第2章ー1

八月二日 十時 須山省吾すやましょうご


 須山省吾は人が賑わう商店街を歩きながら、大きく溜息をつく。

 夏休みと言えば、夏祭りや海水浴など色んなイベントに事かかず、好きな人と近づくには絶好の機会。にも関わらず、僕は好きな子になんの約束も取り付けられず、気づけば夏休みに突入していた。

 僕の好きな子である、佐倉奏さくらかなでは吹奏楽部に所属していて、愛嬌のある笑顔が可愛い女の子だ。僕も吹奏楽部に入部したことで知り合い、話をしている内に気づけば彼女を好きになっていた。なんの変哲もない出会いから、既に一年以上経過しようとしている。

 自分は慎重派だからとか、タイミングがとか言い訳をしている内に高校生活はどんどん過ぎていった。

 これではまずい、夏休みに何か変化を起こさなければと、夏休みに彼女とどこへ遊びに行くか、思いを巡らせたものだったが、蓋をあけてみれば連絡先すら交換できていない体たらくだった。

 それにしても暑い、毎年のように一番の猛暑と言われている気がする。偶然でもいいから佐倉に会えないかと外に出てきたものの、暑さで心がだれてきた。

 ふと目に入った喫茶店はとても涼しげに見えた。


八月三日 九時 叶真澄


 夏は好きだ。何をしても汗が滴り落ちるが、普段不摂生の俺には丁度いい。

 ベランダにリゾートチェアを置いて、寝そべりながら本を読む。アウトドアにインドアを混ぜ合わせると、なんだか贅沢な気分を味わえて楽しい。

 外で読書という日々を過ごしているおかげで、外出をほとんどしていないのに真っ黒に日焼けをして、家族からは健康的な出不精と言われていた。

 ふと部屋にあるスマホに目をやる。あの一件から、一条は俺にコンタクトを取ってこない。

 別れ際に倶楽部のことを言っていたので、何かしら連絡があるかもしれないと、身構えていたが音沙汰ないままだった。とは言え、夏休みはまだ始まったばかりで油断はできない。

 ただ、仮に依頼を頼んできても突っぱねるつもりだ。一条もこないだの事があって、強くは出れないだろう。

 スマホから目を離して読書を再開しようとした時、スマホが鳴った。見てきたようなタイミングに驚きながら、滴り落ちる汗で本が塗れないように室内のスマホを取りにいく。

 てっきり一条からの連絡と思ったが、別の懐かしい名前が表示されていた。

 佐光要さみつかなめ、中学の同級生で倶楽部のメンバーの一人。倶楽部設立者でもある男で、佐光がいなければ倶楽部の存在はなかっただろう。

 中学の時から頭が良く、定期テストから受験勉強まで佐光には随分と助けてもらった。勉強が苦手な俺が、そこそこの偏差値の浅ヶ丘に入学できたのは佐光のおかげと言っても過言ではない。

 そして佐光は、大学までエスカレーターの、偏差値がお高いような高校に入学していった。ただ、佐光が本気になればもっと上を狙えたと思っている。

 俺に勉強教えながら、独学で試験を突破してしまう、佐光の底知れない頭脳には畏怖を感じてしまうほどだった。そんな秀才が特段取柄もない俺と友達なのかは今でも謎だ。

 ちなみにその優秀な頭脳から、倶楽部でのコードネームは「フィクサー」と呼ばれていた。

 佐光とは高校入学してからも、たまに連絡を取り、何度か遊びに行っていた。前回遊びに行ったのは六月ごろだったなと思い出す。

「叶、遊ぼうぜ」

佐光らしい簡潔な文章。文字を打つのが面倒といって、いつもメッセージは短文だ。

了解、とこちらも短文でメッセージを返すと、すぐに返信がきた。

「じゃパドルコーヒーに十三時集合で」

思わず、またかよと言ってしまった。最近パドルに行きすぎだ、店員に覚えられでもしたら店に入りづらくなる。しかし、別の待ち合わせ場所も思いつかないので、諦めて了解と返信する。

 なんだが成沢が待ち構えていそうだ嫌だ。


八月三日 十二時 須山省吾


 吹奏楽部の練習が午前中で終わり、パドルコーヒーという喫茶店にやってきた。何故ここにやってきたかというのは、昨日のことがきっかけである。


 昨日、夏の日差しに根負けして入った喫茶店は、こじんまりとしているが、冷房の効いた雰囲気良い店だ。そう思ったのも束の間、応対してくれた店員に驚いた。

 そこには、同じ高校の吹奏楽部員の瀬尾由宇せおゆうが制服を着て立っていた。どうやらアルバイト中らしく、彼女も同級生の突然の来訪に驚いているようだった。

 席に案内にしてもらって、メニューを見ながら瀬尾を盗み見る。瀬尾は佐倉と仲が良く、二人で遊びに行くこともあると、聞いたことがある。

 瀬尾と接点を作れば、佐倉の連絡先を手に入れることも可能ではないか。

 チャンスはここしかないと、コーヒーを持って来てくれた瀬尾に、勇気を出して話しかけてみたが簡単な挨拶で終わってしまった。まだだ、まだチャンスはある、そう思ってちらちらと瀬尾を盗み見てチャンスを伺う。同時にどう話しを切り出すかを考える必要があり、周囲への警戒は全くしていなかった。

「瀬尾ちゃんに何か御用ですか?」

驚いて声の方を見ると、制服姿を着たアルバイトの子が、冷めた目で僕を見ていた。

 しまった、バイトの子を熱心に見つめる変態ストーカーの、汚名を着せられている気がする。とにかく誤解を解かないと。

「いや、瀬尾に用はなくて。いや、ないわけじゃないんだけど連絡先が知りたいだけで。いや瀬尾のが欲しいとかでもなくてですね」

しどろもどろ。女子部員の多い吹奏楽部にいるので、女子と話すことには多少は慣れていると思っていたが、そんなことは全くなかった。

「瀬尾ちゃんを通じて、別の子の連絡先が知りたいだけなのね」

彼女は一体全体どんな思考回路で、そこに行きつくのか的確な回答を返してきた。

 あまりにも完璧な回答に今度は彼女をまじまじ眺めてしまう、胸のプレートには一条と書かれていた。


 一条という女の子は、僕と同じ高校二年生で浅ヶ丘高校に通う人らしく、瀬尾とはアルバイト先で出会ったらしい。ということを後に瀬尾から聞いたのだった。

 その日、何故か一条と連絡先を交換したが、連絡を取り合うわけではなかった。しかし、翌日の部活中にメッセージが送られてきていた。今日の練習が午前中のみと知ってなのか、十二時にパドルコーヒーへ来いと呼び出されたのだ。

 それにしても、突然呼び出されてノコノコと来てしまったが本当に良かったのだろうか。一条のメッセージにはあなたの助けになるから、来るようにと書かれていたが、具体的な内容は何もなかった。怪しい人ではないと思っているが、何かあったらすぐ逃げようと考えていた。

 約束の時間に少し遅れて、店内の二階席に行くと一条がサンドイッチを食べていた。部活終わりでお腹が減ったので、僕も何か食べようと決める。席につくと食べていたサンドイッチから口を離した。

「こんにちは、ごめんね急に呼び出して」

私服の一条は昨日と違って、雰囲気が柔らかいような気がした。昨日感じた圧は、対不審者用なのだろう。

「いやいや。それで、何の用?」

「相談に乗ってあげようと思って」

「相談?な、何の?」

急に何を?何かの勧誘だろうか。

「好きな人がいるんでしょ?その思いが実るよう相談に乗ってあげる」

「ええ、いや確かに好きな人はいるけど。何で君に」

好きな人がどうとかなんて僕の常識では、ほぼ初対面の見ず知らずの人に話すものではない。

「私は単純に困っている人を助けたいだけ。瀬尾ちゃんのことが好きじゃないなら、別に目当ての子がいるんでしょ?でも本人に聞かずに瀬尾ちゃんに頼るってことは、相手と接点がないか本人に連絡先を聞く度胸がないかのどちらか。さぁあなたはどっちの駄目な人?」

一条が薄ら笑いで煽るように問いかけてくる。悔しいが否定はできない、彼女の言う通り僕は駄目な奴だ。失礼なことを言われているのに、憤りよりも情けなさが上回っていた。

 しかし、これはチャンスかもしれない。彼女がどういう人間かわからないが、部活に暑さと闘うだけの悲しい夏休みを救ってくれる、救世主なのかもしれない。

 清水の舞台から飛び降りる覚悟で、彼女にポツポツと佐倉について話始めた。


八月三日 十三時 叶真澄


 店に到着し、あまりの暑さに耐えられず店内に入る。店内は夏休みだからか、席はほとんど埋まっていた。席に座れるか不安になりながらアイスラテを購入して、二階席へ上がると窓際の方に佐光の姿が見えた。

 時間にルーズなあいつが先にいるなんて珍しいなと思っていると、佐光がこちらを見てニヤリと笑う。その笑顔だけで幾人の女の子が落ちそうだ。

 佐光の事は友人として好きだが、それでも妬ましいと思える程に完璧だ。頭脳明晰はもちろんのこと、モデル顔負けのスタイルにイケメン。鷹匠先輩と並べば、どこかのアイドルグループと間違えられるだろう。

 俺が隣に並ぶのに気が引ける。でも佐光はそんなこと気にしない。というよりも俺の小さな嫉妬心にも気づいていない。自分の小ささに軽く絶望しながら席につく。

「なんかずいぶん久しぶりな気がするな」

佐光はアイスココアに口をつけながら言う。

「そうは言っても六月以来だぞ」

前回は佐光とぶらぶら街を散策していた。今日は何をするつもりだろうか。

「叶なんか雰囲気変わったな」

佐光は俺の目を覗くように見ている。

「そうか?俺は実感ないけど」

実際、何も変わっていない。

「なんか、前よりも元気ない感じ。中学の時はもっとキラキラしてたのにな」

佐光の顔をふと見ると、真顔で言っている。キラキラという謎の表現は俺には伝わらなかった。

「真顔で変な事いうなよ。ツッコミづらいだろ」

「友達思いだろ?友達が元気なかったら元気づけてやるのが俺だよ」

「自分で言うな」

しかして、この男言ったことは実現してこようとする。同時に、こいつ何か企んでるなと思う。過去の経験を踏まえての直感。

「いいよ、無理に元気づけなくても、佐光に会って元気出たよ」

我ながらキモイ発言。佐光があまりに気持ち悪さに、(多分)悪しき企みを忘れますように。

「え、キモ。そういうのは女の子に言えよ、成沢とか」

成沢にアマゾネスの異名をつけて、マジ蹴りを食らった男の発言とは思えない。

「お前本当によく言えたな。そんなことより、この後どこ行くよ?」

何だか嫌な予感がするので、ここから離れたい。

「いや、ここでいいよ。ゆっくり話そうぜ、昔のこととかさ」

佐光が話したい昔の話とは中学の時の話だろうか。佐光にとっては多分黒歴史じゃないだろうが、俺にとっては思い出したくもないことが大半だ。

「過去を振り返るなんてお前らしくない。これからの話をしよう」

無理やり方向転換したが、佐光はそれもそうだと意外と乗ってきた。

 それからしばらく、現在の高校生活について話した。佐光は生徒会に入ったそうで権力を振り回すの楽しいなんて無邪気に言っている。佐光は色々画策するのが得意なので彼を敵に回したときの、性格のえげつなさは俺のお墨付きだ。

 仲のいいものには敵意を向けてこないので、敵に回さなければいい奴なのは確かだ。

 トイレに行きたくなり席を立った、久しぶりに会った友人は変わらないなと思いながら用をたして席へ戻ると、俺達の席に何故か二人増えていた。

 そこには見覚えのある女性が座っている。

 嫌な予感がしたので、そのまま出口に向かったが佐光に捕まった。


八月三日 十四時 須山省吾


一条に一通り話をして、根性無しねと痛い一撃を頂いたところで、席を移動しようと僕に告げた。一体どこへと困惑する僕をよそに、一条は身に着けていた眼鏡と帽子を取って窓際の席に向かって歩いていく。

 そこには、四人席を一人で座る男がいた。そして、思わず顔を二度見した。見間違いでなければ、同じ高校の佐光要だった。一条は佐光と知り合いだったのか、もしかして恋人?

 佐光との接点はなく、今まで話したことはない。だが、佐光は一年の時から成績が上位で順位表に名前が載ることや、モデルと遜色ない容姿で、目立つ存在ではあるので、恐らく大体の生徒が知っている。

 僕たちは佐光の向かい側に座る、隣に一条が、斜め向かいに佐光がいるような形だ。

「こちら、佐光要君。同じ高校だから知ってたりしない?ちなみに私は初対面」

一条から僕も自己紹介どうぞと促してくる。

「佐光君は知ってるけど。えと須山です、同じ学年の」

そんなことより、一条も初対面と言っている。一体どういう関係なんだ、この二人。困惑していると佐光が話しかけてきた。

「須山は、俺のこと知ってるんだ?」

「そりゃ、順位表に名前載ればね。喋ったことはないから、僕のことは知らないと思うけど」

ああ、何で急にスクールカースト最上位に君臨するような人と、話すことになるんだ。佐光に一条、自分に縁がなさそうな人が集まるのは一体何の因果か。

「須山が吹奏楽部にいるのは知ってるけど、それ以外は何も知らない」

佐光はそう言ってから、急ににやけた顔でトイレの方を向いた、そしてトイレから出てきた神経質そうな男子もこちらを見ていた。知り合いだろうか、一条もニヤついている。

 男子はこちらを一瞥し、気持ち早足で階段へ向かっていった。店を出るらしい。それと同時に佐光が素早く席を立ち、その男子を追いかけていった。

 数分後、佐光に連れられて渋々といった感じで、その男子は僕の向かいに座った。

そして何事もなかったかのように一条が自己紹介を始める。

「それで、こちらは叶真澄君。私の学校の同級生でもあり佐光君の中学校の同級生」

一条が紹介するが、叶と呼ばれた男は佐光に冷たい目で不満を訴えている。

 突然見知らぬ男子の前に、座らせられたりしたら不快だろう。そもそも佐光の向かいは彼が座っていたのかもしれない。

「叶、そんな不満そうにするなよ。昔のこと話そうって言ったろ」

佐光が叶という男子をなだめようとするが全く聞いている様子はない。

「人には話したくない過去があるもんだ」

それだけ言って叶は黙り込んでしまう。気まずい、この空間から早く逃げ出したかった。

 状況のつかめない、僕をよそに佐光は果敢に叶へ話を続ける。

「そんなこといって、こないだお得意の変身したそうじゃん」

変身とは?一体なんだろう。彼は戦隊ヒーローか何かだろうか。

「おい、一条」

叶が今度は一条をにらむ。今度は先ほどより怒気がこもっている、普通に怖い。

「あたしじゃないよ」

一条は抹茶ラテを飲みながら答える。本人は至って気にしていなさそうだ。

「俺がこないだ成沢と話したんだよ。そしたら久しぶりに変身手伝ったって言ってた」

新しい名前の人が出てくるが知らない人だ。置いてけぼりの状況で、唯一分かりそうなのは手伝ってもらいながら変身するということ。着ぐるみかか何かだろうか。

 叶は深いため息をつく。僕のせいだろうかとなんとなく彼に申し訳ない気持ちになる。

「まぁそう落ち込むな叶。これから活動再開だ」

佐光は嬉しそうに言う。気づけば何か怪しい活動に巻き込まれるみたいだ法に触れないといいが。

「断る」

叶は即答したが、佐光の写メあるけどいいの?という一言で押し黙った。これは脅迫されているのでは?それから叶は諦めたように言う。

「取り合えず話だけでも聞く」

二人のやりとりを眺めてた一条が口を開く。

「さぁ、本題に入ります。彼、須山省吾くんは同級生の佐倉さんのことが好きです。しかし、現在佐倉さんとの連絡先はおろか、話したこともほとんどない状況です。そんな状況を打開するために私たちの協力が必要だと思います」

一条が一気に僕の悩み事を会の議題のように、見知らぬの男子二人に話す。そして僕の方を向いて言う。

「須山くんは佐倉さんとどうなりたい?連絡先を知りたい?友達になりたい?恋人になりたい?」

一条は僕の顔を見ながら、僕の要求を聞く。段々とグレードアップしているな。

佐倉さんとどうなりたいなんて答えは決まってる。でもそれを声にだして言う、勇気すら今はない。僕がそれは、と口ごもっていると叶が言った。

「自分の本意じゃないことは言わないほうがいい。こんな急に、会わせられた初対面の人間の協力はいらないと、はっきりと言った方がいい」

叶が助け船?を出してくれいるようだ、いきなりの質問に僕が困っていることが伝わったらしい。

 僕を気遣ってくれるのが分かる。案外優しい人かもしれない。

「須山、現状を自分の力で変えることができないなら、誰かの力を借りるのはありだと思う。今のお前は連絡先すら聞けない。それが現実だろ、そのうちなんて思ってたら時間なんてあっというまだ」

僕があたふたしていると、佐光は的確に厳しい現実を突きつけてくる。確かにその通りで、自分でも実感したところだった。

 それにしても佐光は意外と良い人なのだろうか、話したこともない同級生にこんなこと言うだろうか。佐光に厳しいことを言われたが、なんだか嬉しくなってしまった。

 僕の為に彼らは協力してくれるという。今の僕では現状を変えることなんてできないだろう。それなら誰かの助けを借りてでも進むべきじゃないのだろうか。

 僕の答えは決まった。

「僕は佐倉さんと付き合いたい。協力してほしい」

「ああ。でも正確には協力じゃない」

僕がえ?というと続けて、佐光が同級生の女子ならイチコロな笑顔で言う。

「俺たちは放課後恋愛倶楽部、須山の依頼承った」


八月三日 十四時三十分 叶真澄


 佐光が決め顔で須山の依頼を受けたとき、俺はここにホイホイきたことを後悔した。

なんの因果なのか知らないが、またしても黒歴史の再来だ。いや因果なんて運命的なものではなく、人為的なものだということは分かっている。

 それもこれも、一条が絡んでいる。まさか、佐光すらも利用してくるとは思わなかった。きっと成沢の入れ知恵だろう。

 それにしても佐光のやつ、放課後恋愛倶楽部なんて恥ずかしい名前をはっきりいいやがって。名前なんてどうでもいいと、適当に決めたように見えたが、佐光は案外気に入ってるのかもしれない。

 佐光とはしかるべき時に、倶楽部は終わりだなと話をし、一条にも先日が最後だと言ったはずだが。

 とにかく今は、二人の考えを探るべく、進んでいく話に耳をすませる。


八月三日 十四時三十分 一条真希


 須山が正式に依頼を出したことで本格的に話を進めることになった。半ば強引だったたが、上手くいってホッとした。叶を依頼に巻き込めるか不安だったが、意外にも佐光が協力的に動いてくれたおかげだ。

 前回の依頼は不本意なものだったが、今回は正式な倶楽部への依頼となる。私の目的を叶える為には、叶に倶楽部の活動をしてもらうのがいい。

 佐光にも事前に事情を話し、叶に依頼を持ち込む機会を二人で伺っていたが、想像よりも早くに須山という依頼者が現われた。この機会を逃す訳にはいかない。

 成沢にも協力して貰いたい気持ちは、あったが夏休みは部活三昧で忙しいと言われてしまった。元々倶楽部の正式メンバーでもなかった彼女に、無理に頼むことはできなかった。その為、今回は私と佐光、叶の三人で須山の依頼に対応する。

 一つ問題があるとすれば、私には別件があるので、それにも気を付けなくてはいけない。

 先ほどから須山の今後について話しているが、意見を実際に出しているのは私と佐光だけだ。須山は話を聞いて結論を待っているし、叶は二人の話をただ眺めている。

 色々と佐光と話をしたが、まずやることは一つだと思う。

「とにかく、須山くんはまず佐倉さんの連絡先を聞くところからでしょ!」

須山に言いながら、他二人の反応を待つ。するとやっぱり佐光だけが意見をくれる。

「それもそうだな、でも普通に聞くのができたら今まで苦労してない。連絡先を自然に聞けるシチュエーションが必要だ。ついでに印象づけができるとなおいい」

佐光は連絡先一つ聞くにもこだわりたいみたいだ。

「そんなシチュエーションそうそうできないでしょ。大体普通に連絡先聞いてくるだけで十分に印象に残るわよ」

「だからー」

それから話は平行線をたどる、佐光はどうにも結論を急ぎすぎな気がする。佐光も同じく平行線を辿っていると考えたのか、助けを求める声で言う。

「叶、お前はどう思う?さっきからだんまりしてないで何か意見をくれ」

「佐光の意見でいいんじゃないか」

叶は一言だけ呟き、飲み物に口をつける。話を全く聞いていないわけでもないらしい。

「ほらな」

佐光は勝ち誇った顔でこちらに言う。憎たらしい笑みだ、初対面でもお構いなしな態度に一周回って好感が持てる。

須山が何も言わないのであっさりと二対一だ。このまますんなり佐光に押されるのも悔しい。

「叶君、なんで佐光君が正しいのか意見を聞かせてくれるかしら?」

なんだが上流貴族みたいな聞き方になってしまった。

「佐光の言う通りなら、須山は佐倉さんにとって連絡先も知らないクラスメイトだ。告白しても、そんな人間といきなり付き合うなんてよほど見た目が好みじゃないと駄目だろ。須山の見た目が好みの可能性はあるが、それなら今に至るまでに少しは仲良くなりそうなものだが、そうでもないんだろ。俺たちは長期戦にするつもりもない。これから付き合おうするならば、佐光の言う通り少しでも印象づけをする必要がある」

凄い喋る。以前も思ったがスイッチが入ったときの叶は雄弁だ。

「彼の印象が薄いからといって、短期間で印象づけて勝負をかけるなんて性急すぎない?」

須山が少し悲しそうな顔をしているので言葉を選ぶべきだったと少し反省した。

「そうそう。須山なんて今はモブキャラだ、誰だっけ?なんて言われる可能性だってある。そんな須山が女の子に告白して付き合うっていうんだ、正攻法じゃ難しい」

須山が小さくなっていく、元々小さい体格なので小動物みたいだ。

 佐光の言う事はわかる。人から見る自分の印象を変えるのは難しい、一番簡単なのは外見を変えてしまうことだが、女性のようにメイクをすることで雰囲気を変えることは難しい。髪型や服装でも外見は変わるが、劇的な変化でもないだろう。

 思考を巡らせていると、二人の意見もそんなに悪い意見でもない気がしてきた。

 仕方がない、ここは折れて協力的に動くのが得策だろう。

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