第44話 第1回イベント前半戦8


「火球」


 声と同時に現れる火の球、

 込めたイメージがそれを変化させる。


 最初の半分よりも、小さいくらいの大きさになった火球は結構な速さでプレイヤーに向けて飛んでいく。


「これはっ」


 驚きの声を上げながらも躱そうとする侍。

 しかし元々の体勢が悪すぎたのか、火球は逃げ遅れた左肩に着弾する。


 空いている距離は10メートル位、

 俺は回復薬やアイテムを使わせない為に全力で距離を詰める。

 その最中、目線だけを一瞬ステータスに移動させた。


  リン HP43/101


 よしっ!半分以上のダメージを与えられた。

 このまま押し切れば今回は勝てる。


「まさか、参加する前に魔王から攻撃が来るとは思いませんでしたよ」


 配信者のリンは、俺にというよりも、どこか別の場所に向かって話しかける。


「やはり黒の魔王と炎の魔王だけは例外みたいですね、そもそも最初から30レベルでなく、武器も持っていた、

まるでプレイヤーがそのまま敵になったかのように」


 回復は諦めたのか、元々する気が無かったのか、侍はその場を動かずに、左手で鞘を持ち、右手で柄を握りながら腰を落とす。

 俗に言う、居合の構えだ。


 こっちを見る黒い瞳に銀の光を見た気がした。


 いや、錯覚なのだろう……

 魔法を使った気配は無いし、言葉も聞いていない。


 ただ、今までのゲームの経験がこのまま突っ込むのはヤバいと警報を鳴らしている。

 全力で動いている足にブレーキをかける。


 思い出せ、昨日の動画でリンは雷の魔王を一撃で倒していた。

 たしか…… 攻撃は最低150以上。

 俺の防御は45、もし昨日の技が直撃したらほぼ間違いなくゲームオーバーだ。


 残り3メートル位でなんとか止まる事ができた。


 目の前の敵はこちらを見たまま動かない。


 どうする?

 もう1度同じ威力の火球を当てる事が出来れば勝ちだ。

 だがしかし、当然相手もそれを警戒しているだろう。

 一定時間で消えるとはいえ、相手はステータスを俺よりも詳しく見れる分、より深い作戦を練る事が出来る。

 もう1発さっきの魔法が使える事はお見通しだろう。


 少しの沈黙。


 動いたのは侍だった。

 腰を落とした状態で走ってくる。


 あの状態からの攻撃など全く警戒していなかった俺は、反射的に火球を放ってしまった。


「最後の1発ですね、数ある可能性の中で最高の展開を引き当てたみたいです」


 まるでこの未来を予想していたかの様に、抜き放たれた刀が炎の魔法を斬り裂き、消滅させる。


「これで、遠距離の攻撃を警戒する必要が無くなりました」


 もう一度、俺のステータスを表示しながら、

 侍は刀を鞘にしまうと、ゆっくりと歩いてくる。


 やってしまった……

 魔力を使いきってしまった事は、ステータスのせいで相手にバレている。

 後は近距離戦で戦うしか無いのだが、シルバーソードを使ったとしても俺の攻撃は補正を入れても82.5、奴の防御は40。

 残りのHPを考えると最低2発の攻撃を当てなければいけない。

 もしくわ、急所に当てる事が出来ればなんとかなるかも知れないが……


 それに対してリンは技を一撃当てれば勝ちだ。

 最初の攻撃で奪った有利がさっきの攻防で逆転されてしまった。

 なにより相手のスキルや魔法がわからなすぎる。


 

 クソッ、これはプレイヤーの時に味わった事がない感覚だ。

 いつも戦闘前に相手の動きを調べて、技を分析して、全ての行動に対処出来る様にしていた。

 それが今は逆だ。

 こっちの情報は筒抜け、技も見破られ、どんな行動を起こしても対処されるだろう。


 これが魔王として働くということなのか……


 俺は今日、初めて、この職場に不安を感じた。

 もしも雷の魔王のように攻略されてしまったら、毎日、毎時間、毎分と敗北するのだろうか?

 勝てないのに、戦い続けないといけないのだろうか?

 それはどれだけ辛いのだろうか?

 ギブアップは許してもらえないだろう。

 背筋が冷たくなっていく

 目の前が暗くなっていく

 体が動かなくなっていく


 怖い……


 嫌だ……


 押し寄せてくる不安と恐怖に思考が止まる。


 気付けば侍は目の前に居た。


「本当にAIが動かしているんでしょうか?」


 そう呟きながら刀を抜く。


 反射的に後ろに飛んだ俺は、なんとか刀を躱す事が出来た。

 いや、躱すなんて格好いいものじゃないな、慌てて後ろに下がっただけだ、もしも現実世界だったら、さぞ驚いた顔を晒していただろう。

 もしかしたら転んでいたかもしれない。

 あぁ、なんて無様なのだろう……

 少し笑えた。


 ふぅ

 短く息を吐く


 なぜだろう……

 こんな時に、

 ゲームが下手くそな自称親友を思い出した。

 同じ条件で戦っている鈴木さんを思い出した。

 モンスターを作るのが楽しいと語っていた遠藤さんを思い出した。


 彼等も怖いのだろうか?

 もしも作ったゲームがつまらないと言われたら……

 ボスが弱すぎて荒稼ぎされたら……

 作ったモンスターのせいでプレイヤーが離れていったら……


 他の事を考える事が出来たからか、少しだけ冷静になれた気がする。


 だから頭を回せ


 勝つしかない


 もっと頭を回せ


 やるしかない


 どうせ負けても勝っても時間は進む。

 どうせ負けても勝っても研究される。


 少しだけ、吹っ切れた気がした。

 止まっていた思考が少しずつ動き出す。


 とりあえず俺を斬ろうとしてくる刀を迎撃しようと、シルバーソードを前に出す。

 その瞬間、侍はバックステップで距離を取る。


 少しわかった…… 奴も人間だ。

 情報を持ってるとはいえ、未知の敵との戦いは慎重になるのだろう。

 こっちが今までに無い動きをすれば1度距離をとって様子を見る。

 その気持ちはよく分かるぜ。


 回り出した頭が少しずつ加速する。

 相手は俺をAIだと思っているはず、つまり魔力剤を使える事を知らない。

 そして、奴は魔力がもう無いことを知っている。

 ならば魔力を回復出来れば最高の切り札になるはず。

 問題はどうやってアイテムを使う隙を作るかだ。

 少しでも間が開けば攻撃を受けるか、相手も回復アイテムを使うだろう。


 そして1つ作戦を思いつく。

 相手がゲームをやり込んでるから成立する作戦。

 もしも俺がプレイヤーだったら間違いなく成功する。

 賭けの要素が少し強いが、今までの行動パターンから考えても上手くいく可能性は高い。


 侍の近くに表示されていた俺のステータス情報が消える。

 今は奴の目には炎の魔王の名前とHPが表示されているだけだろう。

 これで準備は整った。

 さぁ、勝負の時間だ。

 これで負けたらまたレベルを上げて再挑戦しよう。



 構えたまま動かない侍に向けて、俺は左手を隠すように右手を突き出して叫ぶ。




「火球 極広」

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