第11話
「
自分の足よりも太くてしなやかな触腕に巻きつかれたジンジツが、声を張り上げた。話に聞く大人しい
突然盛り上がり、ささくれ立った足元は
若者たちの中で、この襲撃に即座に反応できたものは皆無だった。彼らは雪と氷の中に叩き伏せられた途端、何本もの貪欲な触腕に襲われたのだ。
ジンジツは犬歯と爪で、自分の首に巻きついた捉えどころのない紫色のぬめぬめとした触腕に反撃を試みようとしたが、手袋と遮光マフラーが邪魔になって思うように攻撃できずにいた。
その傍らでは家宝の銀のナイフで足首を締め上げる触腕の先端部分を、やっとのことでズタズタに切り裂いたジョウシが、その
触腕と格闘しながらジンジツは刻一刻と大地――海洋――にぽっかり開いたささくれの真ん中に出来た巨大な
一行を襲った
ジョウシは千切れてもなおのたうつ触腕を遠くへ蹴飛ばすと、青く光る血の付いた銀のナイフを握りなおして更なる攻撃に備えた。
ジンジツはよく踏みとどまって善戦していた。掴んだ指先から手袋を突き破って、鋭い爪を直接触腕に深く食い込ませ、その
悲鳴が上がった。
戦いながら誰もが、か弱いミソカのものだと直感したが、それは二本の触腕に巻きつかれたナナクサのものだった。彼女は戦うどころか首と太腿を締め上げられながらも両手を胸の前で固く組んでいる。しかも、その太腿は触腕が持つ歯のある吸盤で抉られ、出血が甚だしい。
「
自分をそう罵ったジョウシはナナクサが胸の前で守っている
ナナクサの傍らでは、飛行船の残骸にあった金属の棒を槍代わりにしたタナバタが彼女の首に巻きついた一本の触腕をやっとのことで撃退した。しかし、後ろから襲ってきた新たな一本に叩き伏せられ、不利な体勢で防戦を余儀なくされていく。そんな中、抵抗も空しく、その場に引き倒されたナナクサは今しも海の中に引きずり込まれようとしていた。ジョウシは彼らの後方に突き刺さる構造材の上にミソカの姿をチラリと認めたような気がした。
「
「遠慮しとく!」と、引き千切られても、のたうち続ける触腕を投げ捨てたジンジツが勢いよくジョウシに応じる。
「さすがはリーダーじゃ!」
戦闘の興奮からか、みな遮光マントを通してさえ感じられる太陽光がもたらすチリチリと肌を苛む痛みすら感じないようにみえる。特に戦闘本能を剥き出しにしたジョウシとジンジツのコンビは痛みをエネルギーに換えているようにすらみえた。
彼らは息の合った連係プレイでナナクサを襲う触腕に飛び掛かった。二人の働きで触腕はあっという間にボロ雑巾のようになって撃退され、残った触腕も不利を悟って次々と海中へ没し去った。
そこへ金属棒を杖代わりにしたタナバタが合流した。負傷した頭部からフード越しに血が滲み出ていた。
「みんな無事か?」タナバタが呼吸を整えながら安否を確認した。「大丈夫かい、ナナクサ?」
ナナクサは上体を起こすと、声にならない声で自分の周りに集まった仲間の顔に礼を述べた。しかし顔が一つ足りないことに気付くと足の痛みも忘れてその瞳に不安を宿らせた。
「ミっ、ミソカは?……」
「わたしは、ここよ」
円陣の外から、すぐさまミソカの声がした。彼女はずっと前からそこにいたかのように超然と佇んでいる。
「ほぅ、無事であったか」
「無事だよ」ジョウシの言葉をミソカは平然と受け止め、静かに
「残念どころか、清々しておる。これからお前には助けは
「助けが必要なんて、あなたに頼んだ覚えはないけど」
「確かにな。闘わずに
「ジョウシ!」
言葉が過ぎたジョウシはジンジツにたしなめられ、ばつが悪そうに引き下がった。
「さぁ」タナバタが雪の上のナナクサに手を差し出した。「もういいだろう。ナナクサには助けが必要だ。君らには
ジョウシはタナバタの嫌味に小さく溜息をつき、ナナクサに手を貸そうとした。
その時、その小柄な体をものも言わず、ジンジツがいきなり後ろから突き飛ばした。
何が起こったかジョウシが理解できないうちにジンジツの体に太い構造材が打ち付けられ、その巨体がナナクサとタナバタを伴って瓦礫の山に吹き飛んだ。
雪の中に倒れこんだジョウシは強烈な力で胴が締めあげられ、背中全体に鋭い痛みが走るのを感じて後ろを振り向いた。
退散したと思っていた
ジョウシは触腕の吸盤に付いた無数の歯に背中を
そんな絶体絶命の彼女を救ったのはジンジツだった。彼はジョウシに
だが、腹を空かせた
太陽の光に晒されたしなやかで
「何をするのじゃ?! やめろー!!」
ジョウシの叫びを無視して、ジンジツはジョウシに巻きついた触腕と、彼を再度打ち据えようと振り下ろされたもう一本のそれを空中で掴むと、その両方を抱え込んだ。炎の中で触腕が焼ける音と煙が舞い上がった。
凍てついた大海原を支配してきた
*
ジンジツとジョウシは向かい合って膝を折り、黙って見つめ合っていた。
今や仲間以上に互いを敬愛し、相手を必要とする気持ちは遮光ゴーグルの分厚いレンズ越しにすら容易に伝わった。身を焼き焦がす激痛にもかかわらずジンジツの目がジョウシに微笑みかけた。ジョウシも正直にそれに応えて微笑み返した。
その瞬間、ジンジツの身体が風に
それはほんの数秒の出来事だった。
連れ去られる寸前、触腕に捕まったジンジツの両手をしっかりと握って離すまいとしたジョウシは、自分の手の中で太陽に焼かれた男の両腕が砂のように
両腕を失ったジンジツは、彼の名前を叫びながら
ジョウシもまた初めて心を許した青年の瞳が深い海の底に消えてゆくまで、ずっと見つめ続けていた。
暗く冷たい海面に、ジンジツがフード代わりに巻いていたストールが揺れていた。
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