第5話

 清殉隊ピューリターの戦士は目覚めたとき、自分が何をしているのか、またどこにいるのかもわからなかった。目が冴えてくるにつれ、徐々に頭の中もハッキリしてきた。頭が冴えてくると不覚にもまた寝入ってしまったのだと気付いた。もし眠っている間に“化物ども”に見つかっていたらと思うと背筋が凍りついた。彼は体を鞭打ちたくなるほど自身の迂闊さに腹を立て、深く悔いるとともに自ら懇願して、やっと許された任務を思い出した。任務は単純だが非常に重要だ。それは思い出すだけで、戦士としては痩せて小柄な彼の体中にアドレナリンを駆け巡らせ、その誇りと意識を鼓舞した。

 そうだ。俺は殉教戦士だ。数年に一度、村に来るか来ないかわからない戦士徴用に引っ掛かったことすらない男が、徴用係に話を付け、城塞都市まで連れて行ってもらうためには自分が住んでいた集落に代々伝わる、門外不出の羊皮紙でできた古い絵地図を盗み出すしかなかったのだ。その功績があったからこそ、今ここにこうしていられるのだし、この任務が口火となって、かつてないほどの一大攻勢の炎が燃え上がるのだ。それは間違いなく、自分の貧弱な体躯を笑い、蔑んできた村の連中を見返すことになるだろう。

 彼は満足気に引き攣った笑みを浮かべると曲がった背中を伸ばし、敵地に潜り込むのに払ったとてつもない苦労の数々を思い出した。

 戦士仲間のサポートがあったとはいえ、『禁断の地』である一番近い化物どもの村落近くまで十カ月もの長い遠征をしたのは初めてのことだった。途中、雪崩や事故で少なからぬ時間と仲間を失ったが、今となっては、それも十分報われる。

 化物どもの巨大な飛行船がやって来るまで息を潜めて一ヵ月待った。やっと現れた飛行船からの配給と補給で奴らの気が緩むまでそれから一日。化物どもが疲れから寝静まる夜明けを待って行動を起こすのに、また半日。羨ましそうに見送る戦士たちに別れの挨拶をして、やっと潜りこんだ巨大飛行船。そのエンジンルームは窓もなく、昼か夜かの区別すらつかない。化物どもの声が微かにでも聞こえてこないのは、奴らが寝静まっている昼間だからだろう。だが自分の時間感覚を過信してはならない。

 彼は身を潜めていた区画から頭を出して注意深く周りを見回した。見回すと再び身を潜め、ほっと息ついた。彼がいるボイラーの裏側は非常に暑く、熱に弱い奴らは夜でも滅多に見回りにも来ない。エンジンの騒音の中、男は第一指導者ヘル・シングから直々に手渡された貴重な時計という機械をコートの内ポケットから取り出した。

 もうすぐだ。この数字がすべて零を示した瞬間がその時だ。そのための準備は既にできている。これからは物も食わず、僅かな排泄すらも必要ない。第一指導者ヘル・シングから授けられた“聖なる薬”を眼窩へ落とし、身体から疲労が抜けていくのを感じながら今度こそは意識を失うまいと強く自分に言い聞かせた。

 あとはただ、ゆったりと時が来るのを待てばいい。もし奴らに見つかることがあれば、その時だけは自分でスイッチを入れればいいだけの話だ。そして 化物どもに痛撃を味あわせて自分は英雄になる。認められて歴史に名を刻むのだ。彼は第一指導者ヘル・シングの聖なる薬より、自分の底深い願望に心身共に酔い痴れた。

「時よ、早く来い」

 彼はそう呟くと体に巻き付けた化物への“贈り物”から伸びたコードの先にある古びた液晶画面を愛しそうに撫でた。その手の甲には自分で彫った勇気と魔除けの不格好な十字の模様が刻まれていた。

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