死人に口無し

暗藤 来河

前編

 心霊現象といえば、廃校や廃病院。特にこの町では廃校となった中学校が有名だ。

「というわけでやってきました。旧、艱難中学校」

「誰に対しての説明?」

「視聴者にでしょ。あとで動画上げるって言ってたじゃない」

 カメラを手に意気揚々と語る亜希。俺の呟きに答える静佳。心霊スポットを巡る、いつもの面子だ。


 オカルト系の掲示板がきっかけで出会った俺達は、亜希に引っ張られてよくこういう所を訪れていた。正直なところ、あまり興味はなかったがちょうど良い暇つぶしと思っていつも付き合っている。静佳もたぶん同じくらいの熱量だ。

「さ、行こうか、二人とも。声は後から編集するから好きに喋って大丈夫だよ」

 亜希が俺と静佳に声をかけて、門扉を飛び越える。それを見て静佳が呟く。

「私、スカートなんだけど…」

「別に飛び越えなくても。ちょっと待ってろ」

 亜希と同じように飛び越えて後ろを振り返る。門扉は単純なスライド式の錠で閉められているだけだ。内側からなら簡単に開けられる。

「ほら、開いたよ」

 あまり音を出さないように一人分の隙間を開ける。静佳がそこを通り抜けてそっと錠を閉め直した。

「ありがとう。亜希はこういうの気づかないのよね」

「あいつ、中身は男子小学生と変わらないもんな。昔からずっと……」

 と言いかけて、亜希の姿を探す。当の亜希はすでに校舎の周りを歩いて、侵入できる場所を探していた。

「こっち来てー。鍵空いてるところあったよ」

 呼ばれた方に向かうと、すでに亜希はある教室の窓に両手と片足をかけて侵入を試みていた。

「またあんな所から。どうする? 先に行って昇降口開けようか」

「いいわ、もう。あの子に付き合ってたらこんなのばっかり」

 静佳は諦めて亜希の後を追う。


「それで、ここはどういう噂があるんだ?」

 教室で机に腰掛けて待っていた亜希に尋ねる。何度も三人で心霊スポットを訪れているが、いつも下調べは亜希が一人で行い、どんな曰くがあるかは現地に着くまで教えてくれない。

「まあ、そろそろ話してもいいかな」

 亜希は懐から懐中電灯を取り出し、下から自分の顔を照らす。古臭いと思うけど彼女なりのこだわりなのだろうか。

「ここがまだ廃校になる前。一人の男子生徒が行方不明になったの。ご家族の方から、子どもがまだ帰っていないと学校に連絡が入った。その生徒は部活に入っていなくて、普段なら小さな弟の面倒を見るために早く帰っていたのに、その日だけは夜になっても帰ってこなかった」

「へえ。見つかったのか?」

「ううん、結局見つからないまま捜査は終わった。でも、しばらくしてある噂が流れたの。……学校の地下に、死体が眠ってるって」

 話の終わりに合わせて亜希が明かりを消す。

「おい、まさかその死体を探そうって言うんじゃないよな」

「当然探すでしょ。この話聞いてここまで来て、探さないわけないじゃない」

 拳を振り上げる亜希を見て、思わずため息を零した。そして沈黙を守る静佳に視線を向ける。静佳はそれに気づいて口を開いた。

「危ないことはしない。誰か人が来たらすぐ退散する。それだけ約束ね」

「はーい」

 と二人で決めてしまった。俺も観念して話を進める。

「それで、地下ってどこから行けるのか分かってるのか? そもそも学校に地下室なんかあるのかよ」

「うん。私、ここの卒業生だからね。案内するよ」

 そうして亜希を先頭に、無人の校内を歩いた。


 途中、一度だけ亜希が立ち止まった。とある教室の前、クラスが書かれた表札を見て、その教室を眺める。

「この教室がどうかした?」

「あ、ごめん。なんか懐かしいなって思っただけ」

 このクラスに所属していたのだろうか。ただ、どこかの席を見ているわけではなく、ぼうっと眺めているのが気になった。

「どこの席だったんだ?」

「……さあ、どこだったのかな」

 曖昧な返事だけして亜希はまた歩きだした。意味が分からず立ち止まっていると、後ろにいた静佳が俺の横を通り抜けて先に進む。その横顔から見えた瞳は、亜希だけを見つめていた。


 その後、校舎の端まで行くと突き当たりに扉があった。

「ここよ」

 亜希が扉を開けて中に入り俺と静佳も後に続いた。

「倉庫か。それにしても滅茶苦茶だな」

 基本的には体育倉庫として使われていたらしく、カラーコーンやハードル、綱引き用の綱がある。だがそれだけでなく印刷用紙の束や文房具、さらに漫画や雑誌も置かれていた。生徒から没収したものまで適当に放り込んでいたのだろう。

「えーっと、この辺に……。あ、あった」

 亜希が部屋の中心辺りの物を脇に動かす。すると床の一部に取手の着いた四角い板が現れた。

「なるほど。そこから地下に入れるんだな」

 卒業生とはいえよく知っているもんだ、と感心してその取手に手を伸ばす。

「本当に行くのか?」

 一応尋ねるが二人は瞳に強い意志を宿して頷く。一体なにがそこまでさせるのか。俺には全く意味が分からなかった。二人ともおかしくなってしまったのか。それとも俺だけがおかしいのか。俺だけが何かを感じとれずにいるのか。

 その答えを知るべく、俺は今度こそ地下への入口を開いた。


 備えつけられた梯子を降りた先は完全な暗闇だった。それなりの広さがあるようで、手を伸ばしても壁にぶつからない。

「亜希、懐中電灯持ってたよな。ちょっと照らしてくれ」

 俺の後に梯子を降りた亜希に頼む。だが返事はない。

「おい。聞いてるか」

「……うん、点けるよ」

 やっと返事をして、亜希が足元を照らす。三人分の足が見えて、ゆっくりと明かりが前方に進む。何もない床が照らされる。

 そして、その先に。

「は……」

 死体があった。

 死体はこの中学の制服を着ていて、壁に背を預けて座るような体勢をしている。既に腐食していて顔は分からない。

 分からないのに、何故だろう。俺はこいつを知っている。そう感じた。

「見える?」

「あ、ああ……」

 かろうじて声をあげる。だが、亜希は不思議と冷静だった。死体なんて初めて見たはずなのに。本当にあるかどうかなんて分からなかったはずなのに。

 そんな俺の疑問を余所に、亜希は懐中電灯をこちらに向けて言った。

「あれが、あなたの死体だよ」

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