第65話 第2回イベント3


「落ち着いたらでいいから、詳しく教えてくれるかい?」


 会議室に響くのは優しい声。

 静さんに集まっていた視線がリーダーの言葉によってばらける。


 何度か深呼吸をした後に、彼女はゆっくりと口を動かした。


「もう大丈夫です、とりあえず生配信を……」


 喋りながら空中で動かす指は少し震えている。

 さっきまで動画を見ていたモニターには、この会議室と同じ様な空間が映っていた。


 画面の下には大きな文字で The 2nd world運営と直接対談まで後10分! と書かれている。


 その文字の上では、横取りされた配信者がこれまでの経緯を話していた。

 ゲームの中の姿と同じく、白で統一された服装に十字の柄が入った帽子をかぶる姿は神官をイメージさせる。


「配信を見に来てくれた皆さんありがとうございます、べちょべちょチャンネルのべっちょです」


 自己紹介から始まり、上級のイベントダンジョンで起きた事を、動画を再生させながら感情的に話していく。


 べっちょが運営にした要求は2つ

 相手プレイヤーからの謝罪と、倒せるはずだった3匹のレアモンスターの報酬の補償。


 ここで静さんからの補足が入る、報酬に関しては横取りした人間から返して欲しい、というものみたいだ。


「無茶苦茶っす……」

「これは飲めないな」


 2人の声が重なった。

 確かに横取りはしていたし、後ろを付けていたし、最後の魔法は嫌がらせだった可能性もある。


 それでもこの要求は飲めない、もしも飲んでしまえば他の人にも同じ対応をする必要がでてくる。

 平等である必要は無いが、公平性を失ってしまったらゲームに未来は無いだろう。


 それに普段ならモラルに欠ける行為なのかもしれないが、プレイヤー同士の競争を前提にした今回のイベントでは戦略と言えなくもない。


 考えている間にテロップに表示された残り時間が0秒になったみたいだ。

 白い光と共に、黒いスーツの男が現れる。

 見覚えのあるその人は、少し頭を下げてから前を向いて話し出した。


「初めまして、The 2nd world 運営の佐藤 学です」


 160cm程度の身長に、清潔感を感じさせるショートヘア、男か女かわからない中性的な顔立ちは高校時代の親友から全く変わっていなかった。


「わざわざありがとうございます、そこに座ってください」


 ありがとうございます、と返した後に椅子に座る。

 向かい合う2人の間に軽い沈黙が流れた。


 ふと視線を動かすと、動画の横にあるコメント欄には多くの意見が書き込まれていた。


 横取り含めて戦略だろ、そうゆうゲームなんだからこんな要求飲む必要がない、大袈裟すぎる、わざわざ運営 を呼び出すとかあり得ない、器が小さい奴、等の配信者を否定する意見。


 現金が関わってるからな、こんなイベントを開く時点で対策を考えておくべき、こっちはお客様だ、かわいそう、無責任、相手プレイヤーの特定、公開謝罪、等のべっちょを肯定する意見。


 ざっと見た感じだと半々くらいで対立している。


 他にも、私も横取りされた、俺も補償欲しい、自分も邪魔されたと、この話し合いに便乗する書き込みも結構見つけた。


 後は学さんかっこいいとか、可愛い子きたー、とか、どうでもいいものも少し。


「それで、こちらの要求は飲んで貰えるんですか?」


 最初に動き出したのはべっちょだった。

 丁寧ではあるが、少し威圧的な声。

 コメント欄の動きが止まる。


「すいませんが、どちらも飲むことは出来ません」


 目を合わせたまま断る学は軽く息を吸うと続けてゆっくりと説明した。


「今回の内容を入念に確認させて頂いた所、特に不正行為や、違反行為をしていない為、運営の介入によって相手のお客様が謝罪する必要は無いと判断致しました」


「は? こっちは金を出してるお客様で、あいつのせいで現金を損しているんですけど?」


 ノータイムでべっちょが畳み掛ける


「運営さんは粘着とか嫌がらせを放置するんですか? 確かゲームの注意事項には故意に悪質な行為やモラルに欠ける行動をした際にはアカウントを凍結させる場合があります、って書いてますよね?」


「報酬はモンスターを倒した人に与えられる事、1wワールドも獲得出来ずに終わる可能性が高い事は事前に警告させて頂いています

今回のイベントにおいて、私は横取りは戦略として考えています、また、最後の魔法も相手のお客様に確認した所、べっちょ様の妨害を目的に使った訳ではなく、自分がとどめを刺すために使ったと回答を頂いています」


「悪質な行為やモラルに欠ける行動への対処ですが、通常のフィールドで通報があった場合は早急に確認して、しかるべき措置を執らせて頂いています」


 早口で喋るべっちょとゆっくり話す学。

 次の言葉までには少しの間があった。


「そんなの知らねぇよ、だいたい最初に謝ったよな? それは落ち度があるからじゃねぇの? こっちは不愉快な思いをしてんだよ、誠意を見せろよ」


「はい、要求を飲めないことにすいませんと言いました、今ここで、お客様と直接お話をさせて頂く事が私の精一杯の誠意です」


 そう答える男の表情は変わらず、1度も視線を逸らすことはしない。

 今度の間はさっきよりも長かった。


「じゃあ戦略のためなら他のプレイヤーに不愉快な思いをさせていいんだな? だったら全員魔法で閉じ込めてから行動するのもアリなんだよな?」


 こめかみを掻きながら話す配信者。

 ここでコメント欄が大きく動き出す。


「それも立派な戦略だと思います」


 そう言い切った親友の声にブレはない。


 次の返事は返ってこなかった。




「いつも私達の作ったゲームを楽しんで頂いてありがとうございます、もっと快適に遊んで貰えるように日々努力していきますので、これからも宜しくお願いします」


 何の脈絡もない言葉。


 長い沈黙を破ったスーツの男は心なしか微笑んでいる気がする。

 今までよりも高い声は、耳にすんなりと入ってきて、なんだろう? あったかくなる様な感じがした。


 それから少し話をした後に学は動画の中から消える。


「皆様、お騒がせしてしまってすいません、イライラしてしまって冷静じゃなかったみたいです

これからもセカワーを楽しみながら動画を上げていくので、べちょべちょチャンネルを宜しくお願いします」


 神官はそう言って頭を下げると、配信が終了、モニターは真っ暗になる。



 思っていたよりも、あっけない……

 それが俺の率直な感想だった。

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