第27話 協会の裏事情

 不意にエラは、僕をギロっと睨みつけてきた。


「お前、私をアブない奴だと思っているだろう?」

「え? そんな事……思っていないよ」……思っているけど……

「ふん」


 エラは僕の首筋に手を当てた。


「神の怒りを思い知らせてやろう」


 次の瞬間、僕の身体を電撃が駆け巡った。


「ぎゃああああ!」


 今度は気を失う寸前で電撃が止まる。


「ふふふ。いい声だったぞ」

 

 エラは恍惚とした表情を浮かべていた。


「さっき、殺すと言ったがすぐには殺さん。たっぷりと痛ぶってから殺してやる」

「な……なんで……たかが、ゲームで……」

「ゲームなんて、もうどうでもいいのさ」


 エラは僕の顎に手をかける。


「私は可愛い男の子が、ひどい目に遭って苦しむ姿が大好きなのだよ」

「ひぃぃ!」


 バン!


 突然、ドアが開いたのはその時。


「なんなの! 今の悲鳴は? 外まで聞こえて……」


 部屋に入って来たのは芙蓉さん……いや、槿むくげさんだ。巫女装束ではなく、今はスーツ姿になっている。


「何をやっているの! アレンスキー!」

「何って、拷問だけど」

「やめなさい!」

「ち」


 エラは舌打ちして僕から離れた。


「優樹ちゃん。今、降ろしてあげるわ」


 そう言って、槿さんは、僕を床に降ろした。

 逃げられない様に手足を縛られたけど、手首の戒めをほどいてくれる。


「痛かったでしょ。可哀そうに」

「槿さん……ですか?」

「そうよ。びっくりしたでしょ。芙蓉とそっくりで」

「なぜ、こんな事を?」

「こんな事って?」

「このエラって女と手を組んで、騒霊ポルターガイスト現象を演出し、高額なお札を売りつけていたでしょう」

「その事ね。まあ、手っ取り早く金を稼ぐ必要があったのでね」

「犯罪ですよ」

「分かっているわよ。でもね、生きていくのに必要なら仕方ないでしょ」

「樒が疑われたのですよ」

「そう。樒ちゃんには悪いことをしたわね」

「そんなにお金を稼いで、何をするのです?」

「日本から逃げ出すのよ」

「日本から? なぜ?」

「優樹ちゃん。君は何も聞いてないの? 二年前にあった事」

「槿さんが不正請求をした事が発覚して、協会を除名されたという事しか……」

「そう。でも、不正請求をしたのは、私ではないわ」

「え? では、濡れ衣?」

「いいえ。不正請求があったのは事実。ただし、私ではない。協会登録霊能者のほぼ一割がやっていた」

「ええ!?」

「一割というのは、発覚した人だけで、実際にはもっといるはずよ」

「なぜ?」

「優樹ちゃん。あなた、霊能者協会の報酬って、安いと思わない?」

「え? いいえ?」

「そっか。君は学生だから、丁度いい小遣いぐらいにしか考えていないわね。でもね、それで生活している人には全然足りないのよ」

「え? 生活している人がいたの?」

「霊能者のほとんどは、サラリーマンや自営業など本業があるの。でも、そういう人達は緊急事態に対応してくれない。緊急に除霊が必要になると、専業の人に頼まなければならない。協会ができる前、専業の人達は顧客と自由に値段の交渉ができた。だけど、協会ができてからは一律の料金しか取れなくなって、除霊や降霊の報酬だけでは暮らして行けなくなったのよ」

「そんな話……聞いてなかったです」

「そう。昔は不当に高額な報酬を取って除霊をしていた霊能者もいたわ。そういうのが問題になって、協会を作って霊能者への報酬を管理しようという事になったのだけど、割りを食ったのはそれでギリギリの生活していた霊能者達。協会ができてから、彼らはたちまち生活に困窮して、私のところへ何度も料金値上げを直訴に来たの。でも、私には料金を上げる権限はない。協会上層部に何度も相談したのだけど何もしてくれない。仕方なく、彼らの不正請求を黙認する事にしたのよ」

「じゃあ、槿さんはその責任を取らされたのですか?」


 槿さんはコクっと頷いた。


「すべての不正請求は私がやった事になって、私は協会を除名された。その後、私は強制修行施設に閉じ込められていたの」

「強制修行施設? 実在したのですか?」

「修行施設とは名ばかりで、無人島に作られた脱出不可能な刑務所だけどね。霊能者だけでなく、犯罪を行った超能力者も送り込まれるの。中には……」


 槿さんは、ソファの上でふて腐れているエラを指差す。


「彼女のように、外国から送り込まれてくる超能力者もいるの」

「なせ?」

「それだけあの施設が、超能力対策に優れているから。彼女は強力な電撃能力者だったけど、その能力を犯罪に使っていた。逮捕されたけど彼女の国の更生施設では手に負えなくなって、日本に送られてきたのよ」

「私は騙されて日本に連れてこられたんだ」


 突然、エラが口を開いた。


「秋葉原に連れて行ってくれるというから来たのに、成田に着いた途端に超能力を封じる薬を打たれて、施設に送り込まれた。せっかく、日本語を勉強してきたのに秋葉原に行けなかったら意味ないじゃないか」


 なんか、ちょっと可哀そうな気もするが……


「エラ。君は母国で何をしでかしたのだ?」

「たいして悪いことはしていない。近所の犬猫を電撃で殺したり」


 それは酷い……しかし、人間ではないし……


「近所の男の子を縛って電撃で苛めたり」


 おい……


「近所の口煩いジジイやババアを、電撃で殺してやったぐらいだ。そんなに悪い事ではないというのに……」


 お釣りがくるほど悪いわ!


「槿さん。ちょっと耳貸して」

「なに? 息を吹きかけちゃダメよ」

「しません」


 槿さんは僕の口元に耳を寄せた。


「こいつを野に放って大丈夫なんですか?」

「ううん……私もちょっと不安なのだけど、彼女の力が無かったら、施設から脱出できなかったのよね」

「いつ、施設から逃げ出したのですか?」

「二ヶ月ほど前。それからずっと、協会の追手から逃げ回っていたわ」

「そうですか。それで、これからどうするのです?」

「お金は十分溜まったから、国外へ行くわ。日本にいる限り、いつか捕まってしまうし……」

「おい……二人で何をコソコソ話している」


 エラが訝しげな視線を向けていた。


「これから、どうするかと聞かれただけよ。国外へ行くという以外は言えないけどね」

「いいじゃないか。明日朝八時の便で成田からドバイに行くと言ってやれば。どうせこいつは、ここで殺すのだから」

「ダメよ!」


 突然、槿さんは僕を抱きしめた。


 ちょ! 胸が当たっているんですけど……


「優樹ちゃんは殺させないわ。もし、そんな事をしたら……」

「そんな事をしたら、どうするというのだ?」

「あなたを日本に置き去りにします。警察に追われながら、一人で生きていく自信はあるの?」

「う……」


 エラは顔を顰めた。


「仕方ない。こいつは生かしておこう。だが……」


 エラが僕の首筋に手を当てた。


「最後に一回見舞ってやる」


 強烈な電撃を受けて僕は再び意識を失った。

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