後編

 五年前。

 当時中学生だった私、亜希は同級生を亡くした。

 特別仲が良かったわけではない。私の初めて出来た彼氏だった悠斗の友達で、私にとっては時々話をしたくらいの相手。下の名前が健太というのも悠斗の話に聞くまで知らなかったくらいだ。

 ただ、後にして思えばそれが異変のきっかけだった。

 悠斗が徐々におかしくなっていったのだ。いつも明るかったその表情から笑顔が消えた。私や他の友達とあまり話さなくなった。

「健太には昔からなんでも話せた。いつも相談に乗ってもらってた。亜希とのことも応援してくれたんだよ」

 そう言って照れ臭そうに笑ってた姿は見る影もなかった。やがて私と悠斗は自然消滅という形で別れた。

 それ以来、一度も話すことはないまま中学を卒業し、別々の高校に進学した。無気力に見えたが一応ちゃんと受験はしていたらしい。だが高校を卒業して大学に入った昨年、様々なサークルの新歓に顔を出していたら、偶然、あっさり、再会を果たした。

 それに気づいたのは私だけだった。新入生も先輩も多くて、私も初めは気づかなかったが、一度だけはっきりと目が合った。そして手書きの名札を見た。その瞬間、私は凄まじい悪寒に襲われる。

 名札にははっきりと悠斗の名前が書かれていたのに、彼の顔は、亡くなった健太そのものだった。


 その再会の後、私はオカルト現象を調べ回った。幽霊の存在。霊魂の乗り移り。死者の魂はどうすれば還るのか。元の魂は残っているのか。

 当然、いくら調べてもそんなことは分からない。だが一つだけ気になる情報を見つけた。

『生者に取り憑く魂は、自分が死んだことを自覚していない』というものだ。

 健太の魂に、自身の死を自覚させればいいのではないか。そう考えて、私は行動を起こした。

 オカルトについて調べるうちにネットで知り合った静佳に協力してもらって、健太の死を調べた。高校生の行方不明事件としてその筋では有名な話だったらしく、噂は簡単に集まった。

 真偽は定かではないが、健太は陰湿ないじめを苦にした自殺だった。最期の場所に学校を選んだのはせめてもの抵抗だ。しかし、不祥事が世に広まるのを恐れた学校側がそれを隠してしまったのだ。


 その後はどうやって悠斗を巻き込むかを静佳と考えた。悠斗は中学の終わり頃とは違い、少しだけ明るさや行動力を取り戻していた。

 まずはネット上で仲良くなり、徐々に三人で会うようになった。この中学校に連れてくる際に不自然にならないよう、オカルト好きになりきって心霊スポットを巡った。


 そしてついにこの時を迎えた。


「俺の死体って、どういうことだよ。……だって、それは、こいつは。違う、僕は……」

 悠斗か、健太か、両方か。悠斗の身体を操る彼は頭を抑えて苦しんでいる。だが目だけは鋭く死体を見つめていた。

 当然、本物の死体ではない。いくら噂が流れているといってもさすがに本物の死体は見つけられなかった。もう五年も経っているのだ。きっとこの先も見つかることはないだろう。だからあれは私と静佳で用意した偽物だ。それらしく作って制服を着せただけの人形。だがこの場所がそれを本物と錯覚させる。

「健太。あなたはもう死んでるの。思い出して。悠斗を返して」

「違う。俺は悠斗だ。だって、僕は……。俺は、何も気づかなくて、健太が……、苦しんでた、なんて……。だから、僕はこの身体で……もう一度……」

「悠斗。悠斗、聞こえてる? そんなの、健太のためじゃない。罪悪感から逃げてるだけ。しっかりして。戻ってきて!」

「あ、あ、うああああーーー!」

 悲痛な叫び声を上げて彼が倒れ込む。同時に突風が吹いた。

「きゃっ」

「な、なにこれ」

 地下室であり得ない強さの風を受けて私と静佳が体勢を崩す。

 立ち上がって周りを見る。死体は変わらずそこにある。そしてうつ伏せに倒れた彼の姿が目に入った。

「悠斗……?」

 おそるおそる彼に近づく。震える手で彼の肩を触り、ゆっくりと向きを変え、顔を見る。


 そこにいたのは悠斗だった。

「良かった……。悠斗、戻ってきてくれた……」

 零れた涙を拭う。それでも次から次へと流れる涙をそのままに、悠斗を抱きしめる。こんなに好きだったんだと今更になって思い出す。


 ひとしきり泣いた後、顔を上げて静佳に声をかけた。

「協力してくれてありがとう、静佳」

「うん。うまくいってよかったね」

 静佳は私達を見て微笑んでいた。本当に、良い仲間を持った。私一人では途中で挫けていたかもしれない。静佳は昔から、いつも私を助けてくれた。小さい頃から、ずっと……。あれ?

「ねえ、これからも私と一緒にいてくれる?」

「え、あ、うん。もちろん。これからは無理に心霊スポット回る必要もないからね。どこでも、行きたい所に行こう」

 そうだ、静佳とは去年知り合って、それからずっと協力してもらっていた。なのに、何故だろう。もっと昔から一緒だったような気がする。

「良かった。……実は私も、あなたについてきてほしい所があるの」

 妖しく見える静佳の笑顔を見ながら私は考える。

 私が静佳と初めて会ったのはいつだろう……。

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死人に口無し 暗藤 来河 @999-666

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