第58話 十七時二十八分発の列車2
次の駅で電車を降りると、顔を大きなサングラスとマスクで隠した小太りの男が、黒いコートをまとった長身の人物の手を捕まえて降りてきた。その人も顔には黒いマスクを装着していて、黒い帽子を目深にかぶっていて素顔がよく分からない。
小太りの男は、ホームで僕に声をかけてきた。
「君。電車の中で、この人にお尻触られていたよね?」
それに対して僕は無言で首を横にふる。
「え? 触られていなかったの?」
確かに誰かに触られていた。触られていたが、それはこの人じゃない。
やっていたのはおまえだろ! 矢部徹!
サングラスとマスクで顔を隠しているが、この前僕に痴漢をしたときもその格好だったからお前だと分かるぞ。
しかし、こいつはホモじゃなかったのか?
一方、矢部に手を捕まれていた人も、慌てることなく矢部に向かって言った。
「誰が痴漢だって? やっていたのはおまえだろ」
その声は紛れもなく女。矢部の奴、間違えて女性に罪をかぶせようとしたのか。
「え? 女……ウギャー!」
一瞬の早業で、矢部は黒衣の女に関節技をかけられて悲鳴を上げる。この女性、何か武道の心得があるようだ。
「優樹! 大丈夫!?」「社君!」
樒と美樹本さん、先輩たちも駆けつけてきた。
「樒、こいつ矢部だ」
樒は僕の指さす男に視線を向けた。
「なるほど。あの時の男ね。という事は……」
樒は矢部のむなぐらを掴んで言った。
「あんた。両刀使いでしょ?」
両刀使い?
「そ……そうだよ。悪いか? 僕は可愛ければ女でも男でもいいのさ」
なるほど。ホモだから、女装していれば狙われないと思ったら大間違い。こいつは男でも女でもよかったんだ。
「開き直るな! この変態!」
矢部を押さえつけていた女性が、矢部の尻に膝蹴りを見舞う。
「うぎゃあ!」
その時、矢部のサングラスが外れた。
「とにかく、こいつのアリバイも聞き出しておきましょう」
華羅先輩はそう言って矢部の前に歩み寄る。
「あなた。警察に引き渡されたくなかったら……」
華羅先輩がそこまで言い掛けた時、美樹本さんがツカツカと歩み寄って矢部のマスクをはぎ取った。
「この人よ! 水上先生に罪を擦り付けた奴は」
え?
「最初はサングラスとマスクで分からなかったけど、あの時、水上先生の手を掴んでいたのはこの男よ!」
一方、矢部の方も美樹本さんの顔を思い出したようだ。
「お……おまえ、あの時の女子高生」
「そうよ。あんたでしょ! あの時あたしのお尻を触っていたのは。その罪を近くの人になすりつけたのね!」
「だって、そうしないと、僕が捕まってしまうじゃないか」
ふざけるな……
「あんたに罪をなすりつけられた人は、逃げようとして電車にひかれたのよ」
「そんなの、逃げるのが悪い。痴漢で捕まったって、死刑になるわけじゃないのに」
ふざけるな!
「あんたのせいで、人が一人死んだのよ」
「そんなの、君が『大声を出す』なんて言わなきゃよかったんだ。そんな事がなければ、僕もそんな事はしなかった」
僕の中で、何かが切れた。
「「「「「「「ふざけるなあああああ!」」」」」」」
ぶち切れたのは僕だけじゃなかったようだ。
樒も先輩たちも美樹本さんも、その飼い猫のリアルまでもが一斉に矢部に飛びかかっていく。
警察に引き渡した時には、矢部はすっかりズタボロになっていた。
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