第3章ー3


      北条 清隆①


『お久しぶりです、北条君。覚えていますか?真崎鈴です。突然連絡して、ごめんなさい。でもどうしても伝えなければいけないことがあります。北条君が女の子といる写真を渡しているのは私です。北条君に女遊びを止めて欲しくて、やっていましたが被害届の話を聞き、私は自分が如何に馬鹿なことをやっているのか反省しました。もう二度とやりません、どうか一度で良いので直接謝る機会を頂けないですか?』

見覚えのないアカウントから、メッセージを受け取り、あまりの長文にスパムが来たのかと思わず消しそうになった。

 しかし、真崎鈴の名前が見えて思いとどまりメッセージを読む。最後まで読んで、随分と勝手なことが書いてあるなと思った。一体何様だろうか、どれだけ迷惑を被ったと思ってるんだと憤りの返信をしようとして、手を止める。

 ここでの対応を間違えれば、彼女はこの先も同じような行動を繰り返すかもしれない。彼女の謝罪を受け止め、釘を刺す必要があるのではないかと、考えて直接会うことにした。その旨、返信をすると、すぐにメッセージが返ってくる。

『会ってくれるんですね、良かった。場所はどこでも大丈夫です、迷惑をかけたのは私ですから何処へでも行きます』

何処へでもか、と呟く。

 少し考えて、もしもの事を考えると、家に来てもらう方が都合がいい。 変な誤解を受けないように、家族がいない日程を確認し、その日に家に招くことにしようと決めた。それとも流石に家に来るのは、警戒するだろうか。

『分かりました、お家にお伺いします』

警戒心が薄いのか、それとも何か期待しているのか。何であれ、家に来ることは決定した。部屋の掃除をしておこう。 


 数日後、彼女を最寄りの駅まで迎えに行く。構内で改札を注視していると、マスクをつけた真崎鈴と思われる女の子がこちらに近づいていくるのが見えた。

 近くに来ると彼女は深く礼をする、謝罪のつもりだろう。顔を上げると、マスクをしているものの依然会った姿から、特に変わっていない、と思う。何せ最後に会ったのは随分前だ。

「久しぶりだね。真崎さん」

声を掛けると真崎は頷き、スマートフォンの画面をこちらに向ける。

『喉を傷めてしまって声が出づらいので、文章を打ち込みでも大丈夫ですか?』

と書かれている。なんともタイミングの悪い、今日は色々聞きたいことがあったのだが。

「仕方ないね、別にいいよ。ゆっくり打ち込みな、ちゃんと待つから」

真崎は首をコクコクと頷く、ありがとう、だろうか。そしてまた何かを打ち込んでいる。

『ありがとうございます。今日のタイミングですみません、お家行きましょうか?』

真崎は首を傾げながら、画面をこちらに向けた。

「そうだね。家に案内するよ」

そう言って歩き出すと、真崎も黙って後をついてくる。

 真崎鈴とは、以前やっていた日雇いのアルバイトで知り合った。図書館の書架移動作業で、せいぜい本の整理だろうかと思いきや、大量の本を移動させる肉体労働だったことをよく覚えている。真崎もまさか肉体労働だとは思わずに応募していたクチで、年が近いこともあってよく二人で話すことが多かった。

 図書館のバイトが終わっても、たまに一緒の日雇いに応募したりしていた。その内、俺が日雇いを辞めて別のアルバイトを見つけてから、連絡を取らなくなっていったのだった。そして、久しぶりに会った彼女は何故かストーカー化していた。


 家について部屋へ案内すると、彼女はもの珍しげに室内を見回した。

「あんまり、見ないでよ。恥ずかしいから、それよりコーヒーでいい?」

尋ねると真崎は、また素早く画面に文字を打ち込む。

『コーヒーお願いします』

台所に行き、真崎の希望通りコーヒーを入れ、トレイに載せる。部屋に戻ると、真崎はスマートフォンにまた何かを打ち込んでいる。

「コーヒーどうぞ」トレイの上コーヒーを真崎の目の前に置く。

真崎はまたコクコクと頷く、多分ありがとうだ。

「それで、真崎は何であんなことしたのさ」

尋ねると、真崎がこちらに画面を向けてくる。

 そこには謝罪の言葉と、他の女の子への嫉妬からそういうことしてしまった、と書かれていた。そして、もう二度としないということ、謝罪の為なら何でもするといったことも書いていた。

「何でもするとか言われてもね」

言いながら真崎の姿をチラリと見ると、目が合う。そして彼女は覚悟を決めたようにゆっくりと頷き、またスマートフォンに文字を打ち込む。

『なんでもします、今日ここで起きたことは誰にも言いません。思い出が欲しいんです』

そこまで覚悟が決まってるなら良いだろう。家族がいない日を選んで良かった、周到に準備をすれば、チャンスはいつだってやってくる。

 立ち上がって彼女の隣に座り、彼女の肩に触れる。彼女が顔を近づけてくるので、それに答えようと顔を近づけ返す。ふと、彼女はマスクをしていることに気づいた。

俺も緊張しているようだ、顔を離して彼女のマスクを外す。

 マスクを外すと、満面の笑みを浮かべていて、俺は大声をあげた。

「誰だ!お前!」

そこには目元だけ化粧を施した男が笑っていた。


      七瀬 光⑥


 その日、私は叶と共に北条家の最寄り駅で下車をし、叶は北条の元へ、私は真崎鈴の元へ向かった。

 真崎鈴とは、北条の待つ改札とは逆の改札で待ち合わせていた。改札の外に立つ真崎の近づくと、彼女も気づいたようだった。

「初めまして、七瀬と申します」挨拶しながらお辞儀をする。

「あの初めまして、真崎鈴です」

そう言う彼女の顔をまじまじと見てしまう。

「あの、顔に何か?」真崎は不思議そうだ。

「あ、ごめんなさい。こんなことがあるんだと思ってしまって」

私の言いたいことは真崎にも伝わったらしい。

「叶さんのことですよね?」

うんうんと私は頷く。

「多分、今の姿みたら真崎さんも驚くと思います」

何せ、叶真澄がメイクをした姿は、パッと見で分からない程、真崎鈴と瓜二つなのだから。


 叶から提案されたのは、真崎との入れ替わりだ。

 北条へ色仕掛けをして、手を出してくるならクロ。誠実な対応をしてくるならシロという至ってシンプルな計画だった。

 この計画の肝は囮役を誰にするかだったが、真崎鈴と出会った時の、叶には答えは一つだった。

「驚いたよ、俺が女装した時の顔にそっくりだった。真崎鈴は可愛い系というより美人なタイプだから、似てくるんだろうな」

そう語る叶は、愉快そうで楽し気だった。多分だが、北条のことなんて、本当はどうでも良くて、やりたかっただけなんじゃないかと疑っている。それぐらいイキイキと段取りを決めていた。

 確かに北条がどう対応してくるかで、北条と真崎の言い分どちらが正しいかが明らかになる。

 私のことが大切なら、真崎(叶)に手を出さずにいるだろう。また真崎(叶)の誘惑に負ければ、北条の化けの皮は剥がれ、ついでに男に手をだそうとしたというトラウマを植え付けられるだろう。

 佐光が考えそうな意地の悪い計画だ、叶の思考も似てきているのかもしれない。

ただ、どこかでわくわくしている自分がいるのも事実だった。


 真崎と二人で、北条の後ろを歩く叶について行き、家の外に立っていた。

 普通の一軒家だったので、長時間立っていると怪しまれそうな気がしたが、長期戦にならないことは明白だったので、念のため窓から見えない位置で待機していた。

 叶が家の中に入って十五分後、中から悲鳴のような『誰だお前』が聞こえてきて、真崎と二人で吹き出したのだった。


     真崎 まさきすず


 北条とは、図書館の日雇いバイトで知り合った。私は高校二年生で北条はまだ一年生だったが、そこでは年が近いのはお互いしか、いなかったので自然と話すことは多かった。

 当時、北条は自分改造の真っ最中で、高校に入って身長が伸びて外見に気を使い始めたという。美容にお金を使う為、アルバイトをし、ついでに肉体労働で肉体改造も行うという合理的な理由で働いていた。

 正直言えば、その時の北条はそれほどカッコいい訳ではなかった。それでも私は努力する北条の事が好きになっていた。

 アルバイトの期間が終わっても、私から北条を遊びに誘っていた。月日が経つにつれて、北条は自分改造を成功させていき、そんな北条を益々好きになった。ある日、北条に私からキスをした。その時の北条は驚いていたが、何も言わなかった。

 それから北条とは連絡が取れなくなった。私のことは好きじゃなかったんだと、自分の行いを恥じて、北条のことは忘れることにした。だが、しばらくして北条が女の子と歩いているのを見かけた。ああ、彼女が出来たんだと思っていたが、次に見かけた時にはまた別の子を連れており、その時に私は気づいた。

 自分もあの中の一人だったのだと、私は北条に遊ばれていたんだと。それから、北条が女の子と立ち寄る場所はパターン化されていることに気づき、見かける度に写真を撮って、自分と同じような被害者を出さないように女の子たちに写真を見せて警告し続けた。

 ふと自分は何をやっているのかと、我に返ることはあったが、北条の姿を見る度に悔しさや悲しさ色んな感情が渦巻いて、辞められなかったのだった。

 そして、ある日私の前に叶が現われた、何故か彼は私を見て少し驚いていた。私は何も言わなかったが、写真の出どころが私と分かっているようだった。私から話しを聞いた叶は、少し時間をくださいと言った。

 それから、そう遅くないスパンで連絡が来た、私と北条どちらが正しいのか天秤にかけたいと言う。私からすれば北条が悪いのは明確だが、叶曰く判断材料が欲しいとのこと、ただ計画を聞いた瞬間に私はそれに乗ることにした。

 試しに、七瀬に目元をメイクしてもらいマスクを着けた叶の写真を送られて時に何故私を見て驚いたのかが分かった。そこには私がいたのだ。


 まんまと罠にかかった北条は肩を落として俯いてる。北条の悲鳴を聞いて、私と七瀬は北条の部屋へと乗り込んだ。しれっと叶は玄関の鍵を開けっぱなしにしていたのだ。私達が部屋に入ってきた時、北条は少し驚いたが何も言わなかった、精神的にそれどころじゃなかっただけかもしれないが。

 私は北条の向かいに座り、私の右隣では七瀬が悲し気な表情で座り、左隣では叶が目元のメイクを落としている、何ともシュールな現場が出来上がっていた。

「真崎さんは、北条に何か言う事はありますか?もしくは要求は?」

叶がメイクを落として言う。

「私は一つだけ教えて欲しいかな。北条、私から連絡を絶ったのは何で?キスしたのがそんなに嫌だったの?」

私が尋ねると、北条はぼそぼそと喋り始める。

「キスが嫌だったとかではなくて、あの頃はちょうどモテ始めてる時期で特定の彼女を作らずに遊んでたかった。真崎が俺のことを好きなのは、分かってたけど付き合う気はなかったから、もう会えないと思って連絡先を消したんだ。本当にごめん」

北条が頭を下げる、嘘を言っているようには見えない。

「そう、適当言うなら怒鳴り散らかそうと思ったけど納得した。私の方こそ、変な嫉妬で写真撮ったりしてごめん。良くないことだってのは分かってる、写真は全部消すし、もう撮らない。でも一つ誓って欲しい、女の子を弄ぶのはもう止めること」

「分かってる、もうしないと真崎に誓う」

北条は本当に申し訳なさそうに言う。元々根はいいやつであることは知っている、チヤホヤされて天狗になっていただけだ。

「七瀬ちゃんは何かある?」

七瀬は先ほどから何も言わない。信じていた相手が、女癖の悪い遊び魔だったことは彼女にとって受け入れがたい事実だろう。

「今は大丈夫です。考える時間を下さい」七瀬は小さい声でそう言った。

「じゃこれで今日はお開きってことで。北条と真崎さんにお願いが」

叶の言葉に私と北条は同時に「「何?」」と尋ねる。

「真崎さんの普段のメイクを俺にして貰うから、並んで写真撮ってほしい」

叶の提案に私は大いに笑ったが、北条は勘弁してくれとうんざりした顔をしていた。


      叶 真澄⑤


 北条の家でのドッキリ作戦が終わった数日後、七瀬からお礼をしたいと連絡が来た。

 七瀬には怒られそうだが、真崎と会えたことや北条へのドッキリが大変面白かったので、お礼なんていらないくらいだった。

 だが、七瀬がついでに話しも聞いて欲しいと言うので、有難くお礼されることにした。集合場所はいつもの紅茶店だった、メニュー表にもすっかり馴染んできた。

「私、北条君と付き合うことにしました」

俺は思わず熱々の紅茶を飲み込んでむせた。

「大丈夫ですか?」七瀬が心配そうに俺の顔を覗きこむ、息を必死に整えて喋る。

「それ、こっちのセリフなんだけど」

北条と付き合う?何があったらそうなるんだ。

「あの日、あそこで北条さんを突き放すの簡単でした。でも私は彼を信じてみたかったんです、一度間違いを犯した彼を再起するチャンスを与えたかった。だから北条さんに聞いたんです、私のことが嫌いでないなら私と付き合わないかって」

「当然OKだろ」

「いえ、最初は断られました。自分にそんな資格はないって、それなら詫びで付き合えと脅しました」

凄いことを言っているが、元々七瀬はこういう強引なところもある。

 何せ、倶楽部でのコードネームは『マジシャン』どんな無茶な調整も要求も、不思議な力で可能にする奇術師なのだ。周囲をしれっと欺くお嬢様。

「じゃあ北条とは普通に付き合うんだ」

俺は未だに信じられない気持ちを抱えながら言う。

「はい。見た目はタイプですし、中身はこれから矯正もできそうですし」

「相変わらず怖いな、七瀬は」

「ところで、叶君は就葉ちゃんのことはもういいんですか?」

突然の話題転換に動揺する。

「なんで急に?」

「私は今回、北条君への気持ちを押し通した訳ですが、その時に叶君のことが思い浮かびました。叶君の気持ちは、薄々気づいてました、何も行動をしている様子もなかったので何も言いませんでした。でも、もし今でも燻っている気持ちがあるなら、早く解決すべきだと思います。という私からの提案です」

そう言って、七瀬は美しい所作で紅茶を飲む。


 この言葉がきっかけに俺の最後の倶楽部活動が始まろうとしていた。

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