第2章ー5

八月十一日 十九時 瀬尾由宇


 昨日の楽しい時間と打って変わって、今日は部活からバイトと忙しい一日だった。なんだかとても疲れた、のんびり着替え始める。

「由宇ちゃんお疲れ」

真希が更衣室に入ってきた。上がりの時間は同じだったが、レジが混んでいたので、遅れて戻ってきた。

「お疲れ、レジ混んでたね」

「ねー。上がりの時間にレジが混む現象に名前つけよ」

疲れたーと言いながら、一条も着替え始める。

「真希ちゃん、帰り少しカフェ行かない?」

着替えが終わった私は一条に尋ねる。色々と話しをしたかった。

「いいよ。でも少しだけね、約束あるから」

一条が少しだけの仕草をしているのが可愛い。

「もしかして叶くんと?」

昨日の遊園地ではずっと二人でいたらしい。私の様子を見に来てくれると言っていたが、自分の為でもあったんじゃないかと勘繰りたくもなる。

「そうだけど。そんなんじゃないからね、そんな顔してるけど」

私がにやけ顔をしているからか、一条は不満そうだ。

「そうなんだ」

「そうだよ」

一条の拗ねたような顔が可愛くて笑ってしまう。どんな顔をしても可愛いが、色んな表情がみたくなる。一条の着替え終わり、連なってバイト先を出る。

 私の指定したお店は、近くの喫茶店で紅茶をメインに扱っているところだ。

 歩きながら、一条に昨日のことを色々と聞いてみたが、のらりくらりと躱されてしまった。

「真希ちゃん、何にも教えてくれない。いじわる、そんなに大切な思い出なの?」

からかいながら挑戦的な言葉を投げかけるが、呆れた顔をされただけだった。

「何笑ってるの。ほら着いたよ」

知らぬ間にニヤついていたらしい。一条といると自然と顔が緩む。

店内に入り、二人掛けの席に向かい合って座る。飲み物は二人共アイスティーを頼む。

「真希ちゃん、本当に昨日はありがとね」

バイト中ずっと言いたかったことがやっと言えた。

「ううん、私は別に何もしてないよ。瀬尾ちゃんが頑張ったんだよ」

「頑張ったよ~。でも真希ちゃんが居てくれたおかげ。私一人だったら何もできなかった、背中を押してくれたから私は頑張れたの」

一条の顔が少し赤い、照れているようだ。

「そう言ってくれると私は嬉しいけど」

照れた顔も可愛い。照れさせたかったわけではなく、本心からの言葉だ。

「真希ちゃんが急に協力してあげるって言った時は驚いたけど、今では助けてもらってよかった」私は一条とのやり取りを思い出す。


 須山がアルバイト先に来た日、バイトの休憩中に私が上がったらご飯に行こうと、一条からメッセージが来ていた。

 一条は昼間のシフトで終わりだったので、もう帰宅している。家からまた出てくるのだろう、一条と食事に行くのも久しぶりだ。

 アルバイトが終わりに店の外に出ると、既に一条が外で待っていた。

「お疲れ様。お腹すいてる?」

部活からのアルバイトで空腹になっていた。

「お腹すいてるよ~。もう行こう」

「わかった。パスタでもいい?おいしいところ見つけたんだ」

「いいよ!」

並んで歩きだす。

「今日は急にどうしたの?私は嬉しいけど、何かあったの?」

うーんと一条はうなる。ご飯へ行くことは珍しい訳ではないが、大体前日に予定を決めてから行く。

「何て言えばいんだろ。ちょっと気になったことがあるから、瀬尾ちゃんに聞こうと思って」

「気になること?」

「うん。瀬尾ちゃんさ、今日お店に来た同級生の子が好きなんじゃない?」

私は面食らい、何を言ってるのと誤魔化したが最終的に観念した。

 お店に着くころには、既に須山について一通り話してしまっていた。恐ろしく聞き上手な気がする。

 そして食事が来る間に、一条から提案があった。

「ねぇ瀬尾ちゃん。私に協力させてくれないかな?」

一条曰く、同級生との間で放課後恋愛倶楽部という活動をしているようで、彼女はそこのメンバーだそうだ。

 そこでは、あまり活動に貢献できていない為、私の協力をして経験を積みたいということらしい。

 放課後恋愛倶楽部なんて怪しい名前を言い出した時には、彼女に対して懐疑的な目を向けてしまったが、話しを聞いている内に、案外信用できるのかもしれないと思っていた。一条は聞き上手でもあり、話し上手でもあるらしい。

「でも、協力って何をするの?」

「具体的に私が何かをすることはないよ。あくまで瀬尾ちゃんの支援。だから頑張るのは瀬尾ちゃんだよ」

「でも、私なんかが」

「でも禁止、こないだの依頼者も同じこと言ってた。でもね自分を卑下することは必ずしも美徳とは限らない、頑張りたいなら自信をつけなきゃ」

一条は真面目な顔で言う。その真剣な眼差しに彼女の本気度が伺えた。

 中学の時、初恋の相手がいたが何もできず諦めたことを思い出す。あの時、私が告白でもしていれば何か変わったのだろうか。

 同じ後悔を私はしたくない。

「そうだね。真希ちゃんの言う通りだ、私頑張りたい。真希ちゃん協力して!」

「もちろん」

彼女は満面の笑みで言う。

 それから、事あるごとに一条には須山について相談を続けていた。そしてある日、小坂からみんなで遊園地へ遊びに行くと誘いが来た。

 一条はチャンスだねと言うが、私は不安だと伝えると、付いてきてくれるとという。驚いたが一条も別に目的があるらしく、別に問題ないよと言っていた。

 当日、遊園地では常にこっそり連絡を取っていて、一条はずっと背中を押してくれていた。私自信頑張って須山へアプローチをかけられていたと思う。

 ただ、その日最後のアトラクションに乗った時、須山がずっとうわの空だったので尋ねると佐倉の所に行きたいと言われた。勘の鈍い私でもわかった、須山は佐倉のことが好きだったのだ。

 それが分かっても私は須山を送り出した、心にもなく頑張れと言った。馬鹿な自分に泣きそうになっていると、声をかけられた。

「諦めるのはまだ早いぜ」

そこには佐倉と一緒にアトラクションに乗っていた佐光がいたのだった。どうしたの?と聞くと佐光も佐倉を送り出したらしい。

「諦めるのはまだ早いってどういうこと?」

「須山が佐倉に振られるかもしれないだろ?振られたならチャンスだろ」

「私はそういう考え方、好きじゃない」

本心で言ったつもりだったが、何かモヤッとする気持ちもあった。

「いい子だな。でもそれが本当の気持ちか?さっき須山を送り出したのに泣き出しそうだったのは何で?少しでも後悔の気持ちはなかった?正直になれよ」

佐光は流暢な言葉で私に畳みかけてくる。激流のような言葉に私は流されたのかもしれない。

「そうだよ後悔してるよ。本当は須山くんが、振られちゃえばいいと思ってる」

言った後、邪な自分に少し泣きたくなった。でもこれが本心なのは間違いない。

 私の言葉を聞いて、佐光はニヤリと笑った。

「諦める気持ちはなさそうだな。大丈夫、あいつは振られる。そこにつけ込むのは合理的だ」

佐光はそう言って歩き始めた。

 歩きながら須山達のことを森岡達にどう話すか相談しようとすると、二人が金髪と帽子を被った二人組の男性に絡まれているところだった。

 咄嗟に佐光を見て、助けてあげて言おうとしたが、それよりも早く須山達は走り去っていった。大丈夫かなと佐光に問いかけたが何も答えなかった。

 佐光はそれから携帯を操作していた。そんな中、森岡と小坂がアトラクションから出てきたので、佐光は適当に理由をつけて二人が別行動していることを伝えた。

 二人が戻るまで適当にお土産でも見ていようと促し、私には何も言うなよとの仕草を向けた。

 私は何も言う気はなかったが、それよりも須山達が絡まれている時に佐光が少し嬉しそうだったこと、絡んでいた男性の一人が一条に似ていたことが気になっていた。

 そんなことを頭の隅に追いやっていると、しばらくして須山達は私達と合流した。

 変な人に絡まれてまいったと笑う須山が、心なしか寂し気に見えて私は佐光の言ったことは本当だったのかもしれないと考えた。


「瀬尾ちゃん?急に黙ってどうしたの?」

もの思いにふけりすぎて一条の話を全く聞いていなかった。

「あ、ごめん。昨日のこと思い出してた」

「そんなに楽しかったなら良かった」

一条が微笑む。母性あふれる母のような笑みにこちらが照れる。

「でね真希ちゃん。須山にいつ告白しよー?」

実は須山を今度二人きりで遊ぼうと、誘っていた。

 どうやら須山は自分に向けられる好意には鈍いようで、私の気持ちには気づいていないように見える。

 なので、私からいつ告白するか?その相談の為に今日一条を誘ったのだ。

「そうね。夏祭りがロマンティック」

一条の提案に思わず賛成と叫んでしまった。慌てて回りに会釈する。

私の夏はこれからが、本番だ。


八月十二日 十四時 叶真澄


 遊園地へ行った日から二日経ち、佐光から連絡が来た。

「答え合わせをしよう。」

短い言葉と集合場所と時間だけ指定してきた。一度断ってみたがしつこく電話がかかってきたので、渋々了承した。

 先日の遊園地で、須山から受けた依頼は成功とは言わずとも、完了している。

当初の須山の希望にそぐわない結果となったが、須山も納得している。

 ちなみに昨日須山からはお礼の電話をもらい、依頼の礼も含めて今度食事に行こうと誘われた。声色を聞いた限りでは、須山は元気そうでどこかスッキリした様子だったので少し安心した。

 無理やり告白をけしかけた身としては、心配ではあったからだ。

 それよりも問題は、これから会う男の方だ。今回依頼を受けた時点で、既に須山が振られることは分かっていたはずの張本人。

 俺は何も知らされず、蚊帳の外から須山にできるだけの事をしたが結果はあまり意味がなかったなと思う。とはいえ、俺達ができることはあくまで依頼人の恋愛の手伝いで、関係性を変えるほどの力はない。

 人の関係性を変えることは容易じゃないことを俺は知っている。もちろん佐光も。

 佐光が指定した場所は俺達の卒業した中学校だったので、徒歩で向かう。それなりに距離あるが、歩けないほどでもない。

 ただ、真夏というのことを忘れていた、失敗したかもしれないとすぐに後悔する。結局汗だくになり、着替えが欲しいと考えていると気づけば中学校に着いた。

 意外と早くに着いたことに、時の流れを感じた。校門の前に佐光は立っていて脇には自転車が置いてある。

「遅い」

時計を見ると十分遅刻。十分間炎天下の中、立たせることができたなら歩いてきた甲斐もあった。

「歩くと時間かかってな。この後どうするんだ」

佐光は無言で校門を抜けて行き、自転車を適当に停める。そのまま校舎内に向かっていくので後についていく。事務室の事務員の方に二、三言葉を交わして何やら鍵を受け取っていた。

 歩き出した方向でどこに向かっているのかは、なんとなく分かった。

「いつ許可とったんだ?」

「高校の課題でって適当言ったら許可もらえた。佐伯はまだここにいるしな」

佐光の言う佐伯とは、佐伯先生のことで俺達のクラスの担任だった人だ。

佐伯先生は気さくな先生で、生徒のみんなが慕うような人だ。佐光や俺もよく話しをしていた。

「あんないい人騙すなよ」

「何言ってんだ、あれが簡単に騙される魂かよ」

なるほど、佐光も気づいていたらしい。あれはいい人の皮をかぶっていただけだ。あの人はの言う事はいつも正しかったなと思う。

佐光が立ち止まった部屋をみて、やはりここかと思う。佐光がゆっくり鍵を開ける。

 中に入ると懐かしく思う、俺達がよく集まっていた文芸室だ。

 俺達が二年になると同時に人数が足りずに文芸部が廃部になった。その話を聞きつけた佐光が自習部屋として使いたいと佐伯に交渉した。

 そして佐伯は何故か俺達が自由に使えるように、部屋の所有権を獲得してきたのだ。

 後にその理由はすぐにわかった。この部屋は佐伯のサボり目的で手に入れたのだと。そうして俺達はお互い協力関係を築き、この部屋を自由に使っていた。

部屋の中央に長机が二つ並び、椅子が四つかけてある。部屋の端にはどこから持ってきたのかわからないソファや本棚も置いてある。佐伯や佐光が集めたものだった。

 閉め切った部屋は蒸していたので、窓を開けて室内をまた見回す。

「変わらないなこの部屋も」

俺が言うと佐光が何をという顔で言う。

「俺達が卒業して、まだ二年しか経ってない。そうそう変わらないだろ」

確かに佐光の言う通りだ。しかもあまり汚れていないところを見ると、佐伯がまだ使っているのが分かる。

「で、答え合わせは誰がやるんだ?」

俺は適当なパイプ椅子に腰かけて佐光に問う。

「そりゃ回答者は叶だ。正否は俺が判定する」

「一条がいないぞ」

佐光が何を言ってるんだという顔になる。

「今回の答え合わせに一条は必要ない。それに一条がいたら叶が正答しても報酬の話ができないだろ?そもそもあいつ、ここ入れないし」

それもそうだ。

「答え合わせなんて俺は好きじゃないんだけどな」

どこから話すかと少し考えるが、ふと思いつく。

「そもそも答え合わせなんて言い方はおかしいけどな。誰も問題なんて出してないし、須山の依頼は完了してる。俺が話すことなんてないだろ。俺は約束を果たされる側だ」

言うと佐光は不満気な顔をしている。ソファに座りながら溜息を吐く。

「確かに須山は告白できて、依頼としては完了。でもすんなり事が運んだわけじゃない。あの日誰が何を考えていたのか、お前はそれをはっきりさせたいんじゃないのか?だから答え合わせなんだ。俺は答えを知っている」

今度は自慢気に佐光が笑う。全くもってむかつく奴だ。

確かに答え合わせをしようと連絡が来た時、俺は自分の考えが合っていたか知りたい気持ちが大半を占めていた。

「あくまで俺の為ってことか、まぁいいや。ちゃんと全部答えろよ」

佐光は両手を大げさに広げて、もちろんと大げさなジェスチャーしてきた。いつかこの余裕を引っぺがしたいが、今はできない。

「まず今回の依頼者は須山だったが、倶楽部(仮)として受けた依頼者は須山だけだ。これは俺と一条に佐光全員が受けたと考えている。そこはいいか?」

「(仮)じゃないだろ。まあ、俺達三人が受けた依頼だ」

佐光は飄々と答える。

「でも依頼を受けたに関わらず、一条は瀬尾から、佐光は佐倉から各々個人で依頼を受けていた」

「俺が佐倉から依頼を受けてた証拠は?」

「ない。証拠もないし、多分としか言いようがない」

佐光は鼻で笑う。

「全然駄目じゃないか。想像ならなんとでも言える」

「今はな。でも確かめようと思えば、佐倉に聞けばいい。どうせ口止めしてないだろ。今回の顛末を話せば、人の好い佐倉はきっと教えてくれる」

「そうだな、まぁまだノーコメントだ。何で俺が佐倉に依頼を受けたと考えるんだ」

佐光は楽しそうだ。

「キッカケは瀬尾と一条がやり取りしていることに気づいた時だ。二人が同時にスマホを見ているのを見て疑ったが、あの六人の中でも同時にスマホを見ていた二人、佐光と佐倉だ。口に出さないように、メッセージ使ってやり取りしてたんだろ」

須山を観察する傍らで、二人がやけにスマホを見るタイミングが被るなと気になっていた。

 佐光は続きをとジェスチャーする。

「佐倉が佐光に依頼しているなら、目的は何か。恋愛がらみ考えると、相手は誰か。これが須山なら平和だったろうな、でも現実はそんなに甘くなかった。佐倉は森岡が好きだったんだろう?そして佐光はそれをサポートしていた」

なんなら、佐光は須山のサポートほったらかしで佐倉のサポートを全力でしていたくらいだ。

 須山が中々佐倉と会話に漕ぎつけないのは無理がない、サポートしてくれるはずの佐光は須山からすれば裏切り者だった。

「なるほど。でもおかしくないか、俺は須山から依頼を受けてるのに佐倉から依頼も受けてどっちつかずだ。俺は何がしたいんだ」

自分の奇行については責任を持ってほしいものだ。でもこれは奇行じゃない、佐光なりに収まりをつけようとした結果だ。

「それが今回の肝だ。佐光は何がしたかったのか。」

「聞かせてくれよ、二十面相」

ノッてる時のこいつは本当に煽りが上手い。

「そもそも須山からの依頼は一条から持ち込まれたもので、佐光が積極的に受けたものじゃない。予定にはない依頼だったんだろう。でも依頼を受けた、多分この時には既に佐倉から依頼は受けていた」

「何でそう思う?」

「それは後だ、オチに繋がるからな」

佐光はそうかと言って黙った。

「須山の依頼も受けて、佐倉との依頼を受けた佐光は二足のわらじだった。須山が佐倉に告白できるように手伝う反面、佐倉にもアドバイスをする。ただ佐倉にはそれほど積極的に動くようにしていなかった、須山曰く、遊園地の時に初めて森岡とは、ちゃんと話していたようだった。最低限、須山の準備が整ったところで、あの遊園地を提案した。佐光発案ならメンバーは好きに選べる、佐倉と須山に森岡は必要で瀬尾は一条から頼まれて加えた。二人は協力関係にはないと聞いていたが、ある程度の情報交換ぐらいしてたんだろう。ただ小坂は人数合わせで、今回唯一何も知らない人だ」

佐光が暇そうにしている。

「結局、俺の目的は佐倉の依頼の完遂か?」

「違う、なんなら佐倉の依頼すらも佐光の目的に利用された」

「舞台が整えられた遊園地では、須山に大分不利な状況だ。味方のはずの佐光は佐倉に味方し、イレギュラーな瀬尾からのアプローチ。この時点で佐光がやっていることは須山の告白の妨害でしかない。佐光の目的は須山の依頼の妨害か?いや違う、佐光はそんな不合理なことはしない。全員が落としどころをつけられる状況をつくるのが、佐光だと俺は知っている。最初は須山の妨害をすることで、須山に諦めさせるのが目的だと思っていた。だから昼明けに須山に『佐倉は森岡が好きらしい』と伝えたんだろう?須山が昼過ぎから告白諦めたの原因だ」

須山に障害と伝えたのは、一条をバックにつけた瀬尾のことを言ったのだが、思いがけず佐光にも当てはまっていた。

「正直あれは逆効果だったな。須山が開き直る可能性があった」

あれはミスだなとボソッと言っていた。

「だが結果的には、須山は全てを諦めて俺との連絡を絶った。こちらとしては絶望的だ。依頼の完遂なんて、この時点では不可能だった」

「でもお前はひっくり返した。大したもんだよ」

「それが佐光の狙いだった」

佐光は意味深に笑う、どうやら正解のようだ。

「俺が須山に諦めるなと、告白せずにいたら後悔すると激励することが佐光の目的だった。そうだろ?」

佐光は嬉しそうな表情になり指を鳴らす。

「正解。百点だよ」

キザなポーズが似合う男だ。

「佐光、お前は本当に性格が悪いやつだ」

「少しは心境は変わったか?須山にああ言っておいて、自分は逃げたなんて顔向けできないぜ」

「変わらないさ。俺は自分を曲げない、お前の望むような俺にはなれない」

佐光は不敵に笑う。今日は本当にコロコロ表情が変わる。

「まぁいいさ。今回はあれを言わせられただけで満足だ」

佐光のこの行動は俺にしか分からない。俺にあれを言わせたことが、どれだけの効果があったのか。

「ついでに、須山の告白ができなかったら依頼未達成にするつもりだったろ」

「本当についでだけどな。お前ならなんとかすると思ってたし」

全員の立ち回りを考えた上で、自分の目的を達成する。流石『フィクサー』といったところだ。

「俺は須山を焚きつけて、告白の舞台を整える為に佐倉と二人でアトラクションから出てきてくれとお願いした。佐光が協力してくれると思わなかったけどな」

佐光は何も言わない。

「アトラクションから出てきた二人とみんな分断して告白する時間を稼ぐには、なるべく遠くに行ってもらう必要があった。だから、二人には不良に絡まれてもらった」

「最初、俺はお前と一条が来てるのは知ってたが、どこにいるか分からなかった。まぁ一条は男装してるし、お前に至っては金髪にいかつい服装してるから見つけられないのも納得。須山に絡むまで気づかなかった」

佐光は愉快そうに笑う。

 当日俺と一条は、二人共依頼人になるべく気づかれないように支援できるよう、俺は金髪のウィッグをつけていき、一条にはボーイッシュな服装を依頼した。まさか男装してくると思わなかったが。

「変装した俺達に絡まれて須山達は走り去っていった。その後の詳しいことは俺も知らない。須山は振られたとしか言ってなかった」

「告白はちゃんとしたらしい、佐倉から聞いたが、あいつは意外とやる男だった」

佐光は満足気に言う。なんだかんだ須山のことは気にかけていたようだ。

 佐倉から依頼を受けた時点で、須山の失恋は確定していた。それでも須山の依頼を受けたのは、告白もできずにモジモジしている須山をどこか放っておけなかったからだと思っている。

 須山も結果的にフラれたが変わることができた、と言っていた。

「結局お前の思う通りになった。俺が二十面相ならお前はフィクサーだ」

「いつまで中学生の気分なんだよ」

佐光はそう言いつつも満更でもなさそうだ。

「森岡と佐倉はその後どうなんだ?」

「仲良くやってる、今度デート行くんだってよ」

「そうだろうな。森岡にも根回ししてたんじゃないか?」

「してない。森岡も元々佐倉が気になってたんだ。これは偶然だな」

不躾な視線を佐光に向ける。この男が絡む偶然は全て作られた必然にしか思えない。

「まぁ仲良くしてるならいい。須山と瀬尾もうまくいってるようだし一件落着。やっと本題に行ける」

佐光と一緒に伸びをする。

「一条の話だな」

そして佐光は話し始める。


八月十二日 十五時 佐光要


 叶は少し疲れているようだ。あれだけ話し続ければそうだろう。約束は約束。前に聞いた一条の話を聞かせてやることにする。とは言え、これは大した話しではなく、物語ならばエピローグにもならない。

「思ったよりちゃんとした理由だな」

話を聞き終えた後の、叶の第一声はそれだった。

「そうか?俺はそう思わなかったぞ」

「俺にとってはってことな。ところでここ何時までだ」

叶にとってはか、意味深な言い方だが価値観の違いによるものだろう。

 佐光は時計を見る。時間はそろそろ十六時になろうかというところだった。一条についての話しも雑談も挟みながらしていたので、意外と時間が経っていた。

「十六時くらいまでって言ってある。もう出ようぜ」

叶と二人で教室を出る。まだ辺りはかなり明るい、夕暮れはまだ先みたいだ。

 事務室で鍵を渡すと、事務員の方から今度佐伯先生にも会っていきなと言われた。是非と答えたが、俺はあの人が苦手、いやむしろあまり好きじゃない。

 あの人がどうとかではなく、これは俺の勝手な感情のせいだ。

「もう帰るか?」

叶は家の方向を指差す。服が汗臭いのが嫌なのか帰りたそうだ。

「今日は解散で。また今度飯でも行こうぜ、須山でも誘って」

「わかった、須山からも誘われてるし、ちょうどいい」

叶はそう言って去っていく。後ろ姿は何かのラストシーンのようだ。


 帰り道、真っ直ぐ家に帰るつもりになれずに、フラフラしているとスマホが震えた。画面を見ると須山からメッセージが来ていた。

『会って話しがしたい。今日会えないか?』

簡潔なメッセージ。昔の須山のメッセージといったら、要件に対して長ったらしい文章だったので短くしろと怒ったものだ。

それが今やこれ。俺の偏見でもあるが、短文を使いこなす男はモテる。

『今出かけてるけど、いつでもいいぞ。』

返信すると、それならと学校から隣駅にある広場を指定してきた。自転車に乗ってそのまま駅に向かう。少し汗くさいが、須山なら構わないだろう。

 電車から降りて、広場へ向かうと須山がベンチに座っていた。何か食べている。

「何食べてんの?」

声を掛けると須山は口に入ったたこ焼きが熱かったらしく、苦しんでいた。隣に置いてあったお茶を渡して落ち着かせる。

「サンキュ、丸々一個は熱かった。佐光も食べる?」

そう言うと須山は手元にある一船のたこやきとは別にもう一つ袋から取り出してきた。昼飯を食べてから大分経っていたので小腹が減っている。

「ありがたくもらう。わざわざ買ってくれたのか」

「自分だけ食べてるのもなんかね。お茶もはい」

小さなボトルのお茶も渡される。至れり尽くせりだ。

 少しの間、二人共喋らずたこやきを食べる。この時間に買い食いって、なんだか贅沢だと思う。

「俺はてっきり、お前に怒られるんだと思ってきたんだが」

「怒られる自覚はあるんだ。確かに酷いよね、佐倉が他の人を好きなら事前に言って欲しかったし、依頼するかも悩んだ。なまじ半端に応援してくれただけに、期待もしてたから余計に効いたよ」

そう言いつつ須山は穏やかだ、怒っている様子ではない。

「その割には落ち着いてるな」

本音を言えば罵倒されて罵られた方が、スッキリすると思った。

「でも俺は佐光に感謝してる。ありがとう色々応援してくれて」

「やめろよ。俺は目的の為にお前の気持ち、なんなら佐倉の気持ちも利用した。お礼を言われる筋合いはない」

一応俺は俺なりに、みんながなるべく傷つかない方法を選んだつもりだった。

 でも、叶にあの言葉を言わせることが大前提だった。それさえ捨てれば、みんながもう少し幸せになれる方法はあったのではないかと思う。

「昨日叶と少し話したんだ。だから佐光が何をしたかったのかも聞いた。叶は佐光に対して思ったことを言えばいいと言ってたよ」

「俺も叶から聞いた。でも叶の話を聞いた上でお礼なのか」

自分を騙していた相手に対して、お礼を言うなんて俺にはまるで分らなかった。

「当然だよ。俺は本当に何もなかった、でも佐光は変わるきっかけをくれて、恋愛もなんだかんだ応援してくれてた。佐倉が抜け出せるよう背中を押したり、周りにうまく言ってくれたり、ああいうものがなかったら、叶の策もうまくいかなかったかもしれない。だから俺は佐光に感謝してる、告白させてくれてありがとう。おかげで吹っ切ることができたよ」俺は自分が思い違いをしていることに気づいた。

この男は初めから強かった、俺なんかより立派な心を持っている。

 俺に出来たのは見た目をちょっと変えたくらいだ。

「そういってくれるなら俺は救われたな」

小声で言ったので須山には聞こえなかったようだ。

「何か言った?」

「いや、礼には及ぼないって言ったんだよ。依頼は完了で良かったか?」

「うん。ありがとう依頼を受けてくれて」

「当倶楽部をまたのご利用お待ちしております」

わざとらしく立ち上がってお辞儀をする。

「いやもう大丈夫だ」

須山は笑って、俺のたこ焼きのゴミも片付けて立ち上がる。気づけば辺りは夕暮れ時になっていた。

「そろそろ帰るよ。佐光、これからもよろしく」

須山はスッキリした顔をしている。

「依頼人ではなく、須山省吾としてってことな」

「もちろん、折角できた友達だと思ってるよ。また連絡するよ」

そう言い残して後ろ向きに手を上げて去っていく。去り方が叶と一緒で笑う、似た者同士な奴らだ。

 俺は須山に恨まれていると思っていた。でもそんなことはなく、須山は友達だと言ってくれた。依頼を受けたのも間違いではなかったなと、改めて思う。

 一人称が『俺』になった、新生須山の今後が楽しみだと考えながら、ぬるくなったお茶を飲んで駅に向かった。

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