第2話 打ちあげは花火だけで十分である




「ねえねえ、斗真くんも打ちあげ行こうよ~♡」


 中間テスト最終日の放課後。

 斗真がさっさと教室を出ていこうとすると、そんな声に呼びとめられる。


 テスト期間で溜まりに溜まったストレスを解放するため、一刻も早く帰宅してエナドリ片手にPUBDで人を撃ちまくろうと非人道的計画を立てていた斗真だが、リアルではただの小心者だ。クラスメイトの名指しでの呼びかけは無視できない。


 面倒臭いと思いながらもしかたなく振りかえると、


「……」


 そこにいたのは天使のような美少女――古谷来未ふるやくるみだった。


 均整のとれた華奢な体に信じられないほどに小さな頭部がちょこんとのり、世界最高の芸術家がその生涯をかけてつくりあげたかのごとき美貌の面差しが、弾けんばかりの天使スマイルをうかべてこちらに笑いかけていた。


 休み時間にスマホをぽちぽちするか机に突っぷして寝たフリをしているかの陰キャぼっちの自分が彼女の宝石のごとき瞳に映っているという事実が、それだけで彼女を汚しているようで申し訳なくなってくる。


 まじですまん。

 そう思ってしまうほどの美少女であった。


 そんな常人離れした美少女にネットでバズるきっかけとなった天使スマイルを向けられているという状況なのだが、斗真の表情は奈良の大仏のように硬直していた。


「……あ〜、斗真くんめんどくさって顔してる〜!」

「いや、そんなことないって」


 表情ゆたかに頬をぷくぅとふくらませる来未に、斗真は苦笑でこたえる。


 実際はすごく面倒だと思っているが、それはもちろん言わない。ぼっちの心得その16、円滑な人間関係を築くために嘘や社交辞令は最大限活用せよである。


 ちなみに陰キャのくせに美少女に興味がない硬派を気取っている痛い男と思われそうな斗真の態度だが、それは半分正解で半分不正解である。


 まず大前提として、斗真は来未にかぎらず美少女が大好きである。

 かわいければ正義だと思っているし、付き合えるものなら付き合いたいとも思っている。


 ではなぜ、来未にこのような態度をとっているのか。

 冷静に考えてもらえればわかることだ。


 、である。


 たしかに古谷来未は美少女だと思う。

 だが彼女はクラスメイトとは言っても芸能人みたいなものであり、自分と惚れた腫れたの関係になることが絶対にないという意味では、アニメやマンガのキャラや三次元の大人気アイドルと大差のない銀河の果てのはるか遠い存在である。


 いや、エロゲやギャルゲのキャラならば努力次第で付きあえるのだから、それよりも遠い存在と言える。なにしろ彼女はいくらがんばって口説こうとも、学校の日陰者の陰キャオタクな自分になびくことは決してありえないのだから。


(哀しきかな。だからこそ、気負わずに話せるってのはあるけど……)


 どうせ恋愛対象外なのだから、どう思われようが関係ない。

 だから斗真はこの絶世の美少女に対し、わりと適当に接しているというわけだ。


 斗真からすれば三次元の美少女というのは、一周回って恋愛対象外なのである。


「ねえ、それより打ちあげ!来るよね!?」


 来未はまるで背に天使の羽が生えているかのように軽やかな足取りで斗真の前にきて、その100点満点で1000点は叩きだしそうな美貌で斗真の顔をのぞきこんでくる。


 何気ない仕草ですら天使に見えてしまうので、美少女は人生イージーモードだなと思う。


「ごめん、遠慮しとく」


 だがそれとこれとは話が別だ。

 二人きりで打ちあげ花火を見にいこうというデートの誘いならともかく、この打ちあげというのはクラス全員でテスト終了を焼肉屋で祝うという謎の会合のことだ。


 打ち上げなんて陰キャの斗真にはメリットがまるでない。

 一部のカースト上位の人間がわいわい騒いでいるのを見ているだけ。おまけに大して飲み食いしていないにもかかわらず、ゲームソフト一本分の大金を払わされるという罰ゲームみたいなものである。死んでも参加したくない。


 もちろんこの美少女と特別に仲良くなれるなら楽しめるのかもしれないが、そのようなことは前述のようにありえない。彼女は攻略不可キャラクター。いま斗真を誘っているのも今回の打ち上げの幹事だから、義務で誘ってくれているだけなのである。


 考えれば考えるほど、打ちあげへの参加は時間の無駄。人生の浪費である。

 さっさと帰宅してPUBDやってたほうが億万倍いいに決まっている。


  自分で言うのもなんだが――斗真はステータスポイントをネガティブ思考に極振りしたかのようなとてつもないこじらせ男なのだった。


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