第2章ー3

八月十日 八時三十分 須山省吾


 勝負の当日、集合は遊園地『ビックノイズ』の駅に九時集合。緊張してほとんど寝れず、集合の二時間前には支度が完了してしまった。

 この日に向けて叶や一条が見繕ってくれた服や、佐光に教わった髪型をセットした。

鏡を見て改めて驚いた、髪型や服装でここまで人は変わるのかと。

 今日の目標は、佐倉さんと恋人ないし友達になること。まずは佐倉さんには僕という存在を、認識してもらわなければならない。今はただの知り合い、吹奏楽部の男子の中の一人なのだ。

 佐光曰く、相手の印象を変えるには第一に外見、二つ目に会話だそうだ。

「遊園地ていうのはな、八割アトラクションの待ち時間になる。その時間を最大限に生かして話せ」

時間を如何に活用することができるかが、今日のカギとなる。正直、緊張して普通に話せるかどうかすら怪しいと思うが。ただ、会話のコツや話題の出し方は教わった。後は自分自身を変えるしかない。

 集合場所には二十分前に着いた。早めに来て、気持ちに余裕を持っておけというのが佐光の教えでもあった。

 だが、気持ちを落ち着けようと思っていると、目を疑った。佐倉さんがこちらに近づいてきていた。集合時間よりずいぶん早い、まさか同じ考えではあるまい。

 いつ声をかけようか考えていたが、向こうから声をかけてきた。

「須山くん?おはよう!」

疑問形なのは、僕が恐らく普段見慣れない私服だからだろう。

「おはよう!」

佐倉はショートパンツにTシャツというラフな服装をしている。女子の服装についてよくは分からないが、とにかく可愛い。普段の制服姿とは、全然印象が違う。

 ここは服装について褒めるべきなのか、何を言えばいいのか。

「少し早く来すぎちゃった。なんか緊張しちゃって」

グダグダ考えているうちに、佐倉が話しかけてくれた。

「わかるよ。僕もなんか緊張しちゃって、早く目が覚めた」

「そっかじゃあ一緒だね」

少し照れて笑う彼女はとても可愛い。これだけで今日来たかいがあったというものだ。

普段人に囲まれている彼女でも、みんなで出かけるのは緊張するのか、なんだか意外だ。

「佐光くんに誘われたんだけど、普段あまり話したことないからびっくりしちゃった。私はあんまり付き合いないけど、須山くんは仲いいんだね」

確かに今回は急な誘いにも関わらず、よくみんな集まったものだ。特に吹奏楽部と佐光のグループなんて、付き合いなんてないに等しい。

 唯一、小坂は吹奏楽部の元気枠として色んな人種と幅広く付き合いはあるが佐倉、瀬尾、僕の三人は仲間内でおとなしく暮らしている。

 佐光ような人と僕が付き合いがあるなんて、佐倉としても意外だろう。

 いつもなら自分を卑下するようなところだが、佐光のスパルタメンタルトレーニングにより、そんな気持ちを持つことはなくなった。

 佐光の教えは一貫して、「ミジンコだろうと這い上がれ」だった。

ど れほど自分が卑屈になろうと世界は変わらない、それなら例えミジンコでも這い上がる意志を見せろとのことだ。

「お前はミジンコだ!ミジンコなりの根性を見せろ!」心の中の佐光が叫ぶ。

 トレーニングにより、脳内佐光を生み出すことに成功したが、時に圧が強すぎて逆に心が折られそうになるのが、難点だった。

 そんなことより、佐倉と二人で話せる時間は僕には大事なチャンスだ。

「佐光とは最近仲良くなったんだよ。あいつ意外にクラシックとか聞くんだよ?」

「そうなんだ!確かに意外だね。クラブで踊ってそうなのにね」

「確かにEDMとか好きそう」実際は倶楽部で僕を躍らせてるんだけど。

その後も、意外に佐光の話題で盛り上がった。なんだか初めて、心から佐光に感謝した気がする。

「よ、二人とも早いな」

佐光と後ろにいるのは森岡だ。高身長さわやかイケメンが二人並ぶと絵になるが、気後れする。佐倉がすぐに挨拶する。

「おはよう!今日はよろしくね!」

佐倉さんの笑顔が心なしか、二十パーセント増しの笑顔になった気がする。

「よろしく!あんまり話したことないと思うけど、俺は森岡。こっちは佐光」

「佐光くんは知ってる。森岡くんよろしくね」

「佐光は有名人だからね、色々噂があったりなかったり、、」

森岡はニヤニヤしながら横の佐光を見るが、そんな森岡を佐光はにらむ。

「適当なこと言うなよな」

「ふふ、佐光くんもよろしく。須山くんは、佐光くん知ってるよね」

「最近話すからなわかるよ。な、須山」

「おう、おはよう」

倶楽部のことは基本的に秘密なので、佐光とはただの友達となっている。普段話もしない二人が友達というのも無理な気がするが、そのまま押し通すらしい。

「あれーみんな早いね!おはよう!」

少し遅れて、吹奏楽部元気枠の小坂がやってきた。元気っ子なだけあって、声が大きい。

 そして、最後の一人は小坂の背に隠れるように現れた。

「お、おはようございます。」

瀬尾は気恥ずかしそうに挨拶した、と思う。何せ声がちいさく聞き取れない。

 瀬尾は普段から声が小さいが、今日は一層声が小さい。

「みんな揃ったなら行こうよ!」

小坂の声でみんなで『ビックノイズ』の方へ向かっていく。

こうして長い一日が始まるのだ。


八月十日 九時三十分 須山省吾


 『ビックノイズ』に到着したのは九時三十分頃。

移動中は男子・女子それぞれでしゃべり続けていたので、あまり佐倉さんとは話せなかった。

 佐光と森岡と俺の三人で喋っていたが、佐光と森岡が話しているところに相槌をするくらいしかできていない。佐光ならまだしも、初対面の森岡と話を弾ませるのは、難しい。何か共通の話題があればいいのだが。

 佐光は佐倉さんにアピールしようとしない、俺に何も言わなかった。佐光のことだから無理やり話しかけさせようとするものだが、現地に着いてから、色々とけしかけてくるかもしれない。

 夏休みだけあって、園内は賑わっていた。入場チケットを買うだけで凄い行列ができあがっている。これは入場まで大分時間がかかりそうだ。

 この炎天下の行列を並ぶのは中々大変な気がするが、吹奏楽部員は体力づくりを余儀なくされるので、そこまで危機感はなかったし、森岡もサッカー部なので大丈夫そうだった。

 ただ一人、現実に気づいた佐光がこの世の終わりのような顔になっていた。


 結局並んだのは三十分程で、チケットを無事買うことが出来た。入場口に並んでいると隣から話しかけられた。

「また、凄い並んでるね」

気づけば隣には瀬尾がいる。

 先程まで、佐倉の隣をキープしようとしていたが、いつの間にかすり替わっていた。

「だね。熱中症になりそうだ」

「こまめに水分とらないと。でも風があるだけマシかも」

「確かに。普段閉め切った教室で練習してるからね」

滴る汗を拭う、日差しがキツイが耐えられない程ではない。

吹奏楽部はインドアな部活と思われがちだが、体育会系な部分もあるので、意外と体力があったりする。

 恐らく、吹奏楽部、サッカー部は存分に楽しめるだろう。

「森岡くんも暑さに強そうだね」

俺たちの会話を聞いていたのか、後ろで佐倉が森岡に話しかけている。マズイ、俺も会話に混ざらないと。

「須山君、なんだか今日は普段と違うね」

会話に割り込もうとした時、瀬尾からまた話しかけられた。タイミングを失ってしまった。

「そうかな。私服だからじゃない?瀬尾も普段のイメージと違うよ」

瀬尾から普段と印象が違うと聞けたのは朗報だ。佐光のドSトレーニングと叶達が源泉した服装のおかげだ。

 瀬尾もいつものイメージと違って、私服はふわふわヒラヒラした服装かと思ったがホットパンツにTシャツといったボーイッシュな恰好をしている。こんなに脚を出す服装にしているのは、正直意外だったが、似合っている。

「そうかな、私服で会うことなんてあんまりないもんね。でも須山君は最近なんか変わった」

そう言って、瀬尾は少し俯く。

「そう?でも変わりたかったから変化が見えてて嬉しい」

つい本音がでてしまった気恥ずかしさから、瀬尾の方が見れない。

 前方では暑さに耐えている佐光とは会話できないと悟ったのか、横から小坂がこちらの会話に加わってきた。

「本当に須山変わったよね!前はモジモジウジウジではっきり喋りな!って感じだったのに。今じゃ普通に喋ってるからね」

「失礼だな。そんなにモジモジしてなかった」

「いやいや、今みたいにすぐ言い返す感じでもなかったし。成長したね~」

頭を撫でようしてきたので払いのける。横で瀬尾が駄目だよと、小坂を窘めている。

 瀬尾が少し不機嫌そうに見えたが、気のせいだろうか。

「開門した!!列が動き出すぞ!」

佐光の声が周囲に響く。

あまりに必死な声なので、僕たちはみんなで噴き出してしまった。


八月十日 十一時 一条真希


「暑い」

真夏の遊園地は何故こんなに暑いのか、人混みも相まって余計に暑く感じる。私がこんなに暑い思いをしているのに、隣にいる男は涼しい顔をしている。

「暑くないの?」

「暑いよ。今すぐ帰りたい」


「そう見えないんだけど」

「汗かいてるだろ」

なるほど、本当に暑いらしい。返しがいつもより雑だ。

 会話をしながら時折、視線を外して佐光たちを見る。佐光と佐倉が会話していて、その他メンバーはみんなで話している。

 聞いたところだと、あのメンバーと森岡は初対面のはずだが、意外となじんでいる。

「須山君、中々佐倉さんと二人で喋れてないね」

「それなんだけど」

叶が私の方に怪訝そうな視線を送る。

「一条さ、須山の事邪魔してない?」


八月十日 十一時 叶真澄


 もうそろそろ午前中が終わろうかという時間だが、須山は佐倉にほとんどアピールできていない状況だった。

 須山にも問題があるが、それ以上に気になることがあった。その疑問を先ほど一条に向けたが、「そんなことないけど」とのこと。

 しかし、明らかに会話が少なくなったので答えはイエスだろう。不明確な部分が多いので追及はできないが、一条が何か企んでいるのは確かだ。

 これは須山だけでなく俺も頑張る必要がありそうだが、それが一条の策略だとも考えられるので素直に従うのも癪だ。

 そもそも倶楽部は相談や助言をするもので、情報収集の為に多少活動することはあっても倶楽部のメンバーが本人たちに直接介入することなんてなかった。

 つまり俺が頑張ること事態がおかしい、俺達は黒子に徹するべきなのだ。

なんてことを考えながら一条に言う。

「昼ごはんたべよう」


八月十日 十二時 須山省吾


 気づけば早くも十二時になっているが、今のところ、何の成果もだせていない。

実際佐倉とは、朝の最初の会話からは、ほとんど二人で話せていない。見えない力に邪魔されているとしか思えない。

 園内に入ってからすぐに佐光が休憩しようと、いつになく真剣な顔で言っていたが、みんなに却下され折衷案で室内のアトラクションを乗ったりしていた。

 室内にあるアトラクションは『ビックノイズ』の売りである、絶叫系ジェットコースターと違って、それほど並ぶことなく色々と乗ることができた。

 ただ並ばなかったということは、それだけ話す時間も少なかったということだ。先ほどのアトラクションは、比較的動きの激しいアトラクションだったので、女性陣はトイレに行っている。

 先ほど佐光に、「女子はよくトイレに行くんだな」と言ったら冷めた目で「お色直しってわかるか?」と言われた。

 佐光に今の現状を相談しようかと考えていたが、森岡と談笑している。

「結構かわいいね」

「ああ、色々話してたみたいだけど印象変わったろ?」

「うん。もっとおとなしいイメージだったけど意外と明るい子だった

どちらの話だろうか、おとなしいと言うくらいなので瀬尾か佐倉のことだろう。小坂には正直大人しいというイメージはない。

 二人の会話を横で聞きながら携帯をいじっていると、叶からメッセージを受け取った

『二人から離れてくれ。電話をする。』

電話?午前中の失態を怒られるのだろうか。二人にバイト先へ電話すると、告げて少し離れる。

「もしもし、叶くん?」

「須山、あんまり時間がないから手短に伝える」

「え、何を?」

「今日ここに邪魔でも妨害でもない、障害がいる」

「障害?何それ?」

「そこに関しては考えなくていい。ただ佐倉に告白することは忘れるな。必ず告白する、それだけを考えて今日は行動するんだ。以上、女子が帰ってきた、早く戻った方がいい」

「ちょっと!」

ブツンと電話が切れた。佐光達の方を見ると、確かにみんなもう集まっている。

 頭が回らない。ふらふらとみんなの元に向かう。

「須山、大丈夫?」

小坂が僕の顔を見て、心配してくれている。

「ああ、大丈夫。大した電話でもなかった」

「そういう顔してないんだけど」小坂が訝し気に、また俺の顔を見る。

「須山の休憩がてら、お昼にしない?」

小坂が気を遣ってくれたのか、みんなの顔を見ながら訪ねる。

「そうだな。その辺に入るか」と佐光が言う。

全員口々にそうだねーとかいいよーと同意をする。

とにかく食事をしながら考えることにする。

 何故急に叶がそんなことを告げてきたのか、障害とは何かと大量の疑問がよぎる。

 しかし、考えるなと叶が言うならそうなのだろう。事前に叶から、何か不測の事態が起きた際はすぐに切り替えろと言われていた。

それでも障害とはなんだ?切り替えきれない気持ちを抱えながら、みんなの後をついていく。


八月十日 十二時三十分 ???


『結構話せてるみたいで良かったね』

『うん、凄い楽しい。本当にありがとう、わざわざ来てくれるなんて思わなかった』

『いいよ、こっちも遊びたかっただけだから』

『そうなの?(笑)、もっと頑張ってみるね』

『陰ながら応援してるよ』


八月十日 十二時三十分 須山省吾


 昼食は近くに入ったハンバーガー屋に入った。『ビックノイズ』はどのエリアでも食事を食べられるようにと、各地にお店が色々ある。

 場所によって、ハンバーガー、ピザ、パスタ等があるが、一番人気はパスタで名物はナポリタンらしい、それを求めてここまで来る人もいるとかいないとか。

 僕たちが入ったハンバーガー屋は確か三番人気だったハズだ。事前にリサーチしたが、適当に近いところに入るならあまりリサーチは意味がなかった。

 ただ、昼食の席は佐倉の対面に座ることはできた。六人の中で二人だけで話すのは難しい気もするが、何とかしたい。

「佐倉、意外と食べるね」

佐倉が持ってきたトレイには、二人前のハンバーガーセットが載っている。

「瀬尾ちゃんの分も持ってるから!」

眉間にしわ寄せて怒っている佐倉もかわいい。

「冗談だよ。瀬尾は?」

「お手洗い行ってる」

「須山、体調大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫。ちょっと暑さでクラっときただけ。佐倉は大丈夫なの?」

「うん大丈夫。ふふっ」

「何だよ?」

「いや、くん・さんづけ禁止って新鮮だなぁって」

そう、午前中佐光の提案により、くん・さんづけは禁止にすることになった。

 こっちの方が距離感じなくていいだろうとのこと。確かに今までよりなんだか話やすくなった気がする。気恥ずかしさもあるが、これは佐光に感謝だ。

 しかし、午前中もそうだったが、今日は佐光がほとんど話しかけてこない。森岡とは話してはいるが、俺とはほとんど喋ろうとしない。一体何を考えているのか。

 瀬尾が戻り、佐倉に礼を言って座る。

みんな全員揃うのを待っていたようで、全員いることを確認して各々食べ始める。

「須山、体調戻ったみたいだね。良かった」

隣に座る森岡がハンバーガーをかぶりつきながらで言う。

「ありがとう。悪い心配かけたみたいで」

「大丈夫、大丈夫。この暑さだから、運動部でもキツイよ。これは」

「俺が耐えてる内はみんな大丈夫だろ」

佐光が疲れた顔で言う。

「佐光が一番体力なさそうだもんね」

小坂が笑っている。

「お前たちみたいに、炎天下でサッカーやら楽器吹いたりしないんだよ」

不機嫌そうにスマホをいじりながら佐光が言う。

「佐光くんは部活しないの?」

佐倉が不思議そうに聞く。

「ああ、運動はいいや。文化部も興味ないし」

「佐光はバイトしてるしね」

森岡が佐光を見ながら言う。

「まぁな」

佐光は帰宅部だが、アルバイトをしているので忙しい。と前に聞いたことがある。

「へぇ、何のバイトしてんの?」

小坂はハンバーガーを平らげたようでポテトをつまんでいる。驚異的な早さ。

「個人経営の喫茶店だよ」

「知り合いの人が店長さんなんだよな」

森岡が嬉しそうに言う。

「ああ」

空返事だが、これ以上の追及を許さない顔をしていた。

「森岡は中学からサッカー部なの?」

特に興味はなかったが、話題そらしの為に聞く。

「いや、小学生の頃からクラブチームでやってたよ」

「長いね。うちの高校は強いイメージあるから、普通にやってるだけでも凄いけど」

「いやいや吹部も強いでしょ。須山達の方が凄いじゃん」

「そうかな、ありがとう」

森岡に褒められて、なんだか素直に嬉しくなってしまった。不思議な男だ。

「何普通に喜んでんの?」

小坂がニヤつきながらこちらを見る。

「お世辞でも嬉しいもんは嬉しいよ」

「まぁそうだね。ありがとう森岡、応援で演奏するのは野球部ぐらいだけどサッカー部も心で応援してるよ」

「少人数でも応援演奏してくれてもいいよ?」

「四人じゃ映えないでしょ」小坂が言うとみんなが笑う。

なんだかいい雰囲気だ。

 午後も頑張れそうな気がする、叶から何だかよく分からないことを言われたが、元気がでて大丈夫な気がしてきた。

 みんなの食事が終わり、どこを周るかみんなで話しあった。

 佐光がまたしても、室内のアトラクションばかり行きたがっていたが、抵抗虚しく今度はメインのジェットコースターを選ぶことになった。

「みんな食べ終わったみたいだし、そろそろ行こっか。須山は大丈夫?」

「うん、大丈夫。ご心配おかけしました」みんな立ち上がって、店をでていく。

俺も店を出ようした時に後ろから声をかけられ、声の主は俺にあることを告げた。

 店を出た後に小坂がこちらを見て言う。

「須山なんかまた顔色悪くなってない?」


八月十日 十五時 叶真澄


 昼食を終えて、六人はアトラクションを楽しんでるようだ。午後は屋外のジェットコースターを中心に乗り回している。見ている限り、須山は楽しそうだ。

 佐倉とも普通に話せているし、昼過ぎからは吹っ切れたように見える。改めて須山は頑張っているなと思う。

 吹奏楽部という女子が多い部活動にいても女子に慣れず、自信をもっていなかった男がわずかな期間で、見た目を変え、話し方や雰囲気を変えてきた。

 今日だって初めて好きな子と、遊びに来ているんだ凄い緊張だろう。

 必ず告白しろなんて、余計にプレッシャーをかけてしまったが須山は自分にできることを全力でしている。

 乗り掛かった舟というのもあるが、須山は自分に似ている部分が少なからずある。依頼者だが、それより個人的な気持ちで須山の後押しをしてやりたいと思う。

「一条、そこで休憩しよう」

近くのベンチのある、小スペースを指差す。

「いいけど、お昼みたいに急に消えないでよ」

昼食を提案して席に座った直後に、須山に電話をかけるため、ふらっと席を立ったことを根にもたれている。

「消えない」

「ならいいけど。何か食べる?」

「買ってくる、ソフトクリームでいいか?」

「バニラ」

「了解」

ソフトクリームの屋台はちょうど人は並んでいなかったので、早く買う事ができた。ソフトクリームを持って一条の元へ戻る。

「ありがと。いくらだった?」

「お金はいい」

「太っ腹だね。ありがたく」

一条がソフトクリームにかぶりつく、その様子を見届けてから言う。

「その代わりに俺に協力しろ」

一条がソフトクリームをにらむ「これは賄賂か」

「協力料だ」

「それにしては可愛いね。物も値段も」

「どんな物でどんな値段でも、気持ちがこもってれば価値が跳ね上がる」

「気持ちこもってないでしょ」

「こもってるさ。愛情が」

一条の顔がドン引きの顔になっている。とはいえ今のは自分でも引いたので仕方ない。

「今回、正直俺はお前達が何をしたいのか全然わからない」

「何か思うところがあるの?」

「まず一つ須山の依頼を持ちかけた事、お前達は確かに今日に至るまでは須山に積極的に協力してきていた。にもかかわらず当日になって協力どころか全く別の事をしている」

「別の事?」

このしらじらしさには正直腹が立つ。俺が全てを言うまでとぼけるつもりだろう。

「佐光は不干渉、須山に対してほとんどの接触を絶っている。文字通り何もしていない」

一条がへぇという顔をしている。

「一条に至っては別の依頼を受けてるだろ」

一条は真顔で真正面を見ている。

「午前中、須山はほとんど佐倉と会話することができなかった。何故なら一条の依頼人に阻まれてたからだ」

「依頼人って?」

「瀬尾由宇はお前の依頼人だろ。でも、恐らく今日の主旨は伝えていない」

「なんでそう思うの?」

「今日一日、お前らの二人の動きを見ていたが、同時に携帯をいじるタイミングが何回もあった。連絡取り合ってたんだろう。そもそも今日俺を連れてきたのは、須山の監視役は俺に任せて、自分が依頼人の様子を見守る為なんだろ」

「今日の主旨を伝えていないっていうのは?」

一条は俺の推測に肯定も否定もせずに淡々と質問してくる。

「推測だが、瀬尾の様子を見てると佐倉と話すことを阻害してくるというより、瀬尾は須山に話すことを優先としている。そもそも佐倉と須山が話していても、瀬尾は何も思ってなさそうだ」

「知っていたら、少し顔が曇ったりするもんね」

「そう。一条は須山に対して佐光がしたように依頼人を焚きつけたんだろ?」

一条は続きを待っている。俺の見解を聞くまで黙ることを決めたようだ。

「瀬尾と一条がバイト先が一緒なんだ。須山が店にでも来た時にそんな話になっただろう」

まぁ導入がどうであれどうでもいいのだが。

「須山の依頼を受けて、瀬尾を焚きつけるなんて双方の目的が達成されないのに何故こんなことをしてるのか」

「それがわからないってわけね」

「違う」

一条が再び口をつぐむ。

「一条がそんなどっちつかずの事をやるはずがない。ともすればそこに合理的な何かがある」

「一条、俺に協力しろ」

「話はここで終わりなの?」

「今はこれで十分だろ、このままじゃ須山はピエロだ。そんな結末お前も望むのか?」

「どうでしょうね。でもどうするつもりなの?」

「須山の為に舞台を整える」

俺は一条の目を見て考えを伝える。

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