第60話 もう好きにしろ!

 いいと思っていた。


 なのに……



 なぜ、こんな事に……


「社君。ウイッグつけるわよ」


 また、超常現象研究会の部室で女装するはめに……


 



 話は少し前に戻る。


 矢部が逮捕されて数日後、霊能者協会から新たな指示が届いた。


 三多摩学園高校……つまり僕と樒が通っている高校……の使われていない教室……つまり、超常現象研究会部室……にいる地縛霊の話を聞いてできれば成仏の手伝いをするようにと……


 放課後になって僕と樒は部室の前に立った。


「優樹。準備はいい?」

「ああ。一、二の三で開くぞ」

「ええ」


 三つ数えて僕は勢いよく扉を開いた。


「こんにちは! 霊能者協会から派遣されました社優樹です」

「同じく、神森樒です」

「よく来てくれたわ」


 部室内からチェックボードを差し出そうとした六星先輩に僕と樒は同時に言った。


「「入部はしません!」」


 六星先輩は一瞬顔をひきつらせる。


 が、すぐに気を取り直して……


「やあねえ。これは入部届けじゃないわよ。これから払う憑代代の領収書よ」


 確かに領収書だ。


 しかし……


「先輩。カーボン紙を挟んで領収書の裏にある紙はなんですか?」   

「ちちい、気づかれたか」


 先輩はチェックボードから入部届を外した。


 油断も隙もない。


「そもそも、入部も何もこのクラブは存続できるのですか? 人数は幽霊部員で誤魔化すとしても、顧問の先生がいないのでしょ」

「それがね。新しく赴任した国語の教師が顧問を引き受けてくれることになったのよ」


 よく引き受ける教師がいたものだな。


「それがね、あの人だったのよ」


 あの人?


「多摩線で矢部を捕まえた女の人。あの人が新しい先生だったのよ」


 そんな偶然が……まあ、それはいいとして仕事の話に入ろう。


「それで六星先輩。依頼の件は部室にいる地縛霊の話を聞いて成仏させるという事で間違えないですか?」


 僕の質問に六星先輩は首を縦にふってから、さらに注文を付け加える。


「もちろんそうだけど、その前に私も霊子ちゃんと直接お話がしたいの。だから、二人のどちらかに憑代を頼みたいの」

「いいでしょう。地縛霊は女の子なので今回は樒で」

「分かったわ」


 樒は、部屋の片隅にいる地縛霊に歩み寄った。


「それじゃあ私の身体を貸すから、中に入ってきて」


 樒の申し出に、地縛霊は顔をしかめる。


「ええ! あなたの中に……」

「何よ! 私の中に入るのが嫌なの?」

「あの子がいいの」


 地縛霊がそう言って指さしたのは、他ならぬ僕だった。


「なんで優樹がいいの?」

「だって、どうせ憑代にするなら、可愛い子がいい」


 樒がムッとするのが分かった。


 慌てて僕は地縛霊少女の前に出る。


「まてまてまて! 樒だって可愛いだろ」

「顔は可愛いけど、身体が大きいし……あなたの中に入りたい」


 いや。別に僕の中に入っても構わないけど、これでは樒が機嫌を悪くして後で八つ当たりされかねない。


「だけど、僕は男だよ。まあ、女の霊が男の身体に入ってはいけないルールはないけど、でければ同性の方がいいんじゃないかな?」

「だから、女装して」


 へ?


「女装したあなたの身体に入りたいの」


 ちょっと待て!


「ううん、そういう事情では仕方ないわね」


 こら! 樒! 納得するな。


 樒は僕の方を振り返る。


「優樹。選ばせて上げるわ」

「なにを?」

「ここで私たちに力ずくで押さえつけられて女装するか、衝立の向こうで自ら女装するか」

「女装しないという選択肢はないのか?」

「ないわ」


 きっぱり言うな!


「優樹。これはお仕事よ。お客様の要望はできる限り叶えないと」


 くそう!


「さあ、どっちを選ぶ」


 僕は無言で衝立の向こうへ行った。


 もう、好きにしろ! 


(「超常現象研究会」終了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る