第76話 第二ラウンド

「マズいわね」


 芙蓉さんは、結界の配置図をながめながら顔をしかめた。


「権堂さん。監視カメラの復旧は、無理ですか?」

「さあ、どうだろう? カメラ本体はこわれてはいないし、塗料を吹き付けられただけだから、明日一日あれば……」

「すぐには、無理ですか?」

「この暗闇で、レンズの塗料を落とすのは……なあに、やられたカメラはほんの一部だ。問題はないじゃろう」

「それが、そうもいかないのです」

「なぜじゃ?」

「結界は、霊的存在の進入は防げますが、物理的な攻撃は防げません。何らかの方法で破壊されると結界が破られます」


 結界を構成しているのは紙のお札だからな。人の手で簡単に破られてしまう。


 もっとも、結界設置班ではそう簡単に破られないように、紙のお札を強化プラスチック製のくいに封入して使っている。


 この杭は結界杭と言って、さすがに素手で壊すことはできないが、それでもチェーンソーや電動ドリルなどを使われたらアウトだ。


「なんじゃと?」

「今までは監視カメラで、すべての結界杭の安否状況が分かっていたので、結界杭を破壊しようとする者が現れたら、すぐに分かったのですが……」

「では、カメラを潰された範囲内にある結界杭の状況は?」

「カメラがないと確認できません。この範囲内に、五本の結界杭があります。このうち三本を破壊されたら、結界は破られます」

 

 権堂氏は、使用人の一人に聞いた。


「おい。カメラは治せそうか?」


 使用人がスプレーの塗料をガラスに吹き付けて試したところ、エタノールを染み込ませた布で拭き取れば落ちるらしい事が分かった。


 しかし、高い所にある監視カメラに着いた塗料を、暗闇の中で拭き取る作業は危険。十一時までに、監視カメラの復旧は、あきらめるしかなかった。


「どうやら、これがヒョーの狙いだったようですね。監視カメラで確認できない領域を作り、そこの結界杭を物理的に破壊してから、式神を送り込むつもりでしょぅ」

「ぐぬぬ、こんな事になったのも……」


 権堂氏は、縛られている男女……どうやら夫婦らしい……を憎々しげににらみつける。


「おまえら。呪殺師から、いくらもらえるか知らんが、その十倍の損害賠償を請求してやる」


 二人は怯え上がった。


勘弁かんべんしてくだせえ。俺たち、家賃を払う金もなくて仕方なく……」

「ワシの知ったことか!」

「このままでは、あたしたち一家心中しなきゃなりません」

「死にたければ、勝手に死ね」

「そんな……」

非道ひどい。ううう」

「非道いのは、おまえらだ! 人の家に無断で入り、監視カメラを壊しおって。不法侵入に、器物破損でムショに放り込んでやる。もちろんシャバに出てきたら、すぐに損害賠償を請求してやる」

「そんな……死んだら化けて出ますよ」

「化けて出るだと。ふん!」


 権堂氏は、樒の方を振り向いた。


「嬢ちゃん、聞いての通りだ。こいつらが化けて出てきたら、祓ってくれ。報酬は、たんまりはずむぞ」

「えええ! たんまりって、どのくらいすか?」

「そうじゃのう。一千万円で足りるか?」

「いっせんまん!」


 あかん! 樒の奴、目がすっかり$マークに……


「こほん」


 芙蓉さんは、わざとらしく咳払せきばらいした。


「権堂さん。今はバブルの頃と違って、お払いの料金は五万円~三十万円と決まっております」

「なに、そうなのか? では、仕方ないな」

「ちょっと待って下さい!」


 樒は慌てた。


「権堂さん。その時は私を指名して下さい。そうしたら私に指名料が」

「そうか。では、指名料として……」


 権堂氏が金額を提示ていじする前に、芙蓉さんが釘を刺す。


「権堂さん。現時点での樒さんの指名料は千円です。それ以上は受け取りません」

「なんじゃ、ワシが出すと言っているのに」

「権堂さん。それじゃあチップという名目で……」


 未練がましいなあ、樒。


「樒さん。チップは受け取ってはならないと、協会の規定にありますよ」

「そんなあ」


 しょげ返る樒に、ミクちゃんが歩み寄る。


「元気出してよ、樒ちゃん。後であたしが、すごく儲かるモニターバイト紹介してあげるから」

「モニターバイト? そんなの報酬は、二束三文にそくさんもんでしょ」

「あたしがこの前、キョー姉に紹介されたモニターバイトは五十万もらえたよ」

「五十万!? マジ?」

「まじ。そのお金であたしは、ギルドパルテノンのエースになれたのだよ」

「やる! 紹介して」


 時計が午後十一時の時報を告げたのはその時。


 その直後。それは現れた。


 式神の気配が……


 第二ラウンドが始まったようだ。

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