第10話 僕を殺す日


眩しい。高山先生がカーテンを開けて太陽の光が差し込んでくる。覚悟も決まらないまま自分を殺す日が来てしまった。


「おはよう」


「おはようございます」


「ちゃんと眠れた?」


先生はいつも通りの声色で聞いてくれた。


「全然眠れなかったです」


当たり前だ。殺さなきゃ殺される。こんなこと普通に生きていれば考えられない。しかも周りは敵だらけで味方は先生ただ1人。ぐっすり寝れるわけがない。


「そっかー。まぁしょうがないね。殺すチャンスは一回きりだから失敗しないように放課後まで寝れたら寝ときなね」


「はい。寝れたら寝ます」


殺すと言う単語に心臓が反応する。このドキドキは収まってくれるのだろうか。不安と緊張が襲いかかる。


「うん。昨日と同じで朝ごはんとお昼ご飯はあるもの適当に食べていいからね」


「ありがとうございます」


「そういえば連絡先交換しなきゃ。学校が終わった時間を知ってないと両親に電話できないでしょ」


「そうですね。元の町と一緒なら大体分かりますが、イレギュラーなことが起きた時のためにも教えてもらっておいたほうが安心します」


そうして連絡先を交換して、先生は学校へと向かった。


先生が仕事に向かったあと、僕はイメージトレーニングを何回もしていた。失敗は許されない。殺すことができなかったら自分が殺される。僕はこの状況を飲み込めていない。


いや、僕はこの状況を理解したくないのだ。たとえ上手く殺すことが出来ても、そのあと家族にずっと隠し通せるかの不安もあった。こっちの町では人を平気で殺す人がいる。元いた町と価値観が違うのだろう。その中で普段から一緒にいる家族にドッペルゲンガーだとバレないのか。


他にもこちらの町では僕ともう1人の僕では性格が違うだろう。小林の家に泊まるくらいだ。交友関係も広いのではないだろうか。もしかしたら僕の知らない人とも友達になっているかもしれない。その友達が話しかけてきたときに僕は上手く話を合わせられるのだろうか。不安な要素が多すぎる。


そんなことを考えていると机の上に置いておいたスマホから着信音が鳴った。僕が僕を殺す時間が来たようだ。


先生から学校が終わったと連絡が来た。ここからはスピード勝負だ。もう1人の僕が家に帰るまでに両親に電話をかけなくてはいけない。言い訳はもうすでに考えてある。


僕はスマホの連絡先から両親を探す。まずは母だ。父は仕事に行ってるから後で大丈夫だろう。電話をするのは死ぬかもしれないと言って緊迫感を作り、後で僕が疑われないようにするためだ。これならもう1人の自分が死んでも不自然では無いだろう。僕は連絡先にある母の文字をタップした。


「もしもし。涼?どうしたの?」


「もしもし!今、小林と高台にいるんだけどもう1人の僕が学校の近くに出たって!怖いから迎えに来て欲しい」


「えっ!分かった。すぐに行くから小林くんと絶対に離れないで隠れてなさい!ドッペルゲンガーが何して来るか分からないからね!」


「分かった。すぐに隠れる」


そう言って僕は電話を切った。続いて父に電話をする。


「おう。涼。どうした?」


「俺死ぬかもしれない」


「は?お前何言ってんの?」


「ドッペルゲンガーが包丁持って、僕のことを探してる」


「すぐ逃げろ。俺もすぐに向かうから」


「お母さんが迎えに来てくれてるからそれまで隠れてる」


「分かった。母さんが迎えに行くまで絶対に見つかるなよ」


「うん。じゃあね」


電話を切った僕はなかなか良い演技が出来たと満足する。あとは学校から帰ってくる先生の車で自宅に行き、もう1人の僕を殺すだけだ。


ガチャッ

先生が帰ってきたようだ。


「電話した?」


「しました」



「じゃあすぐに笹木くんの家に向かいましょ。早く行かないともう1人の笹木くんが遊びに行ってしまうかもしれないわ」


「そうですね。行きましょう」


僕は顔がバレないように帽子を被る。作戦で決めた包丁やシャベルはもう必要無い。殺すために使う包丁は向こうの家のものを使うことにした。僕は自分が持ってきたバックだけを持って先生の家を出た。


「笹木くんの家に着いたら私に出来ることはほとんど無いと思う。けど、もし何か困ったことあったら連絡してね」


僕と高山先生が一緒にいたことがバレてはいけない。高山先生と会ってたことがバレてしまうともう1人の僕の行動と矛盾が発生してしまう恐れがあるからだ。


「わかりました」


「うん!これからは元の町のことは忘れてこの町で一緒に生きていきましょ」


「はい」


自宅に近づくにつれ、僕の心臓の鼓動は早くなっていく。緊張と不安で吐きそうになる。


「ほら!着いたよ!」


車は自宅の目の前に止めてくれた。制服を着てない僕を近所の人にバレないように配慮してくれたのだろう。


「ふぅー」

僕は大きく息を吐いて車のドアを開ける。


「頑張ってね!」


先生はいつもと同じ明るい声で僕に言う。


「はい。お世話になりました」


「これからも先生と生徒としてお世話するよ?」


「そうでしたね。これからもよろしくお願いします」


「うん!」


僕は車のドアを閉めて家の前に立つ。駐車場には車が無い。母が迎えに行ったのだろう。作戦通りだ。あとはもう1人の自分はもう帰ってきているのか。どちらでも良いのだが帰ってきていない方が心の準備も出来るし、殺しやすくなるだろう。


そして僕は家の扉を開けた。


玄関に僕の靴は無い。もう1人の僕は帰ってきていなかった。僕は玄関に近いリビングで待つことにする。これは玄関で鉢合わせをして咄嗟にリビングの奥にあるキッチンから包丁を取って殺したという筋書きにする為だ。これで僕はこの町で生きていくことが出来るだろう。イメージトレーニングも出来ている。


完璧だ。


そう思っていると鍵を開ける音がした。その音を合図に僕の心臓の鼓動はどんどん早くなる。足音がこちらにどんどん近づいてくる。そしてリビングに入ってくる僕と目が合った。


もう1人の僕は驚いた表情をしてその場から動けないでいる。僕はもう1人の僕に向かって走り出す。そして彼のお腹に包丁を突き刺した。

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