第3話 自分だけが特別なんてことはない



「え〜、なんで来ないの〜!? 銀さんだって来るんだよ〜!?」


 斗真がさらりと断ると、来未くるみは桜色の唇をとがらせて不満をあらわにする。


 思わずキスしたくなるアヒル口ではあるが、実際にキスすれば事案。

 いやそれどころか来未を姫とあがめる世界中の“くるみん王国民”により、間違いなく命をねらわれるだろうから当然のごとくキスは妄想にとどめておく。


「ね、銀さんは来るもんね〜♡」


 当の姫君は天使スマイルをうかべ、教室のすみの坊主頭の男子に声をかけていた。


 坊主頭男子こと遠山銀太は来未の笑みにつられ、デレデレと情けのない笑みをうかべる。だが斗真がぎろりとにらむと、気まずそうに視線を泳がせた。


「い、いや……わしも行くとは言っとらんが」

「え、来ないの〜? 銀さん来ないとわたしさみしいよ〜!」


 あだ名の由来ともなった独特の方言で銀太がしぶる素振りを見せると、来未はすぐに捨てられた子犬のようにうるうるとした瞳で先制攻撃をしかける。


 それから、かわいらしい子犬のようにタタタと銀太に歩みより、「来てよ〜!」と銀太の腕をとってぶんぶんと振りまわして駄々をこねる。


 なるほど、これはすさまじい破壊力だ。

 絶世の美少女に名指しであなたが来ないとさみしいと言われ、さらにはボディータッチ込みでかわいらしくおねだりされているのだから。


 たとえこれが古谷来未が男を籠絡する常套手段だと知っていても、その常軌を逸したかわいさは思春期の男子ならば誰しも問答無用でうなずいてしまうレベルだ。


 だが――


(ふっ、あまいな古谷さん)


 斗真はそんな二人を見つめ、にやりとほくそ笑んでいた。


 その美貌と愛嬌であらゆる男を陥落させてきた古谷来未だが、今回の彼女には誤算がある。この銀太という坊主頭は、いつも斗真と同じく打ちあげといったクラス行事を断っているぼっち仲間だということだ。


 打ち上げに不参加者がひとりだと浮いてしまうが、二人以上いればあまり浮かない。そのことに気づいた斗真は以前体育の時間にあまりもの同士でグループを組んだとき、お互いそういったことには参加しないという協定を銀太と密かに結んでいた。


 銀太と話すのはあまりもの同士でグループを組んだときぐらいのものだが、彼が信頼にたる歴戦の強者ぼっちであることは休み時間に肌色成分の多いラノベを読むorアイドル育成ソシャゲ“プリマス”をプレイしてニヤニヤする普段の様子からあきらかだ。


 いかに美少女にねだられようが、この坊主が裏切るはずが――


「じゃ、じゃあ……わしも行こっかなあ?」


 一瞬で裏切っていた。

 少し迷っているふうに切りだしているが、ほぼ即答である。


(……いや、協定どこいった!!!)


 しかもこの坊主頭、サルのように弛緩した顔で頭をかきながらもやれやれしかたないなあといった調子だ。モテる男気取りなのが無性に腹が立つ。


 以前に言葉を交わしたときはどうしようもないオタクでありながらも、二次元嫁のサミーちゃんに頑固に一途なところだけはすばらしいと密かに畏敬の念を抱いていたものだが、その唯一の取り柄すらも失ってしまったらしい。


(おいおい銀さん……浮気性の陰キャオタクなんて需要の欠片もないぞ)


 いやそもそも陰キャの時点でほぼ需要ないから関係ないか、と。

 自分でツッコみをいれながらこの世の不条理を噛みしめて悲しくなる斗真。


 まあ絶世の美少女にさりげないボディータッチとともにかわいらしくおねだりされれば、頑固一徹の修行僧も煩悩にまみれた生臭坊主にならずにはいられなかったということだろう。理解はできる。許すかどうかは別として。


「やったー!」と来未が無垢に跳びはねたことでひらひらと舞うスカートに周囲の男子が全視神経を集中させているそのあいだに、


「……おい裏切りもの」


 斗真はさっと坊主頭を乱暴に引きよせ、来未に聞こえぬように粛清にのぞむ。


 鼻の下を伸ばして来未のスカートを覗こうとしていた煩悩まみれどころか煩悩しかない生臭坊主は、食券の列に割りこまれたラーメン狂いかのように怒りくるった斗真の顔を見て、その弛緩した顔を一気に引きつらせる。


「す、すまん……だが古谷さんがさみしいっちゅうからなあ」


 しかたなくね? と言い訳がましく続ける協定相手の生臭坊主。


「まったくしかたなくない、協定を忘れたか?」

「わ、忘れてはおらんが……というか古谷さんって、もしかしてわしに気があるんじゃね? 打ちあげごときにここまで必死に誘わんじゃろ?」

「安心しろ、それは命をかけてもありえない」


 頭のおかしいことを言いだす坊主に即答する斗真。


「いやあるって! わしが行くのしぶったとき、ガチで泣きそうな顔してたじゃろ。あれはわしに気があるとしか思えん。正妻ルートのサミーの反応と同じだし」


 なるほどついに現実とゲームの区別がつかなくなったらしい。


「悪いのう、緑川。リア充になったらこりゃ協定解消じゃな」


 完全に来未と付き合える気になっているようだ。

 しかも、やはりモテる男気取りなのが腹立つ。


(……金になりそうな部位だけ残してどこかに埋めるか)


 もはやここまで頭が逝ってしまうと解体して臓器を裏ルートで売りさばくか、なんらかの肥料か燃料の足しにするぐらいしか使い道はあるまい。


 というか、来未が斗真にも同じ反応をしていたのをこの男は見ていなかったのか。


 そもそも来未は、斗真や銀太にかぎらず誰にでもああいった調子で接する。

 そのためにこうした勘違いをする男は多いのだが、さすがに4月から半年間クラスの勘違いした男どもが告白して玉砕しつづけているのを見れば、彼女がそういう女なのだと理解していてもいいと思うのだが。


 とかく――古谷来未という女は、“思わせぶり”なのだ。


 皆をことごとく下の名や愛称で呼び、気軽に挨拶や言葉をかわし、さりげなくボディータッチをまじえる。分けへだてなく誰にでもそのように接しているため、接するすべての男どもに自分に好意があるのではと勘違いをさせてしまう。


 それが意図的なものかそうでないかは彼女にしかわからないことだが、よくも悪くもあきらかにそういう女なのである。


 ちなみに斗真はが、それはまあ置いておこう。


(さようなら、唯一のぼっち仲間よ)


 来未がそういう女だと知っていても、銀太はしょせんは免疫のない陰キャだ。

 実際にそういった立場に置かれ、自分だけは来未にとっての特別なのだとほかの男どもと同様に勘違いしてしまったのだろう。


 いつも人間が理性的な判断をくだせるのならば、来未が自分に好意があると勘違いして告白した男どもがクラスだけですでに10を超えるわけがない。


 誠に愚かではあるが、一応は協定を結んでいた仲だ。

 この生臭坊主が彼女の周囲に転がる数多の屍のひとつにならないことを祈ろう。


 ……いや、それはたぶん無理だろうから骨だけでも拾ってやるか。


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