第8話 偽物

僕は自室に戻ると机の前にある椅子に座った。僕は頭がおかしくなったのか。それとも両親の頭がおかしくなったのか。僕は小林の家に泊まったこともないのになぜこんなに泊まる事にされるのか。両親は何を真剣に話し合っているのだろう。

息子を精神病院に連れて行くか迷っているのだろうか。病院に行っても意味がないだろう。なぜなら僕の頭はおかしくなっていないのだから。


数時間後。

僕はリビングに呼び出された。リビングには重苦しい雰囲気が立ち込めている。母の目には少し涙が浮かんでいる。

病院に連れて行かれるのだろうか。内心少しビクビクしている。病院に行くのは久しぶりだし、もし入院するとしたら初めてのことだ。しかも精神病院となるとホラーゲームの印象が強いのであまり入院したくはない。


「お前ドッペルゲンガーって信じるか?」


父がわけの分からないことを言ってきた。



「バカにしてるの?」


ドッペルゲンガーを信じているのであれば病院に行くのは父の方だ。そんな都市伝説を今時信じる人はいないだろう。小学生ならまだしも僕はもう高校生だ。


「お前がどこから来たかは分からない。けどこの町ではドッペルゲンガーが度々現れているんだ。だからこの町でドッペルゲンガーを信じない人はいない」


「アホらしい。そんなこと信じるわけないでしょ」


「そうか」


諦めたように父がため息をついた。


「小林君の家に電話したのよ」


今まで黙っていた母が口を開いた。


「本物の涼は今、小林君の家にいるって……」


「は?」



意味がわからない。僕は今ここにいるし両親と話しているではないか。



「だったら小林の家にいる方がドッペルゲンガーじゃないの?僕が小林の家に行くなんてありえないんだから」


「さっきも言った通りこの町ではドッペルゲンガーがいるのは当たり前なんだ。だから信じなかったお前が偽物だ」


父が話した後すぐに玄関のチャイムが鳴った。


「偽物のドッペルゲンガーは役所に引き取ってもらい殺す事になっている」



僕は高台に向かって走っていた。思えばあのトンネルから出てきてからおかしいことが起きている。もしかしたらあそこに何かあるかもしれない。そう思った僕は母が

開けた玄関の扉から飛び出した。一旦は役所の人に腕を掴まれたがそれを振り切って逃げ出した。


高台前の坂を登っていると拡声器を使った声が下から聞こえてきた。


(ドッペルゲンガーが出ました。名前は笹木涼。身長170cmぐらいの男性。見た目は右目にホクロがあり、天然パーマが特徴です。見つけ次第役所に連絡してください。)


他人には絶対に見つかってはいけないな。そうなると高台に人がいたら終わりだ。しかし高台には誰もいなかった。だがここに人が来るのも時間の問題だろう。急いでトンネルの方に向かう。


トンネルに入ると少し寒さを感じる。トンネル内には落書きがたくさんあり、その中から何か助けになりそうな情報を探し出す。落書きの数が多くすぐには見つかりそうもない。早く見つけないと殺されてしまう。


「無駄よ」


トンネルの外から女性の声がする。思ったより見つかるのが早い。僕はトンネルの奥へと逃げる。


「待って!笹木君のことは役所に言わないから!」


僕は立ち止まり振り返る。そこには行方不明になっていた高山先生が立っていた。


「高山先生……なんで……」


「ここにいると他の人にバレてしまうから私の家で話しましょう」


そう言うと高山先生はキャップを僕に渡してくれた。


「心許ないけど何もしないより少しは顔が隠れていた方がいいでしょ」


僕はキャップを受け取り深くかぶる。


「学校に車を止めているから行きましょ」


僕は頷き先生の少し後ろを歩いた。



学校に着くと僕は助手席に乗り、帽子を深く被り直した。


(見つかったか!)

(ダメだ!見つからねぇ。)


遠くから僕を探す声がする。


「窓から顔が見えないように気をつけなさい」


「はい」


今までずっと見つからなかった高山先生と話せることが夢みたいだった。ここに小林がいたら大騒ぎになっていただろう。

僕は聞きたいことが沢山あったが高山先生の家に着くまで我慢する。そして車の中は沈黙に包まれた。


学校から10分ぐらい経ったところで車は止まった。僕は顔がバレないようにずっと下を向いていたので、ここがどこだかわからないが高山先生の家に着いたのであろう。


「着いたわよ。私の後に着いてきて」


僕は顔を上げて外に出る。目の前には二階建てのアパートがあり、周りには一軒家や同じようなアパートがあった。先生は車の鍵を閉めて早歩きでアパートに向かう。僕も早歩きで先生の後についていく。アパートの階段を音を立てないように上がっていくと向こうから若い男が歩いてくるのが見えた。心臓の鼓動が早くなるのが自分でもわかる。若い男はこちらを見て会釈をして去っていった。


先生は階段から二番目のドアの前に立ち鍵を開けた。


「早く入りなさい」



「お邪魔します」


僕はさらに心臓の鼓動が早くなるのを感じた。なぜなら女性の家に入るのは初めてだったからだ。


「いやー。ドキドキしたね」



先生は急に笑顔になり僕に問いかける。先生。僕は今でもドキドキしています。


「そうですね」


「こんなスリルを感じる事したの初めてだよ」



そりゃあそうだ。医者や消防士ならまだしも、普通の先生が人の生死を左右する経験をすることはほとんどない。


「喉カラカラだよ。お茶しかないけど飲む?」


「はい。いただきます」



先生は冷蔵庫からお茶を取り出しコップに注ぐ。僕はその間、家の中を観察していた。部屋は思ったよりシンプルだった。家具のほとんどは白で統一してあり、机の上には何も置いていない。綺麗に整頓されている印象だ。


「恥ずかしいからあまりジロジロ見ないでね」


先生はお茶の入ったコップを僕に渡しながら言った。


「すみません。思ったより綺麗だったので」


僕はお礼を言ってお茶を受け取る。


「思ったよりって何よ。部屋が汚いだらしない人間だと思ってたの?」



「いやいや。そんなことないですよ」


僕は慌ててそう言うと先生は笑った。それにつられて僕も笑う。


「向こうのみんなは元気?」


先生の言う向こうとはどこなのか。そしてここはどこなのか。僕は頭がこんがらがり言葉が出ない。


「そうだね。まずはこの世界のことについて話そうか。」


先生は黙り込んでいる僕の心を読み取ったのか、僕が殺されそうになっているこの世界について話し始めた。



先生が話していることに僕は必死についていく。

ここは自分たちとは今まで住んでいる世界とは違うこと、けれど町の様子や住んでいる人間は同じということ、そしてこの世界に迷い込んだ人間は殺されるということ。


「私も神隠しの森に入ってトンネルから出てきたらこの世界に居たの」


なるほど。要するに神隠しの森で行方不明になった人はこの世界に来てこちらの人間に殺されるということか。


「それじゃあ、なぜ高山先生は普通に生きているんですか?」


聞き方が少し悪かった。


「それは笹木くんのこれからやることだけど……」


僕は聞いたことに後悔をする。


「もう1人の自分を殺してこの世界の住人になることよ」

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