第7話 ゲーマーの朝は早い(徹夜)




(くっそ、ねむい……)


 休み明けの月曜、斗真はゾンビのような足取りで校門をくぐった。


 早めの登校のため、校舎へと続く並木道にはまだ人気ひとけがない。グラウンドや体育館で朝練する生徒を横目によろよろと歩き、あくびを漏らす。


 意地でもランキング一位をとろうと、昨日から徹夜で一睡もしていないのだ。


(きっつ……さっきまでは余裕だったのに)


 家を出る前は「全然ねむくねえ、学校もよゆ〜!」というテンションだったのだが、アドレナリンが切れたのかとてつもない眠気が押しよせていた。


 目がしょぼしょぼして、太陽光の下ではまともに開けているのも厳しい。


(でも課題やらないとなあ……)


 今日早めに登校した理由というのが、それだった。

 テスト前に出されていた数Bの課題が、いまだ手つかずで残っているのだ。


 始業前に少しでも睡眠を取りたいところだが、数Bの教師はうっとうしいハゲオヤジだ。もし課題をこなしておかねば、今年中はロックオンされて納豆のようにねちねちと小言を言われつづけることだろう。それはこまる。


(とにかくやるしかないか)


 まだ始業まで時間はある。

 意図せず徹夜してコンディションは最悪だが、がんばってこなすしかない。


 しかし、斗真が教室に入ったときだった。



「――おっはよ〜う、斗真くん♡」



 そんな挨拶とともに天使スマイルが斗真を出迎える。


「……あれ、古谷さんおはよう」


 徹夜で頭がぼーっとしていて反応が若干遅れたし、真顔ではあったがとりあえず形だけ挨拶を返すことに成功する。


 それは“万年に一人の美少女”、古谷来未ふるやくるみに違いなかった。


(幻覚じゃ……ないよな)


 眠気まなこをこすってみるが、来未の姿が消えることはない。


 徹夜明けで反応が薄い斗真だが、内心はすごくおどろいていた。

 斗真は課題のために早めに登校することが多く、教室に一番乗りも珍しくない。今日もおそらくそうだと思っていたのだが、まさか来未がいるとは。


 あの古谷来未と朝から教室に二人きり。

 世の男どもからすればうらやましい状況である。だがいざその状況におかれてみると、ただただ気まずいという感想しかない。


(……なんでこんなに早く来てるんだ?)


 席につき、課題の参考書を広げる。

 だが寝不足にくわえて来未の存在もあって、集中できるはずもなかった。


 教室に二人きり。

 互いに互いを意識しているようなむずがゆい静寂が、教室を包んでいた。


 それをやぶったのはもちろん斗真――ではなく来未のほうだった。


「……二人っきりだね♡」

「そうだね、なんで今日は早いの?」


 甘い声音で言う来未に、しかし斗真は淡々と疑問をぶつける。


「え〜、わたしが早く来ちゃダメなの〜?」

「ダメじゃないけど、純粋に疑問だからさ」


 斗真が肩をすくめると、来未は少し気恥ずかしそうにうつむく。


「……ほら、斗真くんっていつも早く登校してるでしょ? わたしが登校すると、いっつも机で課題やってるし。だから早く来れば、斗真くんと話せるかなって♡」

「本当は?」

「え〜ひど〜い、なんで嘘って決めつけるの〜?」

「いや、でも嘘でしょ」


 あの古谷来未が陰キャと話すためにわざわざ早起きするわけがない。

 斗真が完全に決めつけると、来未はぷくぅと頰をふくらませる。


「たしかに珍しく早く起きちゃったから登校しただけだけど、斗真くんと話せるかなって思ったのもほんとだよ〜? 斗真くんなかなか話してくれないし」

「ごめん、コミュ力ないから」

「……ていうかねむそうだね、昨日遅くまでゲームしてたとか〜?」

「そんな感じ」


 正しくは今朝までなのだが、言っても引かれるだけなので訂正はしない。


 ちなみにそっけない応答を続けているが、これはあえてだ。

 いま最優先すべきなのは課題なのだ。仲良くおしゃべりしている場合ではない。それに徹夜して意識がぼーっとしているので、そういう気分でもないし。


「PUBDのイベ、限定スキンもらえたの〜?」


 しかしそんな斗真の思考も虚しく、来未はさらに話を振ってくる。


 効率厨の斗真は、自身の計画が崩れることをなにより嫌う。

 ぼっちでいるのは他人にペースを乱されないためという理由もあるのだ。気をつかって話かけてもらってなんだが、若干面倒くさいなと思ってしまう。


 だが陰キャに話しかけてくれた心優しき美少女を無視するわけにもいかない。


「一応ランクインはしたよ、スキン配布はイベ終了後だけど」


 そして訊ねられるままに答えたものの――すぐにに気づく。


「……あれ、なんで僕がPUBDやってたこと知ってるの?」

「銀さんが言ってたもん。打ちあげ来なかったのもそれが理由じゃろうって」


 銀太の口調を真似し、肩をすくめる来未。


 ふてくされて唇をアヒルのようにとがらせる姿もやはりかわいらしかったものの、いまはそんなことを考えている場合ではない。


 あの生臭坊主なにを勝手に暴露してくれているのだ。

 先日どうにか“大事な用”でごまかせたと思ったのに台無しである。


「いや、それは……」


 斗真が肯定するか否定するか迷っていると、その間が命取りになった。


 斗真のその様子を見て、完全に来未は銀太の言葉が真実だと判断したらしい。

 ジト目をこちらに向けてきていた。


「……ふーん、打ちあげ来なかった甲斐があったってことか〜! わたし斗真くんが来なくて、すっごい悲しかったんだけどな〜! そっか、やっぱりPUBDしてたんだ〜!」


 来未はここが攻めどきとばかりに、小悪魔めいた笑みで問いつめてくる。


 もちろんからかうような口調ではあったが、気のせいだろうか。そのなかにわずかに本気の怒りがにじんでいる気がして、斗真はびくびくとしてしまう。


「あ、いや……あいつなんか勘違いしてるな、あの日は別な用事だよ。さすがの僕でもPUBDのためにクラスの打ちあげサボったりしないって」


 ポーカーフェイスでさらりと嘘をつく斗真。

 こういった嘘には慣れているので、自分で言うのもなんだが自然な嘘だったと思う。


「嘘はね、神さまがちゃんと見てるんだよ〜? 」


 しかし来未には嘘だと完全に見抜かれていたらしい。


 ほんとは〜? と。

 さらに問いつめるように、来未は斗真の顔をのぞきこんでくる。


 自分に詐欺師の才能があるかもしれないなんて自惚れていたので、少しショックだった。いや、詐欺師の才能がなくてショックを受けるなという話だが。


 なんにしろこのまま嘘を突きとおすのは不可能だと判断する。


「ほんとは……ごめん、PUBDしてた」


 これ以上ないぐらいに申し訳なさを醸しだし、斗真は頭をさげる。


 人間引き際が大事だ。

 ぼっちの心得その32、引き際は常に冷静に見きわめよ。下手に嘘を突きとおそうとすれば、傷口を広げて自身の首を絞めるだけだ。


 ちなみにこの謝罪は演出だ。これだけ素直に頭をさげられれば、それ以上来未も責められないはずという打算のもとの演技である。


(だって、僕ぜんぜん悪くないしな)


 正直、実際は申し訳ないとは微塵も思っていなかった。

 ゲームは立派な用事であり、打ちあげに行かずにゲームをしていたからといって責められるいわれはないというのが斗真の意見だ。


 もちろんそれが一般的な意見だとは思っていない。だから角が立たないように謝った。


 来未は迷うように「う〜ん」とその整いすぎた顔をしかめる。


「……しかたない、素直に謝ってくれたから許そう!」


 そんな打算的な謝罪は思惑通りに受けいれられ――


「ありが……」

「と思ったけど、♡」


 たかと思いきや、来未は小悪魔めいた笑みでそう続けた。

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