第56話 タロット

 話を聞いてみると、六星先輩は部室の地縛霊をそう呼んでいたらしい。姿は見えるが、声は聞こえない少女の幽霊に六星先輩はいつしか親近感を抱いていたそうだ。


 いつも無言で悲しそうな顔をしている彼女と話をしたい。


 僕と樒をしつこく勧誘していたのは、そういう事情があったからだ。


 そういう事なら協会に依頼してくれればよかったのにな。


「社君はそう言っているが」

「協会に依頼すればよかったのですね。分かりました。この件が片づいたら、二人を入部させるように協会に依頼します」


 あくまでも入部はさせたいのね……


「それはともかく、もうこれ以上囮作戦を続けても無駄だ。ここで、解散しよう」


 六星先輩は驚いたような顔をする。


「そんな! もう少し続けさせて下さい。明日になったら、先生は成仏してしまうのですよ」

「分かっている。しかし、これ以上君たちの貴重な時間を無駄にするわけには……」

「無駄なんかじゃありません! 先生の冤罪を晴らすことのどこが無駄なんですか?」

「君たちは、まだ学生だ。これから、いろんな事を学ばなければならないのに、こんな事をしていて良いわけがない」

「勉強ばかりがすべてではありません」


 小山内先輩が口を挟んできた。


「それに、私たちのやった事で痴漢被害が減りましたよ。世の中のためになる事をやっているのですよ」


 華羅先輩も口を挟む。


「しかし……」

「「「続けさせてください」」」


 僕は涙を浮かべていた。


 僕が泣いているのではない。水上先生が嬉し泣きしているのだ……


「ありがとう。君たち。その気持ちだけで僕はとても嬉しいよ。そんな君たちの気持ちを無にするのも忍びない。後一回。次の一回で最後にしてくれ」


「「「わっかりました!!」」」


 そして僕たちは四つ前の駅に戻るために登り列車に乗った。


 列車の中で、華羅先輩がスマホを操作する。


 電車の時刻を調べているようだ。


 しばらくして、華羅先輩は口を開く。


「このから私たちの向かう前原駅を出発する電車で痴漢がよく出るのは、十六時五十八分発、十七時八分発、十七時十六分発、十七時二十八分発、十七時三十五分発の五便です。この中のどれか一つに絞りましょう」

「分かったわ」


 小山内先輩は鞄からタロットカードを取り出して、座席の上に並べて占いを始めた。


 幸い登り列車は空いていたけど、これって電車内マナーとしてどうなのかな?


 やがて占いを終え、小山内先輩は口を開く。


「十七時二十八分の列車に、奴が現れるという暗示があるわ」


 本当かよ? まあ、どうせ後一回で終わりなんだから、くじ引きと思えばいいか。


 前原駅で降りた僕たちは、下り列車の出るホームへ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る