第77話 式神襲来

 十一時の時報と同時に現れた式神の気配。


 それを察知できるのは僕たち霊能者だけで、権堂氏とその家族や使用人、警備員の人たちには、何が起きているのか当然のことながら分からない。


 だが、権堂氏はこういう事に慣れていたらしい。


「その様子だと、何かが出たようじゃな?」

「分かりますか?」


 権堂氏は、僕に向かって頷く。


「バブルの頃は、霊能者と関わる事が多かったからな。君たちが一斉に緊張状態に入った時は、目に見えない何かが出たという事ぐらいは分かる。現れたのは、式神か?」

「そうです」


 式神の気配は一つだが、そこから発する波動は極めて強力。


 それは、北東の方向からやってくる。


 監視カメラを潰された辺りだ。


 やはり、あの辺りの結界が破られたのか?


 しかし、式神の気配はそこから動こうとしない。


 これはいったい?


 芙蓉さんの方を振り向くと、右手の人差し指と中指の間に、人型に切り抜いた紙を挟んでいた。


 左手には、飲み終えたばかりのブースターが握られている。


 いよいよ式神を放つようだ。


 芙蓉さんが人型を床に叩きつける。


いでよ! 式神」


 紙の人型はみるみる変形して、羽織はおりはかままとい黒いつややかな髪を腰まで伸ばした若い女性の姿になった。


 女性の手には、長刀なぎなたが握られている。


 これが芙蓉さんの式神。


 姿はともかく、この式神が発する波動はかなり強い。


 ヒョーの式神と同じ……いや、それ以上だ。


「おそらく、あの式神はおとりです」


 囮?


「実は五年ほど前に、私はヒョーと戦った事があるのです。その時にも、奴は式神の一体を囮に使いました」


 そんな事があったんだ。


「ヒョーの式神は強いけど、一体だけなら私の式神に勝てません。だけど、あいつは同時に十二体の式神を操れます。あの時、あいつは私の式神と戦っている間に、別の式神を差し向けて護衛対象者を殺害しました」

「それじゃあ、さっき言っていた、ヒョーが結界の内側に入って式神を使った事件というのはその時の……」


 芙蓉さんは、樒の質問にコクリと頷く。


「その時、芙蓉さん以外に式神を使える人はいなかったのですか?」


 あれ? 僕、何か悪いこと聞いたかな?


 芙蓉さんが一瞬、顔をしかめたけど……


「一人だけいました。しかし、その人も別の式神に誘導されて、護衛対象者の傍を離れてしまったのです」

「今回、その人は護衛に来られないのですか?」

「その人は、事情があって来られません」


 その事情は話したくないみたいだな。


「今回もヒョーは、私の式神をおびき出して、その隙に別の式神をこの部屋に差し向けるはずです。私は奴の挑発に乗って向こうへ式神を送りますので、あなたたちは別働隊の方を叩いて下さい」


「「「はい」」」


 僕たちが返事をすると、芙蓉さんの式神は開いている窓から外へ出ていった。


 程なくして、ヒョーの式神との戦いが始まる。


 北東の方角から、すさまじい波動が伝わってきた。


 二体の式神がぶつかり合っているのだろう。


 その戦いで発生した強烈な波動に紛れて、微かな気配が近づいてきた。


 いよいよ来たか。


 僕はホルスターからエアガンを抜いた。


 ミクちゃんも本日二本目のブースターを飲み、チェック表に時間を記入する。


 樒が突然、右腕をまっすぐ前に向けたのはその時。


りんびょうとうしゃかいちんれつざいぜん


 今にも壁を抜けて来ようとした式神が、その姿を表す前に樒の九字切りを食らって消滅した。


 樒が僕たちの方を振り向く。


「気を付けて! まだ来るわ!」


 樒が叫んだ直後、虎の姿をした式神が壁を抜けてくる。


いでよ! 式神」


 ミクちゃんの召還したアクロが、虎式神を押さえつけた。


 横の壁から、牛の姿をした式神が出てきた。


 僕はエアガンを連射。


 下手な鉄砲数撃ちゃ当たる。


 牛は、BB弾を食らった場所にボコボコと小さな穴があいていき最後に消滅。


 紙の憑代よりしろが後に残った。


 それにしても、式神が壁を抜けるとき、憑代はどうなっているのだろう?


 なんて考えている暇もなく、次の式神が出てきた。


 今度は馬!?


 馬は樒の九字を食らって消滅。


 次に出てきたのは羊。


 これって、もしかして?


 エアガンを連射して羊を消滅させてから、僕は芙蓉さんの方を振り向く。


「そっちの式神は、どんな姿です」

「龍です」


 やっぱり、十二支かい!?


 予想通り、次に出てきたのは猿と鳥だった。

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