第9話 人殺しの作戦


先生はこっちに来てから自分を殺していた。


「もちろん最初は元の世界に戻る方法を調べたわ。笹木くんの居たトンネルにも何かヒントになることはないか探したし、トンネルの先にも行ったけど壁になっていて出口は無かった。そうやって調べてるうちにも町の人は私を見つけては殺そうとしてくるし、食べられるものも無かったからすぐにどうにかしなくちゃいけなかった。」


僕は黙って先生の話を聞く。


「だから考えたの。この町ではドッペルゲンガーなら殺しても構わない。ならば私がこの町の本物の高山玲華になればいいんだって。そうすれば殺されないで済むし、温かいご飯も食べることが出来るって」


確かに高山先生がいなければ僕はあのままご飯も食べれず、こうやってお茶を飲むことすら出来なかったかもしれない。


「笹木くんがこの町で生きていくにはこの町にいるもう1人の自分を殺すのよ。そうすれば、もうあんな怖い思いをしないで生きていくことが出来る。安心して!私も手伝うからね」


僕はこれから人を殺すことになる。そんな自分の現状に考えることが嫌になった。


「今日はもう遅いから寝ようか」


先生はそう言って部屋の電気を消して寄りかかっていたベットに入る。僕はベットの下に寝転がる。

僕が人を殺す?無理だ。僕は目を瞑り夢の中に落ちていった。


「おはよう!」


「おはようございます」


先生がカーテンを開けると太陽の光が差し込んでくる。僕は目を細めながら体を起こした。床で寝てたから体が痛い。しかしこの状況じゃ贅沢は言ってられないだろう。


「今日私仕事だから帰ってきてからもう1人の笹木くんを殺す作戦を考えようか」


先生の言葉で一気に目が覚める。そうだ。僕はこの世界にいる自分を殺さなくてはいけない。


「朝ごはんはそこにパンがあるから食べて。お昼は冷凍食品があるから勝手に食べていいからね。飲み物も冷蔵庫に入ってるから」


そういうと先生は着替えを持って洗面所に行った。


「ありがとうございます」


ずっと先生のお世話になるわけにはいかないし覚悟を決めるしかない。そしてこの現実感のない町で生きていくしかない。

先生が着替えを終えて洗面所から出てくる。


「人を殺すことは簡単に納得できることではないと思うから私が仕事に行ってる間に覚悟を決めておいてね。」


着替えた先生は中学の頃から見た目が何も変わっていなかった。ただ、そんなことを言う先生は自分の知っている高山先生ではなかった。


「じゃあ行ってくるね」


先生は笑顔で僕に言う。


「いってらっしゃい」


僕は作った笑顔で答えた。もしかしたら引きつった笑顔だったかもしれない。けれどあんなこと言われた僕はこれがいま自分のできる精一杯の笑顔だった。



僕と先生は作戦を立てていた。まずは道具だ。殺す道具として高山先生が実際に自分を殺す時に使った包丁と遺体を隠すために大きめのシャベルを持っていくことになった。


次に殺す場所だ。これは神隠しの森に決まった。神隠しの森は行方不明者が毎年出るぐらいだから隠すにはちょうどいいだろう。


もっともこの町では行方不明者は出ていないそうだが、元の町と同じで不吉な言い伝えがあるため、この町の人は森の中まで入る人はいないらしい。


そして重要なのが。


「どうやって笹木くんを神隠しの森まで連れてくるかを考えなきゃね」


もう1人の僕はかなり神経質になっていて、1人で行動することがないらしい。僕らしいといえばそうだが、僕だったら宿題を交代でやったり学校行くのも交代制で行けばいいので人生楽になると思ってしまう。なぜそんなに怯える必要があるのか。なぜ殺さなくてはいけないのか。元の町とこっちの町では価値観が違うのか。色々な考えが脳内を駆け巡る。


「笹木くん?」




黙っている僕を心配したのか先生が声をかけてくれる。


「あぁ……。すいません」


今はもう1人の自分を神隠しの森まで連れてくる方法を考えよう。殺してからでもこっちの町のことを知ることは出来る。


「先生はもう1人の自分を殺すときはどうしたんですか?」


「ん?私はね。この通り、独り身だから家に帰って来た時に車の中で殺したわ。鍵が前の町で使ってたものを使うことが出来たから家から包丁を持ち出すことがもできたし」


「元の町で使ってた鍵が使えたんですか?」


「うん。スマホも使えるよ。例えば笹木くんが両親に電話したらこっちの町の両親につながるようになっているわ」


なるほど。それなら簡単かもしれない。


「じゃあ放課後、もう1人の僕が家に帰るまでに両親に電話で理由をつけて家から出してから帰ってきた自分を殺すことは出来ませんか?」


「家で殺してどうやって神隠しの森まで運ぶの?」


「神隠しの森まで運びません。僕が帰ってきたらドッペルゲンガーがいたので殺したということにすればいいんです。そうすればドッペルゲンガーの捜索も無くなって、この町も平和になるでしょう」


この町が殺気立っていてはバレるかもしれないという恐怖に怯えて暮らすことになりそうだ。もしかしたらもう1人の自分を殺した時に、精神状態がおかしくなり自首してしまうかもしれない。


僕は人を殺してまともな精神状態でいられる自信はないし、まともでいられたら自分を嫌いになるだろう。


「笹木くんの言うとおりの作戦にしようか。そっちの方が後の生活が楽になりそうだもんね」


どうやら先生は僕の意図に気づいてくれたらしい。


「作戦は決まりね。早めに殺さないと捜索人数が増えるだけだから、明日実行しましょう」


「わかりました」


明日に決まった僕は心臓の鼓動が早くなった。

覚悟も決まらないまま僕は明日人殺しをする。

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