第2話 痛客・勇者
床に置いたバケツの水で雑巾を濡らし、ホールのテーブルを拭いていく。
「さっきの眼鏡男が店長だったのか」
「そうだよー!」
小柄な女の子、オパールが元気よく頷く。
毛先をゆるく巻いた白い髪を腰まで伸ばしており、その髪は光の当たる角度によって虹色に光る。
『玉すす』のCMで見かけたことがあったが、本当にゲームそのままの姿でそこにいる。
キャバクラだからといって別のドレスは用意されていないようだ。
「ゴミ豚ボーイさんは、店長のことも知らずに働こうとしてたの?」
「うん。っていうかゴミ豚ボーイはやめて」
「なんで?ゴミ豚野郎さんでしょ?」
「違っ……わないけど!‘ボーイ’って呼んで。ただのボーイ」
「はーい」
オパールは素直に返事する。
「そこまで大きくない店だけど、掃除するとなると結構体力使うな」
曲げていた腰を伸ばしながら
「床も拭くの?」
「ううん、自動床拭きロボットに任せる」
「そういうのオッケーな世界なんだ」
と、オパールが傍に寄って来て
「ボーイさんはどうしてボーイになろうと思ったの?」
「どうしてっていうか、成り行きで……」
「最近の若者は計画性が無くてけしからん!」
「若者ど真ん中のオパールちゃんに言われてもね」
汚れた雑巾をバケツの水で洗いながら
「そういうオパールちゃんはどうしてキャバクラで働いてるの?」
言い終わってから、店長の「アンインストールされたアカウントに所属していた女の子達の雇用促進活動」という言葉を思い出す。
「ご、ごめん!言いたくなかったら……」
けれど、オパールはなんでもないといった様子で
「ピックアップガチャで出たけどバグで反映されなかったの!」
「稀にあるけど!でも、そういうのって報告すれば運営が修正したりするじゃ」
「報告はあったけど、運営は「絵にガチ恋するゴミ豚野郎がブヒブヒ言ってるわ~」って笑って放置してた」
「クソ運営だな!ゴミ豚野郎代表として言わせてもらうわ!」
「まあまあ、これでも飲んで落ち着いて」
そう言って、オパールはいつの間にか持っていたグラスをボーイに渡す。
丸い氷の浮かんだ青い液体。
「お酒だよ。グイッといって!グイッと!」
「ありがとう……あ、おいしい。何ていうお酒?」
「あーっ!!」
と、血相を変えて一人の女の子がこちらに走って来た。
「どうしたの、ルビーちゃん」
赤髪ロングツインテールの彼女は、少しわがままだが流行に敏感でお洒落な女の子……と本に書いてあったのを思い出す。
「それお客様のキープボトルよ!」
「えっ?ごめん!ちょっと、オパールちゃん!」
睨むが、オパールはニヒルな笑みを浮かべなら
「わたしはただボーイさんの笑顔が見たかっただけなのに!世界がそれを許さない……!」
「未開封だったのに、もう半分以上飲んでるじゃない!どうするつもりよ!」
「ほんとにごめ……ん?半分以上?」
「な、なんだってー!ダメだよ、ボーイさん!お酒は飲んでも飲まれるな、だよ!」
「違っ……僕、これだけしか飲んでない!というか、まだ一口しか飲んでないよ!」
そこでふとオパールの腹が目に留まった。
なぜか、たぷんと膨らんでいる。
彼女の手には、いつの間にかジョッキが持たれていて
「……オパールちゃん。それ何杯め?」
「1杯と160口め!」
オパールの頭に重めの鉄槌を下し
「とにかく店長に報告して謝らないと。無理やり働かされたあげく、初日に怒られるなんて嫌だなあ」
「待って!わたしに良い考えがある!」
頭のたんこぶも恥じることなく、凛々しい顔で言う。
「これを入れてかさ増しするんだー!」
「何してんの!それ雑巾洗った水!」
止める間もなく床に置いてあったバケツの水を入れる。
「でもぱっと見わかんないよ!」
「ダメだよ!」
「いや、それでいいわ」
「なんで?!」
振り返ると、ルビーは苛立った様子で
「そのボトルキープしてるの、クソ客なのよね」
「クソ客?」
「そのまんま、クソみたいな客。キャストに説教かましたり、お酒無理やり飲ませようとしたり。ほんと面倒な客よ」
「そんな言葉あるんだ……」
「これキープしてる客は、まさにクソ客の見本ね。キャストにぐちぐち絡んできては上から目線の説教して、隙あらば足とか腕とか触ってこようとするの」
「うわあ」
「とーぜん、フリーで入って来るしね」
「誰も指名せずに遊ぶってことだよね」
「ええ。指名料ケチるどころか、女の子にお酒も飲ませたことないわ」
「あれ?そんなドケチなのに何でボトルキープなんかしてるの?」
ルビーが答えようと口を開くが、
「はーいはいはい!もう開店するよ!!早く準備して!」
急かす店長の声により、皆慌てて開店準備にとりかかった。
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