第6話 古谷さんはSNSで思わせぶる




「……っしゃあ!!!」


 深夜。斗真は自室でPC画面を凝視し、雄叫びとともにガッツポーズした。


 帰宅してPUBDのゲーム内イベに参加することうん時間、ついに限定スキン取得の条件であるランキング上位へのランクインを果たしたのだ。


 なかなか苦労したが、コツをつかんでからはわりとすぐだった。

 学校ではただの陰キャぼっちの斗真だが、実はPUBDのプレイスキルはトップレベル。界隈では名も知れているのだ。これぐらいの結果は当然である。


(ふっ、僕が何時間このゲームについやしてると思ってんだよ)


 自身のランキングの下にならぶプレイヤーたちをながめ、ほくそ笑む。


 哀しきかな。実生活では他人にマウントをとれることがあまりないため、こうしてゲームでマウントをとって承認欲求を満たすのが斗真の日常であった。


(うわ、自分で言ってて虚しくなってきた)


 自分がPUBDについやしてきた時間は、数千時間にもおよぶ。

 その時間を勉強にでもついやしていれば――あるいはリアルでの人間関係の構築にでもついやしていれば、どれほど薔薇色の人生を送れていたか。


 ……いや、元が元だから大して変わらないかもしれない。

 腐った性根だから、このような灰色の人生を歩んでいるのだとも言える。


(ツイッター見て忘れよ)


 現実逃避すべくスマホを引っつかみ、ツイッターをながめる。

 PUBDプレイヤーばかりフォローしているため、みな今回のイベのことについて投稿している。みな限定スキン取得のため、試行錯誤しているようだ。


 斗真はすでに上位ランクインを果たしたため、高みの見物である。

 しばし皆の投稿をながめ、優越感にひたる。


 だがざっとタイムラインをスクロールしていたときだった。


(ん、これは)


 ふと、覚えのあるアカウントが目に入る。


“万年に一人の美少女”こと古谷来未のアカウントだった。


 斗真が彼女のアカウントをフォローしていたわけではない。フォローしているPUBDプレイヤーが偶然彼女の投稿をリツイートしたのだ。


(……自撮りだけで数万いいねも稼ぐのかよ、やべえな)


 内容は友達のモデルとの自撮り画像だ。

 特別なことはしていないのに、いいねの数が数万を超えている。


 かわいいというのはそれだけで、数万いいねの価値があるらしい。

 以前、斗真が考えに考えぬいたネタ投稿はいいね0だったというのに、なんと不平等な世のなかか。……いや、それは単につまらなかったのだろうけど。


 それにしても人気があるのは知っていたが、ここまでとは。

 テレビや雑誌といったそちら側の情報にはほとんど触れていなかったため、あらためて彼女の尋常ならざる超人気を見せつけられた気分だった。


 ランクイン報告のツイートに数百ものいいねがつき、さらには自分のファンだという女性らしきアカウントから『さすがです!』などとリプが飛んできていてご満悦だった斗真だが、それが虚しくなるほど桁外れの人気だ。


(そういや打ちあげどうなったんだろ)


 魔がさし、来未のアカウントに飛んでみる。

 投稿を少しさかのぼってみると、打ちあげに関する投稿を発見した。



 古谷来未 @xxxxxx

 今日はテストが終わって、クラスのみんなでおつかれさま会! めっちゃ楽しかった! さいきんお仕事で忙しいけど、またやれたらいいな〜♡



 そんな文面とともにクラスメイトとの画像をアップしている。

 みんな笑顔でものすごく楽しそうな画像だった。盛りあがったようだ。


(……うわ、見るんじゃなかった)


 別にこの場に参加したかったわけではない。

 だが自分のいないところでクラスメイトがわいわい盛りあがっていたと思うと、ひたすらゲームしていた自分がなんだか虚しくなってくる。


 だからと言って、いざその場に行けば後悔するだけだから絶対に行かないが。


 やっぱりクラスメイトのSNSなど見るものではないと思いつつ――


「……ん?」


 それでも来未のアカウントを見ていると、打ちあげに関する投稿をまた発見する。



 古谷来未 @xxxxxx

 でも今日は来れない人もいたから、次こそクラス全員でやりたい! Tくん今度はぜったい来てね、待ってるよ! 前からずっとず〜っと話してみたくて話せるの楽しみにしてたのにぃ〜……ほんっとにさみしかったんだからね!(泣)



 このTくんというのは、あきらかに斗真のことだった。

 打ちあげに来てなくてイニシャルがT、まず間違いあるまい。


(……う〜ん、嘘つきダウト


 しかしならぶ言葉は、完全にお世辞だろう。


 クラスの陰キャ一人いない程度でさみしいわけがあるかと思う。


 来未はこの世界の最上位に位置する陽キャであり、彼女のまわりには呼んでもいないのに人が集まる。数えられるぐらいしか話したこともないクラスメイトの陰キャが来なかったぐらいで、さみしくなるわけがあるまい。


 話したがっている素振りもまるでなかったし、まあ自分に気をつかって触れてくれたのだろうが。まったく陰キャにまで気をつかうとは律儀なことである。


 というかツイッターのアカウントはクラスメイトの誰にも教えてもいないのだが、なぜ斗真が見ているていなのだ。自意識過剰か?


 ……いや、実際見ているのだが。


(ていうかリプの数もやばいな)


 その投稿にもリプが数百と来ていて、『くるみんにこんなこと言われるなんて、Tくんうらやましすぎるw』だの『くるみんがこんなに言ってるんだから絶対来いよな、たかし!』だのと勝手に盛りあがっている。


(……誰がたかしだ、人の名前を勝手に改名するな)


 毒つくものの、悪い気はしない。

 有名人の美少女にイニシャルとはいえ名指しされ、こうして特別扱いで話題にしてもらえているのだ。ガチ恋のファンが『Tくんに嫉妬やばいw』などと反応しているのを見ると、むしろなんとなく優越感がある。


(……さみしいとか言っても、月曜には忘れてるんだろうけど)


 さみしかっただのは、しょせん社交辞令。

 週明けには来未もこの投稿のことなどすっかり忘れているだろう。


 多分に偏見もあるが、陽キャというのはそういうものだ。

 一日に言葉をかわす人間が一人二人しかいない自分とは違い、彼らはとにかく人付き合いが多い。こういった些事はいちいち覚えていないだろう。


 そういった互いのなかでのギャップが勘違いも生むわけだが、歴戦のぼっちである斗真はそこらへんわきまえているつもりだ。


 SNSで名指しで『斗真くんがいなくてさみしかった(泣)』などと言われたからと言って、間違ってもこの“万年に一人の美少女”が自分に好意を持っていると考えたり、銀太やクラスの男子のように告白したりはしない。


 自分の生活は週明けからも変わらず同じ。

 薔薇色にそまることも、いま以上に黒くよどむこともないだろう。


(……って、うわ! ランキングめっちゃ抜かされてんじゃん!)


 視線をPCへと戻すと、下位へと転落しているのに気づく。


 こうなりゃ絶対一位とってやる、と。

 そんなことを考えながら、ふたたびゲームの沼へと沈んでいく斗真であった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る