後輩が繋ぐ先輩との思い出は桜の如く
小糸味醂
後輩が繋ぐ先輩との思い出は桜の如く
あ、今月は一緒のシフトが多い!
ダメだ。それだけで表情が緩んでしまう。
バイトなんて辞めてすぐにでも試験勉強に入らなければいけないのに、踏ん切りがつかない。
例えばウチの親が受験勉強の妨げになるからって強引に辞めさせてくれたならまだ良かったんだけど、「あんたがバイト行くのがすごく楽しそうだから」って理由で逆に応援されちゃったし。
けど私の狙ってる大学って結構ギリギリなんだよね。
私が生まれて初めて労働に勤しむ事になったのは高校2年の10月。
2学期の中間テストの結果が良かったって事で親の許しを得て2年生の間だけって約束で始めたファミレスのバイト。
そこにした理由は・・・恥ずかしいけど、制服に惚れたからだ。
でも17歳になるまで絵ばっかり描いていて、バイトどころか家事の手伝いもまともにしてこなかったせいか、最初は失敗続きだった。
「失敗なんて誰にでもありますから、元気を出してください」
そんな私に優しくしてくれた年下の先輩。
私より3ヵ月早く入った高校1年生の先輩を見つめてばかりいたら、親との約束もなし崩しになり結局1年が経ってしまった。
「受験、大丈夫?」
って店長にまで心配される始末。
大丈夫じゃないです。直近B判定でさえ奇跡なんです。たまたまなんです。ヤマが当たったんです。
なんて絶対に言えない。そんな事言ったら心配してシフトを減らされる。
それでもシフト表の先輩の名前を指でなぞるだけで顔がニヤけてしまう。
だめだ。私は仮にも学校では先輩って言われる立場の人間。こんな顔は後輩には絶対に見せられない。
パンパンッ!
両手で自分の頬を叩く。でも痛いのは嫌だからちょっと手加減気味で。こんな事をしたってこの熱病が醒めない事は分かり切っている。むしろこんな意味のない事をしてしまうのがこの病の症状のひとつなのだろう。
「先輩ってどこの大学を目指してるんですか?」
先輩は私の事を先輩って呼んでくる。
最初のうちはお互いに「先輩なんて呼ばないでくださいよっ」って言ってたけど、1年も経てばそんな事もなくなった。
「どこの大学を目指してるかわかります?」
ああ、私ってウザいなぁ。普通に答えたら良いだけなのにわざわざクイズみたいな事をして、どれだけ先輩に構ってほしいってのよ。
だいたい先輩にとっては本当にどうでも良い話だよね。
私の志望大学の話なんて、先輩にとってはただの雑談でしかないのにさ。
「えーっと・・・ちょっと難しいですね。あ!昌文大学とか!?」
「いえいえ、さすがにあそこはレベル高過ぎですって!」
そんなウザい私のクイズにも真剣に考えてくれる先輩を見ていると、まだまだしばらくこのバイトはやめられないなって思う。
多分このまま大学に行ってもこのバイトは続けるんだろうな。
それ以前に合格できるのかどうかは謎だけど。
それでも一応勉強は自分なりに頑張った。学校、バイト、そして予備校。
全部こなすのは大変だったけど、その時はとても充実していたんだと思う。
そしてバイトの無い日はたまに後輩の様子を見に美術室に顔を出す。
美術部部長の座は後輩に譲ったけど、それでもたまに顔を出して無心になって絵を描くのも好きな時間だったりする。
そして相変わらずこの後輩は壊滅的に絵が下手くそだ。
だけど毎日欠かさず来ては真面目に練習をしているのは知っている。
この後輩に任せておけば、美術部は安泰だろう。
「先輩、もうすぐ受験日ですけどこんなにシフト入って大丈夫なんですか?」
ああ先輩にまで心配されてしまった。
けど心配されるのもしょうがない。受験日の3日前までシフトを入れるなんて確かに非常識極まりないよね。
だけど今の私は受験よりも先輩といられる時間を大切にしたいんだろうな。
そして不安だらけの受験は終わりを迎えた。結構できたほうだと思う。だけど合格するのかどうかはわからない。だけど受験が終わった事で、さらにシフトを増やせるのがとにかく嬉しかった。
先輩ともっと長くいられる。
私はウキウキした足取りでファミレスの事務室に向かった。
あ、今月後半のシフト表が出来てる。
私はA4のコピー用紙に印刷されたシフト表を見てみた。
「あれ・・・?先輩の名前が無い・・・」
「ああ、あの子ね。来年受験だから、辞めていったのよ。あなたには受験の妨げになるかもだから言わないでって言われ・・・・・・」
店長の話は途中から聞こえなくなった。
そして私は残りのシフトを確認するも、先輩の出勤日はもう全て終わっていたのだった。
桜の花は満開を過ぎ、少し緑色の目立つ枝と、桜の花弁の舞う中、私は希望通り、大学生活を始める事となった。
もしかしたら未だに先輩がその姿を見せるんじゃないかってそんな一縷の望みを繋げるように、ファミレスのバイトは続けている。
だけどもし、先輩ともう一度会って何を話す?
先輩は私に別れも告げずに辞めていった。
それが全てではないのだろうか?
大学のサークルも今は入ろうという気にはならない。
「たまにはあの美術室に顔を出してみるかな・・・」
そう。
あの高校生活の中でも特に思い出の詰まった、そして卒業式の前日に精一杯の強がりを見せたあの場所に。
後輩が繋ぐ先輩との思い出は桜の如く 小糸味醂 @koito-mirin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます