。



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