第13話

 ミソカに介抱され、意識を取り戻したナナクサは仲間の一人が永遠に失われたことを知った。触腕にえぐられた太腿の傷と痛みは半時間もしないうちに完治するだろう。しかし何もできなかった罪悪感。そして喪失感からくる痛みは、この先ずっと付いて回るに違いない。

「準備はできたかい、ナナクサ?」と、タナバタの抑揚のない呼びかけが彼女の耳を撫でた。

「えぇ」と力なく応えたナナクサが見ると、タナバタは頭ににじんで凍りついた自身の血を叩き落とし、武器になった金属棒を杖代わりに抱えなおすところだった。

「さぁ、行くぞ」

 愛した男がのこしていった遮光マフラーを首に巻いたジョウシの声が淡々と流れた。ナナクサは先程のタナバタの時とは違った「えぇ」という生返事を返して、彼女の横顔を盗み見た。無表情でいるだけに、かえって泣きわめきそうなほどの張りつめた傷心がビンビンと伝わってくる。

「急ご。タンゴが待ってるよ」と、小柄なミソカが身体に未だ力が入らない様子のナナクサに肩を貸した。そして彼女の脇に手を回し、立ち上がらせると先を促した。

「そうね、タンゴが待ってるわね」

 ナナクサはそう応じながら、タンゴのことをすっかり忘れていた自分に驚くと同時にミソカの手から伝わる力強さに、言いようのない不安を感じた。

「どうしたの?」とナナクサに歩調を合わせながらミソカが口を開いた。

「いえ、何でもないわ」

「痛むの、まだ?」

「うん。まだ少しだけね」

 嘘だった。身体の痛みなどほとんどえていた。そんなナナクサにミソカが再び問いかけた。

「幼馴染みに隠し事はなしだよ」

「ちょっと……」ナナクサは言いよどんだ。

 私やタンゴ。助ける側の人間が身体の強くない、あなたに助けられるなんて、という皮肉がふと頭をよぎったが、ナナクサはその考えをすぐさま振り払った。あまりに不遜すぎる。いったい自分は何様なのだ。心の中で親友を軽んじたために起こった小さな後悔は、次にジンジツに対する受け止めがたい自責の念に移り変わった。チョウヨウから『瞳の中に星を飼う者』と言われて自分は特別だとでも思い込んでいたのだろうか。自分が決断した計画はすべてうまくいくとでも。それとも真面目に生きてきた自分の思いを始祖さまが無視するわけはないと高をくくってでもいたのだろうか。愚かすぎる。あまりにも馬鹿すぎる。親友や皆の顔がまともに見られない。でも言い訳を聞いてほしいという、弱い自分を抑えられない心も確かにそこに存在した。

「自分がね……」

 ナナクサの言葉に何も言わず、ミソカは静かに耳を傾けている。

「自分があまりにも情けなかっただけよ」

 ナナクサの脇に回ったミソカの手にぎゅっと力が入った。

「あなたのせいじゃないよ」

「わかってる」うつむいたナナクサの眉間に皺が寄った。「いえ、わかっているつもりよ。けどね……」

「誰のせいでもない」ミソカの小さな人差し指がナナクサの唇を遮った。「いい。誰のせいでもないよ。だから急ご。でないと犠牲が無駄になる」

 犠牲という、ミソカの不容易な一言に、彼女らのすぐ前を歩きすぎたジョウシの身体が雷に打たれたように一瞬、強張った。そして立ち止まると、おもむろに後ろを振り返った。その視線はナナクサを通り越してミソカに注がれた。冷たい視線がジョウシとミソカの間に交錯した。

「おい」

 割って入ったタナバタの一声は、この場で、さっきのような言い合いはもう御免だぞと告げていた。またそれは「死んだジンジツは仲間同士の争いを決して好まないぞ」という二人に対する毅然とした戒告をも意味していた。

 ジョウシとミソカの間に交錯した視線は、すぐに無機的なものへと変わった。

「そうじゃな」自分に言い聞かせるようなジョウシの声が三人に向けられた。「そんなことをしておる場合ではないな。早く戻ろう」

 一行はそれぞれが背負った重荷を早く降ろしたくてたまらないように、彼らを待つ仲間の所へ先を急いだ。

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