第59話 一件落着?
翌日のネットニュースには『女子高生、恩師の冤罪を晴らす』という見出しで、僕たちのやっていた事が載っていた。同じ事を新聞やテレビでも報じている。
某掲示板にも専用スレが立っていた。
もちろん、僕たちの個人情報は伏せられているが、一つだけ報道しなくてもいいことまで……『彼女たちの友人の男子高校生が、女装して囮役を買って出た』と……
買って出たんじゃなくて、嫌々引き受けたんだってえの! まったく余計な事を……
おかけで今日学校へ行くと『囮で女装した奴って誰なんだ?』という噂が飛び交っていた。
今のところ、それを僕に結びつける奴はいないようだが……
痴漢情報掲示板に書き込んでいた『ヤベー奴』はやはり矢部だったようだ。まあ、一目瞭然なハンドルネームだけどね。
それにしても、ずいぶんと無駄なことをしてしまったものだ。矢部を最初に捕まえた時は、ホモだから関係はないと思ってそのまま警察に引き渡してしまった。
その後、矢部は留置所に入れられていたわけだ。その間に僕らは痴漢を捕まえまくったが、先生に濡れ衣を着せた犯人は留置所にいたので捕まるはずがなかったのだ。
一方、矢部の方も留置場にいる間はネットを見れなかった。だから、多摩線で僕たちが痴漢狩りをやっていたことを知らなかった。
知らなかったから、留置所を出てから家に帰るために乗った列車の中で僕の姿を見かけて痴漢行為に及んでしまったわけだ。
留置所を出てからすぐにネットを見なかった事が奴の敗因ということだな。
ただ、納得行かないのは矢部の量刑。
人を死に追い込むような事をしておきながら、そのことを罪に問うことはできない。せいぜい痴漢の罪で半年以下の懲役。
しかも、奴は痴漢の常習犯で、そのことは周囲に知れ渡っている。今更、失うような社会的信用なんてない。
だったら、人に罪をなすりつけるような事しないで、さっさと逮捕されればよかったじゃないか。どうせ今まで何度も逮捕されているのだから、今更一つぐらい前科が増えても……
という質問を、昨日僕らの足下でズタボロになっている矢部にぶつけてみた。
すると奴はこう答えた。
『社会的信用があって紳士面している奴が憎かった。そいつを自分と同じところへ引きずり降ろしてやりたかったんだ。まさか、逃げて電車に飛び込むなんて……死んだのは僕のせいじゃない。あいつが逃げるからいけないんだ』
奴のその言葉は、一度沈静化した僕たちの怒りに再び火をつけてしまい、僕たちは警官に止められるまで奴への暴行を続けていた。
夕方になって僕と樒が八名駅のホームへ行くと、水上先生の奥さんと娘、それに三人の先輩たちが先に来ていて、六星先輩が先生の幽霊に新聞を見せていた。
言葉は伝わらないけど、先生が喜んでいるのが分かる。
「君たち、来てくれたのか」
先生が僕たちに気が付いた。
「六星君に新聞を見せてもらったので、僕への疑いが晴れたのは分かったのだが、みんなに感謝の気持ちを伝える事ができないで困っていたのだ。すまないが、また身体を貸してもらえないか」
「ええ。いいですよ」
奥さんから憑代の代金を受け取った僕は、水上先生の霊を体内に受け入れた。
「みんなありがとう。おかげで冤罪が晴れた。これで心置きなく成仏できる」
僕の口を通して先生がそう言うと、奥さんと娘が僕にしがみついてきた。
「あなた!」「お父さん!」
先輩たちも駆け寄ってくる。
「先生!」「今まで、ありがとうございました」「先生のことは一生忘れません」
ホーム上には一般の利用客もいて奇異の目で見られていたが、誰もそんなことは気にしていなかった。
憑代のタイムリミットが三分を切った時、先生は口を開いた。
「まもなく時間切れだが、その前に君たちに言っておきたい事ある。矢部はおそらく、大した罪に問われることはないだろう。だが、奴をこれ以上恨み続けるのはやめるのだ」
「どうしてですか?」「あんな奴、絶対許せません」
「許さなくてもいい。ただ、忘れるのだ。奴は君たちが恨む価値もない男だ。あんな男のために、貴重な君たちの時間を無駄にしてはいけない」
「でも、忘れるなんて」
「難しいのは分かる。だが、憎悪は毒だ。人の心を蝕む毒だ。奴を恨み続ければ、君たちの心は蝕まれていく。僕は冤罪さえ晴れれば満足だ。君たちは奴のことなど忘れて大切な人生を生き抜くのだ」
先生はそこで奥さんの方を向き直った。
「君もいいね。くれぐれも留置所から出てきた奴を、刺しになんか行かないでくれ」
「私一人なら、やっていたかもしれません。でも、恭子を殺人者の娘にするわけには行きませんから」
それから一時間ほど後、僕の母さんがやってきて供養の儀式を執り行い、先生の霊は成仏した。
まだいろいろと納得いかないこともあるけど、これで一件落着かな。
明日から女装しなくてもいいのだし……
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