第3話 痛客・勇者


結局キープボトルは汚水で薄めたままだというのに


(あれが、ルビーちゃんが言ってた痛客だよ)


 開店して間もなく一人の客が入って来た。


 ボーイとオパールは物陰に隠れ、痛客と接客にあたったルビーの様子を見ている。

 店内のBGMのおかげでこちらの声は聞こえないだろうが、ついつい小声になってしまう。


しばらくは大人しくしていた痛客だが、慣れた様子でルビーの肩を抱いた。


「ちょっと~、キャストに触るのは禁止よ~」


 ブチ切れているのを必死に隠しつつも、笑顔で注意するルビー。

 だが、その態度が気に食わないようで


「あァ?!俺は勇者様だぞ!国王に!選ばれた!勇者!わかるか?お前とは身分が違うの!」


(すごい!僕、本物の勇者なんて初めて見た!国王に選ばれるんだ!)


(毎月抽選で3名が選ばれるんだよ)


(有難みゼロ!抽選勇者の分際で、よくもあそこまで上から目線になれるな!)


「ごめんなさ~い。ところで勇者様ぁ~。ルビー、喉乾いちゃったなぁ……」


 上目遣いで甘えた声を出す。


(上手い!ああやってお客様に酒を頼ませるのか!)


「いちいち報告しなくていいから」


(態度悪っ!っていうか、もうシンプルに性格が悪い!あれでよく出入り禁止にならないね)


(キャストに暴力ふるったり、直接的な危害を加えてくるわけじゃないから)


(接客業って大変だな……)


 酒が回ってきたのか、機嫌よく痛客がルビーに対して説教を始めた。

 しばらくは聞き流していたルビーだが、段々と笑顔が辛そうになってきて


(ごめん、オパールちゃん。ルビーちゃんと交代できる?)


(いいよー!)


 そう言って、オパールはルビーの元に行く。


(助かったわ……)


 ルビーは安堵の息を吐いて、ボーイの横に並んだ。


(オパールちゃん、大丈夫かな)


 ボーイの心配もよそに、オパールは笑顔で


「こんばんはー!」


「げっ、お前かよ」


「勇者さん、また来てくれたんだねー!」


「お前に会いに来たんじゃねえよ!俺、お前嫌いって言ったじゃん!なーんで俺んとこ来るかなあ!」


「私は勇者さんのこと好きだよ」


「そりゃそうだろうよ!あんなクソ高ぇボトル勝手にキープしやがって!俺の何か月分の給料だと思ってんだ!」


(だからケチで有名な勇者さんのキープボトルがあったのか。オパールちゃん、勇者さんを上手く誘導したんだな)


 ボーイが感心していると


「そこにカードがあったから、出来心で」


「他人のクレカ勝手に使ってんじゃねえよ!出るとこ出たら俺の勝ちだかんな!」


(勝ち負け以前に犯罪だよね?!)


 隣に並ぶルビーを見ても肩をすくめるだけ。


「じゃあさ、今日はどのボトル入れる?」


「入れねえよ!入れるにしても、いまキープしてるボトル空けてからにするわ!オラ、キープボトルさっさと持って来いよ!」


言われて、オパールがチラッとこちらを見た。


(まずい!あんな汚水で薄めたお酒なんてお客様に出せないよ!オパールちゃん、なんとか誤魔化して!)


 声は届かないものの、ボーイの表情からなんとなくは伝わったようで


「えっとね、あのボトルは今だせないんだー」


「なんでだよ。いつでも飲めるようにするためのキープだろうが」


「クソ客の勇者さんには飲んで欲しくないって、ボトルが言ってた」


「クソ客とか……本人の前で言うんじゃねえよ……。傷つくだろうが……」


 見るからにしゅんとする勇者。


(ちょっと可哀そうかも)


 ボーイが軽く同情していると


「そっか。……ドンペリいただきましたー!」


「いただいてねえよ!ふざけんなマジで!おい、そこのボーイ!俺のキープボトル持って来い!」


「は、はい!」


 急に指示を受け、思わず返事をしてしまった。

仕方なく、棚に飾ってあったボトルを取りに行く。

 ぱっと見た感じは新品同様だが……。


「お待たせ致しました」


 ボトルをオパールに渡し、目配せして下がる。


(頼んだよ……!)


(任せて!)


 力強く頷き、オパールは酒をグラスに注いで勇者に出した。


「どうぞ」


「いいねえ!高い酒ってのは輝いて見えるねえ!……ん?なんだこれ?ゴミみてえなのが浮いてるぞ」


(見るからに雑巾の汚れだ!)


(馬鹿ね!バケツの水なんか混ぜるから!)


 物陰でボーイとルビーが顔を青くしていると、オパールが目を泳がせながらも言い訳を振り絞る。


「そ、それはねー、果肉!」


「果肉?!」


「高いお酒だからね」


 勇者は首を傾げながらも口をつける。


「そういうもんか……。うえっ?!なんか薄いし、ドブみてえな匂いもするぞ」


 訝しむ勇者を横目に、オパールは落ち着いた声で


「このお酒は、勇者さんには少し早かったようですね」


「バッ、馬鹿野郎!お前を試しただけだ!選ばれし勇者であるこの俺様レベルになると、こんな酒なんて毎日飲んでるっつーの!!」


 飲み干しては自らグラスに注ぎ、何杯も勢いよく飲んで見せる。


「……っぐ、ふぅ。あー、うまかっ……」


ぐぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるるるるる

 


被さるように、腹から不穏な音がした。


(あーあーあー!言わんこっちゃない!お腹壊すのも無理ないよ!)


「……ちょっとトイレ」


 勇者は腹に手を当てて立ち上がる。

 が、


「待って!」


オパールは勇者の腕を掴み、勢いよく座らせた。


「オウフ!おまっ……お前、なんだよっ」


 冷や汗の滲む顔でオパールを睨む。


「喉乾いたからお酒頼んでいい?」


「だめに決まってんだ……オウフ!!」


 言いながら立ち上がる勇者を引っ張り、再び椅子に座らせる。


「お前、本当に……本当に……」


「頼んでいい?」


「ダメだっつってんだ……オウフ!」


「…………」


「せめて何か言……オウフ!」


 しばしの攻防の後。


「いい、いい!もう勝手にしろ!勝手にしろよ!」


 半泣きでトイレへと走る、勇者。

 数分して


「くそ、オパールのやつめ……。まだ尻が変な感じだぜ」


 尻をさすりながら、勇者がトイレから出てきた。

出口で待っていたオパールがおしぼりを渡す。


「はい、どうぞ」


「ケッ。どうせまたクソ高え酒頼んだんだろ?」


受け取り、手を拭きながら元の席へ戻る勇者。

だがオパールは首を横に振って


「ううん。何もたのんでないよ!」


「はあ?ほんとかよ?」


 席につくと、確かに酒はおろか、軽食なども何一つ追加されていなかった。


「ピンチにつけこんでお酒たのむなんて、よくないもの!」


「オパール……へへっ。お前のこと、少し見直したぜ」


 熱くなってきた目頭を押さえながら


「よし、今日は好きなもん頼め!俺のおごりだ!」


 笑顔でそう言った。


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