第4話 ゲーム内イベは立派な用事である




「ほら、銀さんも行くって! 斗真くんも行こうよ〜♡」


 銀太が完全に陥落したと見るや、すぐに斗真へとターゲットを戻す来未くるみ


「そうじゃそうじゃ、クラスメイトとの親交を深めるせっかくの機会じゃぞ緑川」


 完全に手のひらを返したエロ坊主もそれに追随する。


 おまえにはプライドはないのか、と。

 斗真が無言でジト目を向けると、銀太はすっと気まずそうに目をそらした。


(まったく、これだから他人って信用できないんだよね)


 同じぼっち仲間だからと協定を結んで慣れあったのは間違いだった。せめて銀太に某サイヤ人の王子の毛ほどのプライドがあれば別だったのかもしれないが。


 ぼっちの心得その23、自分以外の人間はいつか必ず裏切るものと思え。

 あらためて肝に命じねばなるまい。


「ごめん、今日は本当に大事な用があるからさ」


 完全に孤立無援におちいったものの、それでも斗真はそう言った。


 いくらクラスでひとり打ちあげに参加しない浮いた存在になろうとも、斗真の意志は変わらない。打ちあげなどという非生産的なものに参加するつもりはない。


(まっすぐ自分の言葉は曲げない、それが僕のぼっち道ってね)


 斗真にもぼっちとしての矜持があるのだった。

 それに中途半端に気をつかって参加をしても、自分の首を絞めるだけだ。嫌なものを嫌と言える人間になれと近所のおっさんか誰かも言っていた。たぶん。


「え〜、大事な用ってなあに〜?」


 しかし来未にもなんらかの矜持があるのだろう。

 すぐには引きさがろうとはしない。問いつめるように斗真の顔をのぞきこんでくる。


 無論、大事な用というのは限定スキンがもらえるPUBDのゲーム内イベへの参加であるが、それを言うのはさすがにはばかられて斗真は口ごもる。


 煮えきらぬ斗真の様子を見て、、攻めどきと思ったのだろう。


「斗真くんが来ないとわたしさみしくて泣いちゃうかもよ〜? 用事って、わたしを泣かせてまで済まさないといけないことなのかな〜?」


 銀太にしたようにうるうる光線を飛ばしてくる来未。

 おいこの陰キャ来未ちゃんを泣かしたらどうなるかわかってんのか、と。教室中の男子から無言の圧力をかけられるものの、それに屈する斗真ではなかった。


 斗真の表情は鉄仮面のように微動だにしない。

 いくらこの美少女を泣かせることになろうとも、クラスの男子にこの後に血祭りにされることになろうとも、その意志はオリハルコンのように硬かった。


(まあオリハルコンがどれぐらい硬いかは知らないけど)


 銀太を一瞬で陥落させたうるうる攻撃を受けてもなお斗真が表情を変えないのを見て、来未はさすがにおどろいたようでわずかに目を見開く。


 しかし我にかえった様子ですぐに斗真の手をとると、


「わたしのためだと思って来てよ、おねが〜い♡ 焼肉食べながらもっと斗真くんとお話しして、もっともっと斗真くんのこと知りたいな〜♡」


 これまでに見たことのない渾身のおねだりをゼロ距離でかましてくる。


 それだけで絵になる華奢な白い手で斗真の手を握り、うるうるとしたつぶらな瞳で頰をほんのりと赤らめながら、ただでさえ“万年に一人の美少女”として絶世の美貌を持つ彼女が、その美貌を最大限に生かした角度で上目遣いしてきていた。


 攻撃力にして9999。

 カンストである。


 ああこれは落ちたな、と。

 来未と斗真のやりとりを密かに見守っていた教室中の誰もが、斗真がこの絶世の美少女の破滅的な攻撃力の前に陥落したと思ったことだろう。


 そう思うのもいたしかたない。

 ここまでした彼女を拒否できた人間を、斗真自身も見たことがなかった。


 しかし前述のように斗真の覚悟はあまりに固かった。


「……ごめん、やっぱ無理だ。本当に大事な用だからさ」


 斗真は申し訳なさそうに、だがはっきりとそう言った。

 なにしろ今回のイベントはかぎられた時間のなかで結果を出さねばならぬものだ。ランキングに載って限定スキンを入手するためには一分一秒も惜しい。


 直後――それじゃ! と。

 もはや斗真はいてもたってもいられなくなり、逃げるように教室から飛びだした。


「あ、え……嘘、斗真くん待ってよ!!!」


 断られることを想定していなかったのだろう。

 来未は数秒遅れてそれに反応し、慌てて斗真の背に言葉を投げる。


 しかし無論、斗真が立ちどまることない。


 僕は限定スキンを絶対に手にいれるんだ、と。

 通りがかった生徒たちが一様に身体的にも精神的にも引いてしまうほどに廊下を全力疾走し、すさまじい勢いで下駄箱から飛びだしていった。


 そんなこんなで――

 斗真は見事、打ちあげという地獄イベントへの参加を回避したのだった。




 自身のこの行動が、また別の面倒ごとの引き金となったとも知らず。




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