第2章ー4
八月十日 十七時 須山省吾
時刻は十七時を回ったが、周りはまだずっと明るいままだった。
明日も部活やバイトがある人もいるので、今日はあまり遅くならないうちに帰る予定だ。帰りの電車を計算に入れると、乗れるアトラクションは後一つや、二つだけになるだろう。
昼からは誰と何を話したのかあまり覚えてなく、ぼんやりしている。熱中症だろうか。いやそうではない、昼に告げられたことがずっと気にかかっている。
叶には悪いが、告白する気なんてとっくに消えていた。ふっきれたおかげで、佐倉だけでなくみんなと壁を感じずに話すことができた。
全てがどうでも良くなっていたが、なんだかんだで楽しい一日だった。
「そろそろ、時間もなくなってきたし。アトラクションも後一個か、二個くらい乗ったら帰ろうか」
そう誰かが言い、終わりが近づいていることがわかる、最後に佐倉と少しでも話せれば今日は満足だ。
「パレード見れないのは残念だねー」
小坂が残念そうに言う。
「じゃあパレードっぽいアトラクション行こっか」
瀬尾がパンフレットを見ながら言う。瀬尾がこれは?と聞いているアトラクションは乗り物に乗りながら、人形達のミュージカルを見れるものだった。
「おお、賛成!」
小坂が嬉しそうに言うと、男性陣も賛同する。六人で連なってアトラクションに向かう途中に佐光から提案があった。
「次のアトラクション二人乗りだったよな。事前に組み合わせ決めて乗ろうぜ」
「どういう組み合わせにする?」
小坂が聞くと、全員顔を見回している。ここで佐倉を指名すれば二人きりになれるが、佐倉は森岡と二人で乗るだろう。
「須山は誰と乗りたい?」
佐光に聞かれるが答えは決まっている。
誰でもいいと答えようとした時にふと視線を感じた。佐光の目がいつになく冷たい、心を読まれているようだ。
でも俺はもう諦めた。
「誰でもいいよ。俺は」
佐光の目をまっすぐに見て言う、佐光は静かに目を閉じた。
「じゃあ私は須山くんと乗ろうかな」
瀬尾がこっちを向いて言う。今日はなんだか瀬尾が積極的だ、俺が好きなのかもしれない。なんて妄想に浸りたくもなってくる。
「じゃあ私は森岡と乗ろうかな。今日あんま一緒に乗ってないし」
と小坂が森岡に向かって言っていて、森岡も頷いている。
「じゃあ残った佐倉と俺がペアだな」
佐光がそう言うと、一瞬佐倉が悲しそうな表情をしたのが見えた。だが今となってはどうでもいい。
「おお、意外と並んでないね。十五分くらいで入れそう」
アトラクションの列を眺めている小坂が言う。確かに列は短く、パレードおかげで人が少なめになっている。列に並び始めた時にポケットの中のスマホが震えた。叶からのメッセージだろう、昼からも何か来ている様子だったが何も見ていなかった。
もう彼のアドバイスも意味がない。
しかし今度は振動が止まらない。別件の電話かもしれないと考え、ポケットからスマホを取り出して画面を確認すると、叶から着信が来ていた。
見た瞬間に電話が切れたので、どこかでこちらを見ているようだ。着信画面が消えて、最新のメッセージが画面に表示されている。
『一発逆転の方法がある』
八月十日 十七時二十分 叶真澄
須山の姿を見ていると、どうやら完全に諦めているようだ。
普通に今を楽しんでいる。佐倉へのアピールなど関係なく、誰とも分け隔てなく。
一条から聞く限り、これから乗るアトラクションが最後辺りらしい。
一条には瀬尾との連絡を取り続けさせて、あちらの状況を把握する為の連絡役にした。瀬尾と連絡を取っていることを最初はしらばっくれていたが、今では隠すつもりはないようだ。先ほど、俺がした話でこちらの考えに賛同し、協力体制になってくれるようだ。
「須山君、電話でない?」一条が少し不安そうに聞く。
「ああ。完全に諦めてるからか、出てくれない」
とにかく、今は須山がこちらの話を聞いてくれないと、どうにもならない。
横で一条が携帯を操作すると、須山から連絡が返ってきた。
『少し待ってくれれば、電話できるから折り返す』
「一条どっちに連絡した」
「さぁね」
一条が佐光か瀬尾に須山が電話にでるように、仕向けたのだろう。
須山から電話が来るまで、待つことにする。
「佐光と組んでるのか?」
一条に尋ねると、首を振る。
「別に組んでない。佐光君と私は別」
「どっちにしろ後で説明しろよ」
「わかってる。悪気はないよ、佐光君も私も」
「それは俺も分かってる」
よくある話だ、皆それぞれの正義と悪は常に表裏一体なんだ。
しばらくすると、携帯が震えて着信表示される。須山からだ。
「もしもし」
「須山だけど、叶くん悪いけど俺はもう無理だ」
須山の声には落胆の色が滲んでいる。
「須山に何があったかわからない。でも俺は依頼を受けた以上、須山の力になるべきだと思う」
「依頼は取り下げでいいよ」
あっさりと言う、須山に未練などは感じられない。心が折れているのか、諦めているのか。どうにせよ、このままで言いわけがない。
「悪い、依頼は建前だ。私情を踏まえて正直に言う。須山が佐倉のことが本当に好きなら、告白しておいた方がいい。それが例え絶対に振られるとしても、ここで言わなければ必ず後悔する。今じゃなきゃ駄目なんだ」
「なんでそんなこと叶君がわかるんだよ。振られるのに、なんで告白しなきゃいけないんだ。もういいよ」
「区切りをつける為だ。ここで出来なきゃ、いずれ後悔する。私情を踏まえると言ったろ?俺がそうだったから分かる。須山には同じ思いをして欲しくないんだ。自分のエゴを貫き通して欲しい」
思わず出た言葉は、過去に封印したはずの気持ちだった。自分の隠したかった気持ちを引っ張りだされた気分だった。
「でも今の状況じゃ、やっぱり無理だ。二人きりとかにならないと」
黙っていた須山が、少しでも告白に乗り気な姿勢を見せる。
「大丈夫、言ったろ?一発逆転の方法があるって」
「一発逆転の方法って?」
「説明する」
それから須山に考えた方法の詳細を説明する。
「これ俺が頑張るやつだ」
須山がしみじみと言うので、笑ってしまった。
「当たり前だろ、須山の告白なんだから」
八月十日 十七時四十分 一条真希
「須山くん、ちゃんと来るかな」
叶は隣でアトラクションの出口を真剣に見ている。
「わからない。でも全力で探してくれ」
言われて、私も同じように出口を凝視する、すると二人組の男女が目に入る。
「出てきた。須山くんともう一人」
「もう一人は?」
「佐倉さんよ」
八月十日 十七時三十分 佐倉奏
最後のアトラクションは、二人乗りの船のような乗り物にのってクルーズしながら人形のミュージカルを見るものだ。私と佐光は一番手だったので、ゴールで他のみんなを待つ。
「面白かったね」
アトラクションを降りて、隣の佐光に声を掛ける。
「意外と面白かったな、もっと子供だましだと思ってた」
正直、私より楽しそうだったのは秘密にしておこう。乗る前は少し元気がなかったので、安心した。
「元気でたみたいだね、良かった」
「別に、元気がなかった訳じゃない」
佐光が拗ねたように言う。
「ふーん」
からかうように言うと少しムッとした顔になる、佐光の意外な一面が見れて少し嬉しい。出口の手前で後続のメンバーを待つ。
「後の人達はどれくらいで来るかな?」
「五分くらい?そんなに遅くはないはず」
佐光が携帯を見ながら答える。真剣な顔をしているので話かけるのはやめて、自分も携帯を見る。
メッセージアプリを開くと、母親からいつ帰るのかと一件メッセージが来ていたので遅くならない内にと返信をした。ウチの親は未だに過保護で、門限を九時としているおかげで、今日も早めに帰らなくてはいけない。佐光が明日も予定があるからと、早めの解散を誤魔化していてくれたが、私の門限のせいがほとんどの理由だ。
メッセージ一覧に戻ると、昼頃に佐光とやり取りした履歴が残っている。みんなの前では話しづらいことは、ここでやりとりしていた。
「佐光くん私ね、」
「須山達、来たみたいだ」
同時に喋ってしまい、私の声はかき消された。
「何か言った?」
「ううん、なんでもない。本当だ由宇ちゃん達見えるね」
二人がこちらに向かってくる、しかし少し様子がおかしい。
須山が瀬尾に何かを話しかけると、こちらに駆け出してきた。不思議に思っていると、私の方に向かってきて、須山が軽く息を弾ませながら、腕を掴んだ。
「佐倉さん、ちょっと話いいかな?」
急に言われて困惑する、ただ須山の顔はいつになく真剣だった。
「どうしたの須山くん?」
「ちょっと一緒に来て欲しい」
私が困っているのを察してか、佐光が背中を押してくれた。
「佐倉、行ってきな。皆には俺から言っておく」
佐光へありがとうと伝える。
「わかった。須山くんいいよ」
須山が私の手を引こうとして、立ち止まり、振り返って佐光に言う。
「佐光、ありがとう」
言われた佐光が驚いて、少し笑ったのがわかった。
八月十日 十七時二十五分 須山省吾
先ほど叶から言われたことが、ずっと頭の中で反芻している。俺はどうしたいのだろう。
振られることがわかっているのに、告白するのは迷惑じゃないだろうか。
叶の言う通り、俺はエゴを貫き通した方がいいのだろうか。笑い声が聞こえて、反射的に顔をあげる。
そこには佐光と笑う佐倉の姿が見えた。佐倉を見ていると、初めて出会ったときのことを思い出す。
佐倉とは吹奏楽部に入部したときに初めて会った。部内の同級生の中でも佐倉は、地味で目立ないようにしているが、贔屓目を差し置いても、とても可愛く見えた。
でも部活以外の用事で話すことはなく、佐倉にとっての俺は吹奏楽部員の一人でしかなかっただろう。
部活の用事でもなんでも、少しでも話すことがあれば浮かれるし、姿を見かけるだけでも嬉しかった。おっとりとした佐倉が大好きだった。
中学の時から恋愛なんて無関係だと決めつけて、そんなこと積極的に考えることなんてしなかった自分が、好きな子ができて告白するかどうか悩んでいる。
俺は少しでも変われただろうか、嫌いだった自分から。いや、俺はまだ変わっている途中だ。
振られるだろう、迷惑かもしれない、それでも俺は自分のエゴを貫き通す。佐倉のことが好きだというエゴを。
その為にはまず二人きりなりたい、叶からはアトラクションを出る時に、必ず佐倉と二人きりで出てきてくれと言われた。
そして、その後は逃げろとの指示だったが、一体何故だろう。
八月十日 十七時五十分 佐倉奏
アトラクションの出口では、手を引いたまま須山が周囲を見回している、どこに行くのだろう。
先ほど須山に尋ねたが、話しやすそうな場所を探すと言われた。連れ出したということは二人で話しをしたいというのはわかる。
何の話しだろう?と考えていると、前方から男の子二人組が近づいてきた。
一人は少年のような顔立ちだが、金髪でダボっとした服をしたマイルドヤンキーだ。もう一人は帽子を目深に被って、ビジュアル系バンドのような服装をしている、ちらりと見える顔は整っている。
「こんばんわ、お姉さん綺麗だね」
帽子の子が話しかけてきた、まるで須山など見えていないかのように。いい声をしている。
「ちょっちょっと」
須山が間に入ろうするが、二人は気にしている様子はない。
「僕ら二人で来てて、結構寂しくてさ。お姉さんが来てくれると、凄い楽しいと思うんだけど、一緒に遊ばない?」
帽子の子が距離を詰めてくる、男の子にしては少し高めの声をしている。
同い年ぐらいだと思うが、随分色気のある声質だ。どうにかして逃げたい、ただ須山も金髪に絡まれていた。
「オニーサン、悪いけどお姉さん借りるね。後で返すからさ」
金髪の男が須山に詰め寄っていた、意外にも須山は引かない。
「悪いけど、君達には渡せない。佐倉さん行こう!」
そう言って私の手を取って、須山が駆け出した。
「走って!」
須山が叫ぶ。私は今日ヒールを履いてこなくて良かったと思う。
「おい、待てよ」
金髪と帽子の男が追ってくる。
私達は人混みに紛れながら遊園地を走る。時折後ろを気にして振り返ると、お城のオブジェクトが見えて、まるでお城から連れ出されるお姫さまのようで笑ってしまった。
三分程走ると、人混みのおかげか、あの二人は私達を見失ったようで誰も追って来てはいなかった。
私達は気づけば噴水のある広場まで来ていて、噴水近くのベンチに座る。
二人で息を弾ませ、ふと須山を見ると目が合い、どちらからともなく笑った。
「なんかドラマみたいだったね」
「私ナンパされたの初めて。男の子に手を引っ張られて逃げたのも」
「ビックリしたよ。必死で逃げてしまった」
そう言う須山には、怯えとかは感じられなかった。
「須山意外と頼もしいね。さっきも引かなかったし」
須山は少し照れている用だ。
「いやそんなことないよ。咄嗟に走っちゃって大丈夫だった?」
「大丈夫スニーカーで良かったよ。二人組にナンパするなんてある意味、勇気ある人達だったね」
「俺が見えてないみたいだったね」
須山がなんだか残念そうで、二人してまた笑う。
「みんなからはぐれちゃった」
「うん。佐光にメッセージ送っておいた」
「それで?お話って?」
須山にとって不幸中の幸いだろうか、結果的には二人きりだ。
須山はいつになく真剣な顔になった。
八月十日 十八時 須山省吾
日が少し暮れてきた。横には噴水、目の間には佐倉がいる。
叶のおかげでシチュエーションは完璧だ。いざこの時がくると緊張して、言葉がうまく出てこない。
先ほどのアトラクションに乗っている中、ずっとどう言うのか考えていた。でも今では頭が空っぽだ。
「須山、大丈夫?」
中々言葉を発さない僕を心配そうな顔で佐倉が見ている。
「佐倉とはさ、部活とかで話したりしてたけど、こうやって二人で喋るなんて中々ないよね」
駄目だと思い一度誤魔化す。
「そうだね、中々新鮮。それに須山今日はいつもと雰囲気違うし」
「雰囲気違うか。変わりたかったから、そう見えるのは嬉しい」
「なんで変わりたかったの?」
佐倉は僕をまっすぐ見ている。
「佐倉に見て欲しかった、変わった僕を。佐倉の事が好きなんだ」
途端に噴水が水を噴き出した。
「「うわっ!」」
勢いよく水を吐き出す噴水を見て、佐倉と顔を見合わす。佐倉は口を開けて呆然としていて、僕も同じ顔をしていた。
お互い顔を見合わせて吹き出した。
「あはは、凄いタイミング」
「本当に。僕はつくづくタイミングが悪いみたいだ」
「中々ロマンチックだったよ、さっきもお城から連れられるシンデレラみたいで」
「それなら佐倉にとっての王子様は誰?」
佐倉は今までで一番穏やかな顔をしていた。
「須山くん、ありがとう。気持ちは凄く嬉しい。でもごめんね、その気持ちには答えられない」
言葉を必死で選んでくれているのが伝わる、気づけば噴水の勢いは弱まっていた。
「そっか。ありがとう、ちゃんと答えてくれて嬉しかった」
凄いな、こんな気持ちになるのか。こういう気持ちを失恋というんだな。
佐倉は何も言わずに隣にいてくれている。優しい人だ、彼女の気持ちが報われるといいなと、僕は勝手に彼女の幸せを願った。
「ああ、無理だと思ってたけど。やっぱ悔しいわ!」
僕が突然声を上げたのを見て、佐倉は驚いている。
「ビックリした、急に声あげないで!」少し怒っていて、肩を叩かれる。
「ごめん、佐倉も頑張ってね」
「何が?」
「森岡が好きなんでしょ?」
佐倉は分かりやすく動揺している。こういうところがまた可愛いなと思う。
「何で知ってるの!」
佐倉は驚いているが、答えは簡単だ。
「佐光に聞いた。お昼ご飯食べた後に教えてくれたんだ」
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