第1章ー3
8
週明けの月曜日はいきなり終業式から始まり、今日から夏休みに入る。
まずまずの成績表を受け取り、その足でパドルコーヒーへと向かった。
先週、一条には詳細言わなかったが、俺が考えていたのは鷹匠に直接聞き込みを行うことだった。
土日で目的を達成することができるかは不安だったが、無事調査を完了することができたので、終業式の後に一条をパドルへ呼び出したのだった。
一条に伝えづらい内容だったこともあり、クッション役として成沢にも同席してもらうようお願いした。
「結論から言うが、鷹匠先輩の噂は一部を除いてデタラメだった」
腑に落ちない様子で一条が尋ねる。
「一部ってどういうこと?気を使わなくていいから、ちゃんと教えて」
一条は何を言われるか分かっていないようだが、良い話ではないことは分かっているようだ。
「鷹匠先輩には年の近い従妹がいる、年上の美人だ。二人は仲が良くて、一昨日も一緒にプレゼントを買いに行っていた」
「ごめん、ちょっと待って」
一条が分からないという風に話しを遮る。
「何でそんなことが分かるの?本人に聞いた訳じゃあるまいし」
「いや、ある方法で本人達に聞いた」
「ある方法って?」
問われても、一条には言えない。
「それは言えない。これについては追及をしないでくれ、これ以上聞いてくるなら俺はもう話さない」
一条は口を開いたが、また閉じる。俺が冗談で言っていないことが伝わっているようだ。
「分かった、続けて」
「それで鷹匠先輩はプレゼントを買おうとしていた。どうやらプレゼントは鷹匠先輩の恋人宛らしい。つまり鷹匠先輩にはもう恋人がいる」
「そっか。まぁあんなに格好良かったら、彼女ぐらいいるよね。そっか、、」
一条は顔を手で覆う。泣いているわけではなさそうだが、ショックは受けているようだ。
「でもさ、叶。その先輩の彼女の話って、何で今まで誰も言わなかったの?校内でも目立つ先輩の彼女なんて、すぐ噂になりそうだと思うけど」
成沢は不思議そうだ。
「彼女の詳細は聞けてないが大体分かる。恐らく恋人は浅ヶ丘にはいない。他校にいると思う」
「他校に?」
一条が反応する、復活が早い。
「そう。今回鷹匠先輩の周りに流れていた噂に惑わされたが、考えてみれば校内に彼女がいれば、この噂が流れるはずがない。鷹匠先輩が悪く言われているなら、彼女が名乗りでてそんな噂は嘘だと主張する。もしくは彼女に誤解されないよう、先輩自ら否定するからな。しかし、実際噂は流れていて誰も真実を知らない」
「鷹匠先輩も彼女もそんな噂知らないだけじゃなくて?」
「いや、先輩と一度しか話したことのない一条も知るような噂が、本人達の耳に入らないとは思えない」
「それもそうか。先輩からしたら、浅ヶ丘でどれだけ好き勝手言われても、彼女が近くにいないんだったら関係ないよね」
一条と成沢は顔を見合わせて頷いている。
「噂については、多分サッカー部の奴が適当に流した話に、一条の友達が見た年上の女性の話が合わさったものだと思う。一部事実が混じったから、真実味が増してしまったんだ。サッカー部の誰が言い出したか知らないが、今頃本人は困ってるかもな」
鷹匠に不満をもった部員から出た話しだろうが、鷹匠と従妹の姿を見かけた生徒の話が、意図せずに嚙み合って事実のような噂が出来てしまった。
噂の大元の人間は、複数か個人かは分からないがこのまま沈黙を貫くだろう。
「噂はどうにせよ。先輩に恋人がいることは確定なんだね」
一条はまだ事実が受け入れられないようだ。
こう露骨にショックを受けられると、何故か自分が悪い気持ちになる。俺が困っているのを察して一条は笑う。
「ごめんごめん、私が調べて欲しいって言ったのに落ち込んでちゃ駄目だよね。叶君、ありがとう。知りたいことは知ることができたよ」
気丈にふるまう一条に自分を重ねて、少し悲しくなる。
「まぁなんだ。今日から夏休みだし、元気だせ」
「そうだね。ありがと」
一部始終眺めていた成沢が手を叩く。
「よし。折角だし、どこか遊びに行こ!」
「いや、成沢は部活途中参加するんだろ?」
午後イチからの練習は遅れて行く、そう言ってここに来てくれていた。
「いや途中参加するくらいなら、休んでいいって」
「それ大丈夫かよ」心配そうな俺に成沢は笑う。
「一応、エースだからね。信頼されてんの」
尚更遊んでいるのがバレたらマズイと思うが、本人がそう言うのであれば気にしない。
「よし!今日は憂さ晴らしだ!」
一条は元気よく立ち上がった。
9
一条からの依頼を片付け、一件落着で夏休み迎えることできて、俺は満足していた。それにしても、今更倶楽部のことを聞きつけて依頼をしてくる奴がいるとは思わなかった。
また変な依頼がこないように、今後も倶楽部の存在は隠し通そうと固く誓う。
一条は、これからどうするのだろうか。切り替えが早いタイプならいいが、落ち込みすぎていないといい。
パドルを出た後、ゲームセンターで憂さ晴らしをしていたが、虚ろな感じで気持ちがついてきていない様子だった。夕方に一条が、これからアルバイトだからと言って解散したが、まだ元気はなかった。
そういえば、清とアルバイト先が一緒と聞いたことを思い出す。今日シフトが一緒であるとは限らないが、もし一緒なら様子を尋ねてみようと、清にメッセージを送ってみた。
清への久しぶりの連絡が、これになるとは思わなかった。
きっかけがなかったことを考えると、これはいい機会なのかもしれない。メッセージを送って、画面を閉じようとすると着信音が鳴る。返信早いなと思いながら、メッセージ画面を開く。
『久しぶり。一条ならいつも以上に元気だったけどな。何か知らんが、もう一人のバイトと喜んでたぞ』
10
夏休み初日、十時になろうかという時間に、俺は噴水のある公園に向かっていた。 昨日までは学校にいたような時間に、外を出歩いていると贅沢をしている気分になる。これが後一か月もあると考えるだけで、テンションが上がる。夏休みの宿題については、まだ目を背けることにする。
噴水が見えてくると、家族連れやカップルが居て、噴水やそこで遊ぶ子供を眺めている。
そして近くのベンチでは、遅い朝ごはんであろうサンドイッチを齧っている女子が一人いた。隣に座ると、その女子は大分驚いている様子だった。
「早朝バイトの後は、毎回ここで朝飯食べてるんだってな」
そいつはサンドイッチを必死で飲み込みながら、返事をする。
「叶君がなんでここに居るの?」
俺は途中で買ったコーヒーのボトルをあけて、飲んでから答えた。
「俺は最初お前から依頼があって、何の疑いも持たなかった。でも可笑しいよな、何で先輩の女性関係の噂から調べるのか。先輩と付き合うなら、まず彼女がいるか調べてないと女性関係がどんなであれ、付き合うなんて無理だ。今回、女性関係の噂について調べた結果芋づる式に彼女の存在が明らかになった。これは偶然か?一条」
一条はサンドイッチと一緒に買ったであろうアイスコーヒーを飲んでいる。話す気はないようだ。
「俺はさ、昨日お前のことを心配して清に様子を聞いたんだ。皮肉だよな、その結果お前に別の思惑があることに気づいたんだから」
一条はアイスコーヒーから口を離した。
「清君が何か言ってたの?」
「いや清は何も知らないみたいだった。でも二つ教えてくれたよ、バイト先には浅ヶ丘に彼氏がいる栄新の生徒がいること、もう一つはお前とその子が昨日何かを喜んでいたこと」
再びサンドイッチを齧る一条は何も言わない。
「それを聞いて改めて考えた。お前の依頼の目的は初めから、鷹匠先輩の噂について調べることだったんじゃないかって。バイト先の栄新の女の子は鷹匠先輩の彼女で、何かをきっかけにその噂を知った。そして鷹匠と同じ浅ヶ丘に通う一条に噂の事を聞いたんだ。でもお前はその噂について詳しく知らなかったし、真偽を確かめる術がなかった、だから俺を利用することを思いつたんだろう。そう考えたら、噂を優先したのも納得できる。最初から俺はお前の支援をしているつもりで、上手いこと使われていた」
横に座る一条を見ると俯いてた。
「お前の演技力が高いのは、パドルでの態度で分かる。今更演技しても無駄だ」
パドルで見せた一条の反応は、本当に失恋したかのようだった。あの時はまさか、噂の疑惑が晴れてホッとしているなんて夢にも思わなかった。喰えないやつだ。
「・・・・なさい」
「何?」
小さな声が聞こえて横を見ると、一条は俯いたまま涙を流していた。
「ごめんなさい」
今度はハッキリと謝罪の言葉を発して、静かに泣き始めた。一度あれだけの演技を見せられると、これも演技ではないかと思ってしまう。
推測が当たっていたことに満足したので、このまま置いて帰ろうと立ち上がる。すると、袖を引っ張られた。
「待って、話を聞いて」
そこそこ大きい声で一条が言うものだから、周囲の視線がこちらに集まる。
おいおいこれで振り切ったら、俺が悪者じゃないか。周囲の圧に負けて再び座る。一条は泣きながら、呼吸を整えて話し始めた。
「違うの、本当はこんな形で叶君と知り合いたかったわけじゃないの。でもきっかけがなかったから、今回のこれはチャンスだと思ったの。利用するとかそういつつもりじゃなかった、それだけは分かって欲しい」
「お前、人の事利用しといて信じて欲しいは都合が良すぎるだろ。大体何で俺に近づきたかったんだよ」
「それは言えない」
「話しにならない」
俺が立ち上がろうとすると、また袖を引かれる。力が強すぎて袖が伸びる。
「まだ何かあんのか」
「利用するとかじゃないの」
「最初から目的も理由も言わない、解決してからも何も言わない。呑気にサンドイッチ食ってるやつが何言ってんだ」
人に頼ることと利用することは紙一重だろう、そう言おうとした時、突然一条が顔を上げて俺の目を見てくる。
「最初から説明する。聞いてから判断して」
涙で濡れた瞳は嘘を言うようには見えなかった。俺は馬鹿かもしれない。
「分かった、聞くよ」そう言ってベンチに深く座る。
一条は涙を拭いて深呼吸して話し始めた。
「佐藤美咲、美咲とはアルバイト先で知り合ったの。同じ二年生だから、すぐに仲良くなった。でも美咲に彼氏がいることは聞いてなかった。当然だよね鷹匠先輩は彼女がいることを周りに言ってなかったから、美咲も言わなかった。そして何も知らない私は、友達から聞いた鷹匠先輩の噂をそのまま美咲に話した」
「噂の話は一条から聞いたのか」
別の高校である人間が、何故噂のことを知っていたのか不思議ではあったが理由は簡単だった。
「そう。私から話を聞いた美咲は明らかに様子が変だった。美咲が鷹匠先輩の彼女だって聞いて、自分の愚かさを呪ったわ。その後に慌てて言ったの、噂は私が確かめるって。清君が入ってきたのも、その頃で成ちゃんとも知り合って、倶楽部の話を聞いたばかりだった」
一条のミスと成沢の出会いは偶然にも重なった。その結果、俺が巻き込まれることになったのだ。
「夏休み前までに、っていう期限設定は夏休みに入ると調査が難しくなると思ったからか?」
「それもあるけど、夏休みまでに美咲と鷹匠先輩の間に、変な疑惑を残したままにしたくなかったの。鷹匠先輩は大学は推薦で行くみたいだけど、地方を希望してるから、夏休みは二人で過ごす大事な時間だった」
「随分無茶だと思ったが、ちゃんと理由があったんだな」
一条は俺の方を向いて、頭を下げた。
「本当にごめんなさい、私は自分が撒いた種を叶君に摘み取らせた。その上本当の目的は隠したまま」
「この事、成沢は知ってるのか?」
「ううん、まだ言えてない。本当はどこかで覚悟を決めて、叶君と成ちゃんにちゃんと言うつもりだった。でも中々勇気が出なくて、結果的に一番酷い形になった」
俺は息を吐いて、仕方ないなと呟く。一条が反省しているのは分かった、これが演技でもどうでも良かった。問題は解決したのだから。
「取り合えず、騙すようにしてた成沢には事情を説明して、ちゃんと謝ること。俺の方はもう気にしなくていいから」
「わかった、ちゃんと謝る。叶君、ありがとう」
一条は俺の目を見て、微笑む。
「俺の方はもういいって言ったろ。疑問も解けたし、俺はもう帰るぞ」
俺が立ち上がっても、一条はもう俺の袖は掴んでこない。じゃあと言って立ち去ろうとすると、今度は服の裾を掴まれる。
「何だよ?」
「今度は正式に依頼していいかな?放課後恋愛倶楽部に」
俺は腕で✕を作って、その場を離れた。
「叶君!忘れ物」
声が聞こえて振り返ると、一条が何かを投げた。キャッチすると俺が買ったコーヒーボトルだった。
ボトルの中はミルクが混ざり、明るい色になっていた。あの真っ黒なブラックコーヒーを飲むことはしばらくないような気がした。
鷹匠3
「それにしても、私が浮気相手と思われてるなんてね。本当ごめん美咲ちゃん」
リカが美咲へ手を合わせて頭を下げていて、その横で美咲は気にしないで下さいとリカに笑いかけていた。
サッカー部の定休日と美咲のバイト休みが重なった日に、リカからお詫びがしたいと二人でランチに誘われていた。お詫びと言ってもリカが何か悪いことをした訳ではない。事の発端は誰が流したのか分からない噂から始まった。
鷹匠の女癖が悪い、そんな噂が校内で流れていることは友人から聞かされて初めて知った。俺としては、そんな根も葉もない噂はどうでも良かったが、一つ気掛かりだったのは美咲に知られることだった。
何の根拠もないとはいえ、美咲の耳に入ればあまりいい気分のものではないのは明白だった。とはいえ、美咲にウチの高校の噂なんて耳に入らないだろうと油断していた。
『康平君は浮気なんてしてないよね?』
ある日突然、送られてきたメッセージに驚きつつも、そんなことするわけないと返信した。しかし、それからしばらく美咲から連絡が返ってこなくなった。
返信が来ないことは、お互い忙しい時には割とあったので、気にしていなかった。それでも、いつもより返信が遅いので電話をしてみたところ、どうやら噂のことをバイト仲間から聞いたらしかった。
当然弁明はしたがタイミングの悪いことに、ちょうどリカと二人で歩いているところを美咲に見られてしまったのだ。美咲にリカのことを説明する前に、連絡はシャットアウトされてしまった。夏休みまでに何とか、美咲の誤解を解かなければと考えていたが、終業式の日に美咲から連絡がきた。
『ごめんなさい。私の早とちりだったことが分かったの。話しできる?』
美咲に突然連絡をくれた理由を尋ねると、噂を話してくれた友人が、誤解を解いてくれていたらしい。
その友人は何故か俺とリカの関係を知っていたが、それを知っている理由は教えてくれなかったらしい。
気になることは残ったが、無事誤解が解けてホッとしている時に、リカから連絡が来た。愚痴がてら一連の話をしたところ、彼女なりに責任を感じたのか食事に誘われたのだった。
「従妹とはいえ、腕組んで歩いてたのが駄目だったかな」
昔から、リカは俺が迷子にならないように、手や腕を取って歩いていた。今でもその名残なのか腕を組んでくる。
「リカさんは腕組んでくるのもそうだけど、距離が近すぎ」
「康平ちゃんが、迷子にならないようにお姉さんが手をとってあげてるのに」
リカが泣きまねをするが、下手過ぎて可哀想。
「そもそも私が変に勘違いしただけですから。二人で並んで歩いてると、凄くお似合いに見えちゃって」
リカが嬉しそうに笑う。
「そう?良かったね康平、こんな美人のお姉さんと並んでもお似合いだって。昔は小デブだったのにねぇ」
いらんこと言うなとリカを睨むと、はいはいと言って口を紡ぐ。
「ねぇ、それ康平があげたリングでしょ?似合ってるね」
美咲の指についたリングを眺めて、リカは微笑む。
同じリングを俺も付けているが、美咲の誕生日にペアリングをプレゼントした。このペアリングを選ぶ時に参考意見を貰う為、リカを連れて行ったのだ。
「ありがとうございます。サイズもぴったりですしデザインもすごく可愛くて」
愛おしいそうにリングを触る美咲を見ると、送ったかいがある。
「康平は私も連れて行ったけど、ほとんど必要なかったよ。結局一人で全部決めちゃうし」
「リカさんは高いのばっかり選ぶから」
「指輪は女の子の夢を叶えるものだからね」
女の子って歳じゃないよなと思っていたら、表情でバレたのか蹴られた。
「そういえば、康平は路上アンケートの人に夢中だったね」
「路上アンケートの人?」
美咲が不思議そうに尋ねる。
「そうそう路上アンケートの人に声かけられてね、デレデレしてたよ」
リカからさっきの意趣返しのつもりか反撃が飛んできた。
「別にデレデレしてたわけじゃない。女性にしては背が高いし、中世的な顔立ちしてるなと思ったくらいで」
これじゃよく見てましたと言わんばかりだ。案の定美咲が冷たい目で見てきて、居心地が悪い。
「でも、あの人は駄目だよ。康平」
「美咲の視線が痛いから勘弁してよ、リカさん。」
「えーだって康平が男に走ったら、美咲ちゃんが可哀想だよ」
「え?」
リカが何故、路上アンケートに興味を示したのか、今初めて理解した。
「もしかして、あれ男だったの?」
リカは今気づいたの?と笑った。
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