第3話

 雪原の所々に造られた集落は、多い所で三十前後、少ない所でも十前後の分厚い氷で造られた半地下住居シェルターが集まって構成されていた。

 各集落は大小様々な隊商を中心とした交易で、辛うじてその命脈を保っていた。

 人々の間で取引されるものは集落が収獲する家畜の餌になる雪中菌類や深海生物を中心とした食糧。それに隊商が文明崩壊後の廃墟から持ち帰ってきた僅かな手工の産品と情報。中でも他の地域の情報は特に貴重な交易商品となっていた。なぜなら、それは直接彼らの生存にかかわってくるかもしれない内容を包含している可能性もあるからだ。だが残念なことに、いつの世も情報は無責任な噂によっていとも簡単に捻じ曲げられて澱んでいく。そして澱んだ誤情報は不安という尾鰭の疑問符をつけて、その都度、隊商に帰ってきた。例えば、「ブリンズリ集落が無くなったって?」と隊商の誰彼かまわず、小さな食料を差し出した住人から質問が浴びせられる。

「誰から聞いたんだい?」と、それを受け取った隊商の誰かが必ず質問で返す。

「去年来たロダの隊商だったかなぁ……なぁ、あんた。詳しいことを聞いてないか?」

「あぁ、まだだ。聞いたら、今度教えるよ」

「もしかして、化物どもにやられたのかな?」

「あぁ、そうかもしれんなぁ」という具合に。

 ただ、この日の次の情報だけは、年若いシェ・ファニュが身を寄せる隊商と住民の中で限りなく事実に近い形で共有された。

「ブロトン集落で、また戦士の徴用があったんだって?」

「またかどうかは知らないが、その通りだ。うちの隊商もそこで二人も若い者をられたよ」

「二人もかい?!」

「その前の地域じゃ、三人だ。これじゃ商売上がったりだ」

「何で、そんなに……」

「お清めのいくさでも、おっ始めるんじゃないか、あの指導者様がよ」

「おいおい、滅多なことを言うもんじゃないよ!」

「へぇ。じゃぁ、あんたはどう思うんだ?」

「どう思うって……」

「まぁ、遅かれ早かれ、戦士徴用は、ここにも来るぜ。覚悟を決めておいたほうがいい」

「おい、やめてくれよ……」

 身振り手振り、時には首を振ったり、すくめたりで人々と隊商の情報交換という名のお喋りは続いていく。

 シェ・ファニュは、隊商の橇を引く雪走り烏賊スノー・スクィードの大きな胴を撫でてやりながら、そんな大人たちの目を盗んで、村民の一人と交換した深海魚の干し肉をいつものように若々しい食欲で頬張った。暫くしたら、休む間もなく、また次の集落に移動だ。

 空は今にも雪嵐ブリザードになりそうなほど厚い雲が広がりはじめていた。

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